第275話

「……ゼ。……リゼ。」


 聞き覚えのある声で目が覚める。


「あっ、クウガさん」

「いつまで寝ているんだ?」


 状況が分からず戸惑うが、自分が寝坊したのだと思い、体を起こしてクウガと会話が出来るような体勢をとる。


「オーリスでの活動は順調か?」

「はい、それなりに――」


 懐かしい感じで会話が進み、近況報告をする。


「銀翼はどうだ?」

「まだ、良く分かりませんが、クウガさんたちに負け……」


 自分が口にしようとした言葉に違和感を感じた。


「リゼは自分が思っているよりも弱い冒険者じゃない。もっと、自分に自信を持て。お前の背中を追っている冒険者だっているんだからな」

「あ、あの――」

「謙虚なことは悪いことじゃない。だが、お前の態度一つで戦況が大きく変わるし、一緒に戦う奴らの士気も変わってくる。だから、常に自信を持って戦い続けろ! いいな」

「クウガさん。一体、なにを――」


 リゼの戸惑う姿が嬉しいのか、笑顔のクウガが優しく呟く。


「そろそろ、行った方がいいだろう?」

「行く?」

「あぁ、仲間が待っているんだろう」

「仲間……」


 クウガの言葉で、アンジュとジェイド……そして。レティオールとシャルルを思い出す。

 その瞬間、これが現実ではないということを知る。

 視線をクウガの方に移すと、すでにクウガの姿はなかった。


「……クウガさん」


 周囲を見渡すが、白い空間が広がっているだけだった。


「またな」


 クウガの声が聞こえた……今まで気づかなかったことが不思議なくらい、非現実的な空間に自分がいることに気付き、これは現実でなく夢だと意識したことで、自然と目の前の景色が消えていき、視界が閉ざされていった。

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 目を開けると薄暗い空間の中、淡い光が目に入る。

 顔を左右に振ると、ここが冒険者ギルド会館だと分かった。

 多くの負傷者が寝ている光景を見て、自分も負傷したのだと思い出すと、腹部に痛みが走る。


「っ!」


 顔を歪めるが思っていたよりも軽傷だと気付く。

 治療してもらったのだと患部に優しく触れる。

 目の前に 『サブクエスト達成』が表示されると、自分が瀕死だったのだと知る。

 一歩間違えば死んでいたかも知れなかった恐怖が体を襲う。


(とりあえず……)


 痛みを堪えながら起き上がる。


「大丈夫ですか?」

「はい」


 リゼの意識が戻ったことに気付いた冒険者ギルドの職員が駆け寄る。

 何人かの回復魔術師や、治癒師も部屋の片隅で休んでいる。

 そのなかにシャルルの姿を見つけるが、目を瞑っているので疲れて休んでいるのだろう。


「痛みはどうですか?」

「はい、ここが少し痛みます」


 リゼは患部を指差す。


「あと数回、治療をすれば完治すると思います」

「有難う御座います。その……スタンピードはどうなりましたか?」

「はい、皆さんのおかげで終息しました」


 ギルド職員の言葉で、一先ず安心する。

 リゼの様子から、このまま話を進めても問題ないと判断して、スタンピードの顛末を話し始めた。

 自分が寝ている間に大変なことが起きていること驚く。

 思っていた以上に死者が出たことにショックを受ける。

 自分も死んでいたかも知れないと、他人事に感じなかった。

 そして、バビロニアの迷宮ダンジョンに入れないという事実を知る。

 これから、どうするかを考え始めていると、目の前に『メインクエスト達成』が表示される。

 続けて 『報酬(万能能力値:八増加)』と表示される。

 達成度により変動する報酬。

 最高報酬よりも少ないということは、なにかしら減点されることがあったのだが、リゼは考えても分からないし、思い当たることもない。

 とりあえず、万能能力値は振り分けせずに後回しにした。

 その理由として、能力値が低い『防御』や『魔法耐性』に振るか、忍術を使うため『魔法力』にするか、攻撃力を上げるため『力』が良いのか、今以上に『敏捷』に振って回避するかで考えていたからだ。


「大丈夫ですか?」

「あっ、はい」


 一点を見つめて動きを止めたリゼを職員が心配する。

 特にリゼは頭から出血もしていたため、「もしかしたら、後遺症として意識障害が残ってのか?」と、見つめていた。


「私は、どれくらい寝ていましたか?」

「ボムゴーレムが討伐されてから、五日になります」

「五日ですか……今、ボムゴーレムと言われましたか?」

「はい。正式に、ボムゴーレムと発表をしました」


 ロックゴーレムでなく、ボムゴーレムと言われたことで納得する。

 意識を失う寸前に起こった爆発。

 一瞬の気の緩み……冒険者として未熟だと感じていた。


(クウガさん)


