心に秘めた想い

「お帰り」

 ミハルはアミの髪を乾かしながら、顔を上げた。


 トムは先にお昼を食べている。

「お前、お風呂に入るのを待ちきれなかったのか」

 ジンが呆れた口調で言う。

「農作業はお腹がすくからね」


 ミハルは丁寧に髪を乾かしてから、「ハイ、これでいいわよ」とアミに微笑みかける。ジンは、その様子をじっと見守っている。

 ミハルが「ジンさんも食べてくでしょ?」と話しかけると、「あ、ああ、余ってるのなら」とハッとした様子で答える。


「大丈夫、たくさん作ったから。スープ皿をマリさんに貸してるから、取って来るわね」

 ミハルの後姿をジンは目で追っている。


 レイナはジンを見上げて「ねえ、ママに好きって言わないの?」と尋ねた。

「はっ!? 何、なな何を言ってんの、お前」


 ジンの顔はみるみる赤くなる。焦ったあまり、クロのしっぽを踏んづけてしまい、クロは悲鳴を上げて飛び上がった。

「すまん、すまん、クロ」

 ジンは慌ててクロの背中をなでる。クロは恨めしそうな顔でジンを見上げる。


「ママのこと、好きなんでしょ? バレバレだよ」

 アミも「ばえばえ」と笑う。

「いやっ、別に、そういうわけじゃ。女性としてというか、一人の人間として尊敬しているというかだな」

「何言ってるの? 意味分かんない」

 レイナの言葉に、ジンは決まりが悪そうな表情になった。


「ママも、ジンおじさんのこと、好きだと思うんだけど」

「いや、それはないだろ。オレ、カッコいいわけじゃないし」

「それはそうだけど」

「そこであっさり認めるなよっ」

 ジンはため息をついて、うずくまった。

「……そっか、バレバレか」

「うん。ママ以外はみんな気づいてると思う」

「マジかよ」

 ジンは頭を抱える。


「私、ジンおじさんなら、パパになってもいいって思ってるよ」

 レイナが顔をのぞき込むと、「そんなこと、簡単に言うなよ」とジンは軽くレイナを睨んだ。


「オレはダメなんだよ。ミハルさんにはふさわしくないんだ」

「そんなことないよ。見方によっては、おじさんもカッコいいよ」

「見方って……いや、見た目の話じゃなくてな」

 ジンは頭をボリボリと掻いた。


「レイナのお父さんは、どんな人だったんだ?」

「私が生まれる前に死んじゃったから、私は知らないんだ。ママから、正義のために戦って死んだんだって聞いてるけど」

「正義のため、か……」

 ジンはため息をつくと、ゆっくりと立ち上がった。いつもの鋭い瞳に戻っている。


「オレには正義はないな。オレは人を傷つけた人間だから、あの人にはふさわしくない」

 自分に言い聞かせるように、低い声で言う。

「それなら、その人に謝って許してもらえば?」

 レイナの言葉に、「そいつはもう、いねえから」とジンは遠い眼で言った。


 ジンはあきらかに「それ以上は何も聞くな」オーラを出しているので、レイナは口を閉じた。

 ――マサじいさんは、ジンおじさんがみんなに優しいのは、罪滅ぼしだろうって言ってたけど。何の罪なんだろう。


「それより、早く髪を乾かさないと、風邪ひくだろ?」

 ジンの声音は優しいトーンに戻っていた。

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