第253話

 カリスとオスカーの作業を再開して十日後、リゼの忍刀が打ち終わる。


「あとは……」


 カリスは最後に銘を打ち込む。

 銘とは製作者の名を刻むことだ。

 自分の名を刻み終えたカリスはオスカーに道具を渡す。


「どうした、ほら」


 戸惑うオスカー。

 普通であれば、手伝った者の名など刻まない。

 カリスの気遣いに感謝しながらも、カリスの名の隣に刻めることを誇らしく感じていた。

 この世界でただ一つ、前オスカーと現オスカーの共作の武器だ。


「あとは、鍔や柄などを取り付けて完成だ」


 鍛冶作業は終了らしい。

 これからは他の部品製作に入るようだ。


「とりあえず、これを見てどう思う」


 カリスは刀身をリゼに見せて感想を聞く。

 漆黒に綺麗な銀色の波紋。

 ダークドラゴンの爪を素材に使用したことで偶然が重なった。

 リゼの防具と、髪を現しているかのようにだった。


「リゼ。この忍刀に名を教えてやろう」

「名前ですか?」

「あぁ、宵姫だ」

「よ、宵姫‼」


 バビロニアでつけられた二つ名。

 その二つ名を武器の名につける。

 カリスの悪ふざけかとも思ったが、その表情は真面目そのものだった。

 武具に名前を付けるのは武具職人の特権だ。

 気に入った出来の物でなければ、名を付けることはない。

 子供に名付けをするのと同じだ。

 それに第三者が介入することなど出来ない。

 リゼは不本意ながらも”宵姫”を受け入れる。


「最近、どこかで聞いた気がするんだが思い出せない。ただ、打ち終わった時に自然と言葉が浮かんで来た」


 宵姫と名付けた理由をリゼに説明する。

 聞いた記憶があるのはバビロニアで再会した時に、自分のことを”宵姫”と紹介されたからだろう。

 そのことに気付いていないからこそ、悪気がないのだとも感じた。

 このまま、作業をするようで、オスカーが鍔の製作に入る。

 カリスは手伝うことなく、近くで見守っている。

 どうやら、カリスとオスカーの間で取り決めをしていたようで、刀身を見て頭で描いた鍔の形を具現化するために打ち続ける。

 今までの道具と違い、使用しているのはタガネとハンマーだった。

 リゼは鏨という道具を見たことが無かったので、作業風景に目を奪われる。

 今まで見た忍刀の鍔は四角の形状だった。

 落とした時に転がらないように工夫されているとハンゾウから教えて貰った。

 オスカーも当然、それを知っているので四角い形状へと変わっていく。

 装飾の加工に入ると、集中力が増す。

 カリスは奥の部屋に移動したが、十分ほどで戻って来た。

 オスカーはカリスが居なくなったことに気付いていない。

 少しでも手元が狂うと、今までの作業が無駄になってしまうからだろう。

 集中力が持続出来ないからなのか、鍔の製作を一旦終える。

 先程、カリスが入って行った奥の部屋へと移動すると、大量の木材が置かれていた。

 ここで柄や鞘の製作をするようだ。

 使用する材料について、カリスとオスカーは話し合いを始める。

 リゼには聞きなれない言葉が飛び交う。

 分かったことは、柄はカリスが製作して、柄はオスカーが製作するということだけだった。

 工程は柄の方が多く難しいらしい。

 既に製作されている幾つかの柄をカリスはリゼに握るように言う。

 巻いてある素材や、巻き方が違っている。

 同じ巻き方でも素材が異なれば、握った感触が違う。

 それは柄に使われている木材の材質が違うのも同じだった。

 手に馴染む物を数個選ぶ。

 それに宵姫と同じような重さの物を取り付けて、振ってみた感触を確認する。

 その中からさらに選別して、三つまで絞り込んだ。

 この三つの柄から絞り込むことは難しかった。

 どれも同じ感触だったからだ。

 カリスからの提案で目を瞑り、手の感触だけに集中する。

 僅かな違いは確かめる。


「……これですかね」


 何回か振って、一本を選んだ。


「これね」


