ゴミ捨て場のコンサート

 絶えずトラックや重機の轟音が響いている。

 今はそんな音すら懐かしく思える。

 レイナはゴミ捨て場に来ていた。そのゴミ捨て場には、以前レイナが住んでいたようなバラック小屋が点在して、人々が住んでいる。


 裕のシンセサイザーに合わせて、レイナはかつてゴミ捨て場で歌っていた時のように歌う。トラックや重機の音に負けないように。ゴミ捨て場中に響き渡るように。伸び伸びと歌声をはばたかせる。

 住人たちはみな、レイナの歌声にウットリと耳を傾けていた。

 ここの住人も老若男女が入り混じって、小さな子供もいれば、歩くのがやっとの高齢者もいる。歌に合わせて体をゆすっている者もいれば、涙を浮かべて聞き惚れている者もいる。

『小さな勇気の唄』を歌い終えると、感動のあまり立ち上がって拍手してくれる人もいた。


 全国をツアーで回るようになって、レイナは日本中にゴミ捨て場に住んでいる人たちがいることを知った。

 ライブに来たり、普段キレイなファッションに身を包んで街を歩いているのは、裕福な生活をしている人たち。それはほんの一握りの人だけで、7、8割の人はその日暮らしの生活を送っているのだと、裕に教えてもらった。


 街で暮らす人たちがすべて裕福でも、幸せなわけでもない。

 憧れていた街の現実を知った時、レイナはやりきれない想いになった。

 タクマは街に出たら幸せになれると信じて、お金を貯めていたのに――。


 夜になると、街角には家のない人たちがどこかから集まって来て、野宿をする。

 レイナはかつての自分のような人たちを歌で励ましたくて、無料のコンサートを開くと決めたのだ。ただ、街角で歌うと大混乱が起きそうなので、全国のゴミ捨て場を回ることにした。


 ゴミ捨て場の住人たちにも、レイナの成功談は伝わっている。レイナが突然姿を現すと、みなポカンとした後、興奮するのだ。

 10曲歌い終えると、住人たちは手がちぎれんばかりの拍手を送ってくれた。

「ありがとー!」

 レイナは笑顔で手を振る。

「いやあ、いい歌を聞いた。こんなに感動したのは久しぶりだ」

 ある中年男性が涙ぐみながら言う。

「何にもないけど、お茶でも飲んでいくかい?」

 レイナは喜んでうなずく。


 裕もゴミ捨て場の住人とのお茶会に慣れていた。住人が貴重であろう紅茶を、持ち手が欠けたティーカップに注いでくれると、裕はおいしそうに飲み干す。

「オレがここに来たのは半年前なんだけど、レイナちゃんのことはネットでよく見てたから。まさか、こんなところで会えるとは思わなかったよ」

 男性は興奮冷めやらぬ様子で語る。


「半年前までは、どこにいたの?」

「タクシーの運転手をやってたんだ。でも、うちの会社も全車が自動運転になっちゃって、オレもお払い箱になっちゃった」

 男性は寂しげに言う。

「タクシーの運転手になる前は、自動車メーカーのエンジニアだったんだ。エンジニアだったら、絶対にAIに勝てるって思ってたのに、AIのほうがスイスイ最新の技術を開発できるようになっちゃってね。クビを切られて、タクシーの運転手になるしかなくて」

 大きなため息をつく。


「森口さんは? うちも自動運転になっちゃうの?」

 レイナは心配そうに裕に聞く。

「僕は、自動運転はなんか信用できないんだ。それに、森口さんと会話しながら乗っているほうが楽しくてね。だから、森口さんとはこの先もずっと一緒だよ」

 その言葉を聞いて、レイナは「よかったあ。私、森口さんのこと大好き!」と笑顔になった。


「そういう風に、AIよりも人間のほうがいいっていう金持ちが多ければ、オレらも何とかなるんだけどね」

「ほとんどの金持ちは、効率とかコストダウンとかばっか言ってさ。給料はどんどん削られちゃうし」

「政治家と官僚ばっか、潤ってさ」

「贅沢なんか言わない。金持ちになりたいんじゃなくて、元の生活に戻れれば、それでいいのに」


 住人は口々に思っていることを吐き出す。

 こういう場面になると、裕は居心地が悪そうな顔になる。レイナは自分がゴミ捨て場に住んでいた時も、大人たちからこういう話はよく聞いていたので、普通に会話に交じる。


「レイナちゃんは俺らの希望の星だよ」

「ゴミ捨て場にいる私たちのこと、国に伝えて」

「国に伝えるって、どういうこと?」

「政治家に会ったときに、俺らのことを話せばいいんだよ。ゴミ捨て場に来て、俺らの生活を見てくれって」

「うん、分かった!」


***************


「僕はあのころ、海外に留学してたから、何もできなくて。だから、ゴミ捨て場に住んでいる人たちの話を聞いていると、申し訳ない気分になる」

 帰りの車の中で、裕は森口を相手に話をしていた。レイナは気持ちよさそうに寝息を立てている。


「あのころって、でたらめな選挙法案が通った時ですか」

「そう。まさか、あんな選挙法案が通るわけないって思ってたら、あっという間に成立しちゃって」

「私はあの時、デモによく参加してたんですよ。官邸前にも行きました」

「へえ、森口さんがデモに」


「当時は40代後半だったんですけど、こんな法律ができたら子供たちが不幸になるって思ったんですよ。あの時、40歳以上を仕事で優遇するって政府が言い出したでしょ? あれでマズいって思いました。うちは娘が二人いるんですが、二人とも40歳になるまで働けないってことですからね。それまでずっと私が養うわけにはいかないし。だから、仕事仲間にも声をかけて、必死で抵抗したんですけどね。ダメでした」


「確か、議事堂に立てこもろうとした若者もいましたよね」

「ええ。デモで一緒に声を張り上げていた若者が大勢、つかまりました。私はそんな計画のことはまったく知らなかったから、置いてけぼりを食らったような気分になりましたよ。体を張って阻止しようとして、亡くなった若い政治家もいたでしょう。でも、その日のうちに法案が通っちゃって、あの若者たちが決死の覚悟でしたことが、ムダになってしまって。私は自分の無力さを痛感しました」


 森口が自分の身の上をこんなに話すのは珍しい。裕はバックミラー越しに森口の表情を伺ってみた。森口はうっすらと涙を浮かべている。


「森口さんの娘さんたちは、今……」

「日本はもうダメだと悟って、海外に行かせました。留学させて、後は現地で生きていけるように何とかしなさい、って。日本には戻って来ちゃダメだと言いました。今はシンガポールとニュージーランドで、結婚して暮らしてますよ。たまにスカイプで孫とも話すんです。うちは女房と二人で、何とかやっていけてますから、まだ幸せなんでしょうね。私の周りで、夜逃げしちゃって、その後どうなったか分からない家族はいっぱいいます。もしかしたらゴミ捨て場で暮らしてるかもしれない」


「そうですか」

 裕はシートに深く身を沈める。

「そういう話を聞いていると、僕は何もしてこなかったことを恥ずかしく思う」

「いえいえ、先生は私や芳野さんの生活を支えてくれてますし、レイナさんやアミちゃんを引き取って育ててるじゃないですか。誰でもできることじゃありませんよ。立派なことです」

 森口は力強く言う。


 裕はレイナの寝顔を見ながら、「この子たちが希望を持って生きていけるような世の中にはできないんだろうか」とつぶやいた。

「音楽には、世の中を変える力があるはずなのに」


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