第272話

 リリア聖国。

 女神リリアを信仰する国で、女神ユキノを崇めるアルカントラ法国を敵視している国。

 ただし、この世界の多数が女神ユキノを信仰しているため、一部の信者たちからは邪教の国とも言われている。

 国は教皇と言われる人物に全ての決定権がある。

 現在の教皇は“アルバート”と言い、前教皇の実子でアルベルトの双子の兄だ。

 双子は災いの象徴とされているので、誕生とともにアルベルトの存在は抹消されたが、アルバートに万が一のことがあっては……と、十歳までは出生を隠して育てられる。

 もちろん、アルベルトは自分が教皇の息子だと知らずに育った。

 十歳になり”信託”……他国でいう”成人の儀”で素晴らしいスキルを、女神リリアから授かったアルバート。

 混乱や、よからぬ噂が立たないようにと、用済みとなったアルベルトを亡き者にしようとした。

 殺害を命じた当時の部下はアルベルトを連れて、そのまま行方不明となる。

 後日、身元不明の子供の死体と一緒に部下の死亡が確認された。

 その子供はアルベルトかと思われたが、数年後に冒険者としてアルベルトの存在が注目されると、すぐにアルベルトの身辺調査に乗り出し、アルベルトがアルバートの実弟だということが判明する。

