危機一髪

「ジンさん、やめてっ」


 ミハルの声に、ジンは振り返った。息を切らせたミハルが立っている。


 トムにつれられて、大人たちが鍬や角棒などを持って加勢に来ているのを見て、山田は青ざめた。よろめきながら立ち上がり、逃げようとした。


 ジンは「おいっ」と銃口を向け直した。

「やめてっ、もういいから!」

 ミハルがその腕を握る。


「あの人を、逃がしてあげて」

「なんで。あいつ、小屋ん中を荒らしてたんだぞ?」

「分かってる。もういいから」


 ミハルは、他の大人にも「あの人はケガしてるから、このまま逃がしてあげて」と言った。


「あいつが誰か、分かってんのか?」

 ジンの問いに、ミハルは首を横に振る。

「誰かは知らないけど……頼んだ人が誰なのか、大体分かる」

 

 そのとき、うめき声があがった。アミは泣きながらマサじいさんの体を揺さぶっている。


「あっ、マサじいさん!」

 ジンとミハルが駆け寄って、マサじいさんの腹にドスが刺さっているのを見て、息を止めた。


「おいっ、マサじいさん!」

「今、救急車を呼んでもらうから!」

 ミハルが駆け出そうとしたとき、マサじいさんはパッチリと目を開けた。


「……ここは天国か?」

 マサじいさんはしゃがれた声を出す。

「いや、ゴミ捨て場だよ。大丈夫か? ケガは」

「ケガ?」

 マサじいさんは腹を見て、「そういえば、思ったより痛くないな」とドスが刺さったまま上体を起こした。


「ちょっ……! 動かないほうが」

 ミハルが慌てて制すると、マサじいさんはジャンパーのファスナーを下ろした。


 マサじいさんは腰痛対策のために、クッションとタオルを腰に巻きつけていた。その厚みのため、ドスは腹にちょっと刺さった程度だったのだ。


「なんだ、人騒がせな」

 ジンとミハルは脱力して座り込んだ。

 アミはワンワン泣きながら、マサじいさんにしがみつく。

「すまんな、怖い思いをさせて」

 マサじいさんはアミの頭をなでる。


「なんだ、じゃ、気絶してただけか?」

「そうみたいだな。ぶつかって来られた衝撃で、絶対にお腹に刺さったと思ったわ」

「塗り薬を塗っとけばよさそうね」

 ミハルは薬箱から塗り薬を出し、マサじいさんの腹に塗ってあげた。


「火事を見に行こうとしたら、アミが激しく引っ張って、ここに連れて来たんだよ。あんなに必死になってるアミは初めて見たから、何か起きたのかと思ってな。そうしたら、あいつが小屋ん中で何かを探してたんだ」


「そういや、USBメモリを探してるだけだって言ってたな。心当たりはあるか?」

 ジンの問いに、ミハルは「さあ」としか答えなかった。


「そういや、火事はどうなった?」

「ああ、あいつ、自分のテントに火をつけたんだ。この間の雨水を貯めといたから、火はすぐに消えたけどさ。あいつの姿が見えないからおかしいって探してたら、マサじいさんの声が聞こえてさ」


 ジンが「前もあいつ、ここに来てたのか?」と聞くと、アミは大きくうなずいた。


「そうか。オレたちに伝えたくても、伝える手段がなかったんだな」

 ミハルは、「怖い思いをさせちゃって、ごめんね」とアミを抱きしめた。


「ねえ、ジン、あいつ河原に行っちゃったけど、ホントにいいの?」

 途中まで山田を追っていたトムが、報告に来た。

「今なら間に合うぞ?」

 ジンがミハルを見ると、ミハルは黙ったまま首を横に振った。


「お願いだから、レイナにはこのことを言わないで」

 ミハルはその場にいた全員に頭を下げた。

「お願い。あの子を怖がらせたくないの」

「分かったよ。誰もレイナには、何も言わないから。な?」


 ジンが同意を求めると、「分かった」「マサじいさんもアミも、無事でよかったよ」とみんなは口々に言って、小屋に戻って行った。


「さてと。レイナが戻って来るまでに、ここを片付けないと」

 ミハルは大きなため息をついた。


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