 未熟という言葉が頭を過ぎると同時に、クウガからの言葉が頭に浮かんだ。

 不甲斐無い自分に助言をくれるため、夢に現れたのだと考え、クウガに感謝をする。

 今までの弱気な自分を打ち消そう! 瀕死の状態から回復した自分は生まれ変わったのだと、自分に言い聞かせた。

 生きていると信じているクウガたちに、情けない自分の姿を見せるのでなく成長した姿を見せるのだと自らを鼓舞する。



 開けっ放しになっている冒険者ギルド会館の扉から、白い布で包まれた遺体が運び出されていた。

 先程、職員からの説明で十六人の冒険者が命を落としたと聞いた。

 今回のスタンピードの報酬を受け取る資格がある冒険者たちだが、親族や身寄りが不明な者たちが多いため、領主から支払われた報酬は葬儀代へと当てられた。


「目を覚ましたか」


 リャンリーが起き上がっているリゼに気付き、近寄り声をかけてきた。


「はい」

「動けそうか?」

「戦うことは出来そうにありませんが、歩くくらいなら大丈夫です」


 リゼの回答にリャンリーは口角を上げた。

 最初に戦闘を意識した発言をしたことが嬉しく、そして面白かったのだ。

 常に戦うことを念頭においている冒険者でなければ、出てこない言葉だからだ。


「少しだけ付き合ってくれるか?」

「はい」


 リゼは、ゆっくりと立ち上がる。

 腹部の痛みはあるが、我慢出来ないほどではなかった。


 リャンリーは冒険者ギルド会館の外へと出る。


「リゼ。見覚えのある街並みだろう。私たちが守った町だ」


 何一つ変わらない街並み。

 違うのは往来する人の数だけだ。

 リャンリーが自分に対して「誇っていいぞ!」と言っているように聞こえた。


「これ、返しておく」


 アイテムバッグからクナイを取り出して、リゼに返す。


「あっ! 有難う御座います」


 ボムゴーレムに刺さったまま爆発して飛ばされていたクナイを、リャンリーが回収をしてくれていた。


「リャンリーさんは、バビロニアに残るんですか?」

「……そうだな。ここの迷宮ダンジョン攻略は、冒険者としての目標だったから、バビロニアを離れようという気はないな」

「そうですか」

「それにスタンピードが発生した時、迷宮ダンジョンの中にいた仲間たちの消息も不明なままだ。もしものことがあれば、供養するのを私の責任だ」


 悲しそうに迷宮ダンジョンのある方向を見る。

 リャンリーの仲間数人が行方不明になっていた。

 スタンピード発生時に見た冒険者もいないため、迷宮ダンジョン内に取り残されたのだと結論付けされた。

 迷宮ダンジョン内で、何日も過ごせるほどの食料などを持っていない。

 なにより迷宮ダンジョンから階層に関係なく多くの魔物が出現した。

 ということは、迷宮ダンジョン内は想像できないほど酷い状況だと考えていた。

 つまり、生存している確率は低い……生きているのは絶望的だ。


「なにより、今回のスタンピードには不可解な点が多すぎる。きちんと調査をする必要があるだろう。私は残って、その調査に協力するつもりでいる」


 この発言で「リャンリーは一生バビロニアから出ないんだろう」とリゼは感じていた。

 リャンリーなりに、今回の件で命を落とした冒険者たちへの責任を感じているようにも思えた。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:四十四』(一増加)

 『魔力:三十三』(一増加)

 『力:二十八』(一増加)

 『防御:二十』(一増加)

 『魔法力:二十六』(一増加)

 『魔力耐性:十三』(一増加)

 『敏捷:百八』(一増加)

 『回避:五十六』(一増加)

 『魅力:二十四』(一増加)

 『運:五十八』(一増加)

 『万能能力値:十四』(九増加)

 

■メインクエスト

 ・スタンピードからバビロニアを防衛。期限:スタンピード終息まで

 ・報酬:達成度により変動。最高報酬(万能能力値:十増加)


■サブクエスト

 ・殺人(一人)。期限:無

 ・報酬:万能能力値:(十増加)


■シークレットクエスト

 ・ヴェルべ村で村民誰かの願いを一つ叶える。期限:五年

 ・報酬:万能能力値(五増加)

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