 カリスはリゼから選んだ柄を受け取ると、リゼは目を開く。

 柄を手に取りながら、部屋から使用する素材を集め始める。

 オスカーもカリスが柄に使用する木材を選んだのを確認すると、鞘に使用する木材を選ぶが、カリスと同じ木材を使用するようだった。

 同じものを選ぶ事で、よりカリスとの共作という意味合いを強めたいとオスカーは思っていた。

 当然、選んだ木材は目星をつけていた木材の一つなので、材料としては問題無い。

 カリスは柄糸に使用する糸を桶に入れて染める作業に入る。

 染料を黒色にしたのは、忍刀は黒で統一するつもりなのだと思いながら、作業工程を見ていた。

 染料に漬けている間、カリスは柄の部分をナイフで削り始めた。

 素早い動きに感心する。

 まるで魔法でも使っているかのようだった。


(あっ……)


 魔法耐性の能力値が、成人の儀の時に見た能力値まで下がっていたことを思い出す。

 敏捷と比べて、十分の一以下だ。

 次に高いのが運、そして魅力と続く。

 ここまで偏った能力値の冒険者がいるのだろうか? と今さらながら不安に感じる。

 今になって、自分の選択が間違っていた気になっていた。

 そしてメインクエストが表示された。

 クエスト内容は『ドヴォルク国王を満足させる。期限:七日』『報酬(万能能力値:三増加)』

 思っていたよりも難易度が高い。

 一国の王に、おいそれと簡単に会えるような人物ではない。

 前国王のナングウに頼んで謁見することは可能かもしれない。

 だが、その行為はナングウを利用することだ……。

 リゼは自分の良心と、クエストを天秤にかけることになる。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 リゼの忍刀”宵姫”が完成した。

 このドヴォルク国での日々のほとんどを、オスカーの工房で過ごした。

 メインクエストの期限は残り二日まで迫っている。

 ナングウとも会っていないし、作業に集中しているカリスに頼むなどもっての外だ。

 なりふり構わずにドヴォルク国王との謁見を模索することも出来たが……それをすることは無かった。


「防具を脱げ」

「えっ!」


 カリスの言葉に躊躇しながらも言われた通りに、防具を脱ぐ。

 柄糸と一緒に染めていた皮を加工した物を防具に取り付けていた。


「ハンゾウからクナイを貰ったんだろう。クナイはここに入れておけ」


 クナイを三本収納出来るようにと防具に追加してくれた。

 作業の様子を見ていたが、製作しているのを見たことが無い。

 以前に製作した物を染め直したようだ。

 忍刀は短刀と交換という条件だったが、クナイが収納出来る防具は条件に含まれていない。

 リゼが価格の話をしようとする前に、カリスは「おまけだ」と言う。


「でも!」

「おまけだ。そういうことにしておいてくれ」


 カリスの視線は鞘を作り終えたことで、緊張の糸が途切れたのか、横になって寝息を立てているオスカーに向けられていた。

 リゼが反論したところで、カリスが意見を曲げるとは思えない。

 カリスの好意に甘えることにし、礼を述べるとカリスは笑顔を返した。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:四十一』

 『魔力:三十』

 『力:二十五』

 『防御:十七』

 『魔法力:二十一』

 『魔力耐性:十』

 『敏捷:百四』

 『回避:五十三』

 『魅力:二十一』

 『運:五十五』

 『万能能力値:零』

 

■メインクエスト

 ・ドヴォルク国王を満足させる。期限:七日

 ・報酬:万能能力値(三増加)



■サブクエスト

 ・瀕死の重傷を負う。期限:三年

 ・報酬:全ての能力値(一増加)


■シークレットクエスト

 ・ヴェルべ村で村民誰かの願いを一つ叶える。期限:五年

 ・報酬:万能能力値(五増加) 

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