 このことはリリア聖国でも数人しか知らず、アルベルトの身辺調査をした者も口封じのために、全員殺害された。

 その数年後に、アルバートは前教皇の父親を殺害して、教皇に就任する。


 教皇の下には“虹蛇”と呼ばれる七人の側近が存在する。

 教皇からの指示で、リリア聖国に害を及ぼす者たちを排除していた。

 この日は、その七人が教皇からの招集命令に従い、久しぶりに集まることとなる。


 円卓に八つの椅子。

 一つは他の七つと違い教皇用の椅子だ。


「俺が一番乗りか‼」


 豪快に部屋の扉を開けて誰もいないことに気分を良くする男性。

 彼の名は虹蛇第七色“憤怒”の名を与えられた“ロッソリーニ”だった。


「おいおい、一番じゃないのかよ」

「あんたが寄り道していたからでしょうが」


 部屋に入ると同時に椅子に座っていたロッソリーニを見つけて残念がる男性と、隣であきれる女性。

 虹蛇第五色“強欲”のジャンロードと、虹蛇第四色“嫉妬”のエンヴィーだった。


「仲良く二人でご登場とは羨ましいね」

「これとは、たまたま任務の場所が同じだったのよ」

「おい、これってなんだ‼」


 ジャンロードとエンヴィーを揶揄うロッソリーニに反論する二人。


「あいからわず喧嘩しているの?」


 ロッソリーニの背後から、いきなり姿を現す男性に対して反射的にロッソリーニが攻撃を加えようとするが、その手を止めた。


「おい、オプティミス。てめぇ、いつからいた」

「いつからって、ロッソリーニが来る前からだよ。ロッソリーニが鼻をほじりながら、独り言を言っているのも聞いていたし、鼻くそを食べていたのも見ていたよ」

「てめぇ!」


 見られたくない姿をオプティミスに見られたロッソリーニが激怒するが、手を出そうとはしなかった。


「一番じゃなくて残念だったね」


 追い打ちをかけるようオプティミスに思わず手を出そうと拳を上げると同時に、ジャンロードとエンヴィーが、二人の間に割って入る。


「喧嘩なら外でやりな」


 ジャンロードの殺気にロッソリーニは腕の力を抜く。


「オプティミスも、いい加減にしなさい」

「ゴメン、ゴメン」


 エンヴィーに叱られるが、オプティミスは意に介さないようだった。


「騒がしいが、なにごとだ?」


 虹蛇第六色“暴食”のアランチュートが面倒な場面に遭遇した表情で入室する。


「いつものことよ」


 エンヴィーも釣られるように面倒くさそうに言葉を返す。


 それぞれが自分の定位置に座っていると、閉めてある部屋の扉向こうからの気配に気づき全員が立ち上がり、扉の方に顔を向ける。

 扉があくと中央に教皇アルバートが立っていた。

 一歩下がって左側に妖艶な女性が口角をあげて部屋にいる仲間を見ている。

 彼女が虹蛇第二色“色欲”のプルゥラだった。

 そして、右側には立派な口髭を蓄えた老人、虹蛇第一色“傲慢”のブライトが並ぶ。

 部屋にいた虹蛇の面々は頭を下げて、教皇アルバートが席に座るまでひれ伏す。


「楽にせよ」


 教皇アルバートの言葉で、頭を上げ椅子に座る。


「それぞれ、任務で忙しいところ悪かった」


 まず、虹蛇に労いの言葉をかけて本題へと入っていった。

 国外で任務をしていたのは、ジャンロードとエンヴィー、オプティミスの三人になる。

 最初に報告をしたのはエンヴィーだった。

 エンヴィーの任務はバビロニアの迷宮ダンジョンに施されている結界石についてだった。

 バビロニアの迷宮ダンジョンの入り口にある結界石は豪華に造られた偽物だと報告をし、本当の結界は入り口補強用にと作られた鉄製の扉と、その扉枠に仕込まれていた。

 鉄製の扉にも強固な魔法が施されていたことまで確認出来た。

 この世界最大の迷宮ダンジョンにしか施されていない結界の解明がエンヴィーの任務だった。

 長い時間をかけて慎重に調査を進めていたところに、どこかの馬鹿が冒険者を扉に打ち付ける暴挙にでたことで、以降の調査が思うように出来なかったとジャンロードを睨む。

 だが、ジャンロードは関係ないふりをするので、エンヴィーの怒りが爆発する。


「ジャンロード。あなた、迷宮ダンジョンで、どうでもいい冒険者を殺したでしょう?」

「……あぁ、生意気な奴がリリア様を馬鹿にする発言をしたから、灸を据えただけだ」

「そのせいでバビロニアが大騒ぎになったんじゃない」

「俺たちには関係のないことだろう? それに俺が迷宮ダンジョンの扉に鉄杭を打ち込んだおかげで、扉の構造が分かったんだから、エンヴィーとしては楽に任務が進められたんじゃないのか?」

「まぁ、そうだけど……」


 頭を抱えるエンヴィーを気にしないジャンロード。

 敢えて二人の時、話題にしなかったのは、この場でジャンロードの行いを教皇を含めた虹蛇全員に知らしめるためだった。

 ジャンロードが言う生意気な奴とはハセゼラのことだ。

 直接揉めたとかではないが、ハセゼラの言動に苛立ち文句を言っただけだ。

 去り際にハセゼラが「リリアの邪教徒を殺した」という台詞がジャンロードの琴線に触れたのだ。


「エンヴィー。冷静になって報告の続きをしろ」


 ブライトが冷淡な口調でエンヴィーを諭す。


「はい……昼間は人目もあることから難しいと思われます。扉が閉められた夜間に迷宮ダンジョン内から破壊するのが無難かと。運の良いことに今、バビロニアの迷宮ダンジョンの二階層には新しく発見されたサークル魔法陣があり、そこから下層の強力な魔物を連れてこれば、混乱に生じて扉を破壊することは可能かと思われます」

「たしかにな。まぁ、面白いことになるから少し待っていろ」

「……それって、扉自体に細工をしたってこと?」

「それについては後で説明するが、俺もエンヴィーの意見に賛成だ。それより、アルカントラの奴らより強力な結界は本当に出来るんだろうな?」

「造作もないことだ。リリア様が邪神ユキノに劣るなど有り得ん。フォークオリア法国にも結界の道具を送っておるし、手順も説明済だ。もし、結界が発動せんようなら、それはフォークオリア法国の奴らの責任だ‼ それよりも教皇の前だ。言葉を慎め‼」


 ジャンロードがブライトに視線を向けると鼻で笑い答えるが、礼節をわきまえないジャンロードに対して忠告をする。


「よい。話を進めろ」


 教皇アルバートがブライトをなだめて、会議を進行する。

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