第200話

「新しい領主様と御知り合いですか?」


 宿に戻ると、受付に挨拶をして部屋に戻ろうとすると声を掛けられた。


「あっ、はい。その……近くまで来たので挨拶をと思っていたのですが、会うことも難しいようです」

「そうでしたか。領主様も御仲間を失われてお辛いのか、我々にも御顔を見ることも出来ませんので心配ですね」


 宿屋の店主らしき男性の表情からも、ラスティアのことを本当に心配しているようだ。

 この町に来てから、何人かと話をしたが前領主の評判は良くなかった。

 町にも顔を出しながら親交を深めたりしていた前々領主。

 その前々領主を殺して領主の座を手に入れたと噂されていた。

 前領主を追い出して、前々領主の娘エルダが戻って来て領主になったことは嬉しいことだった。

 ただ、記憶喪失になりラスティアとして冒険者をしていたことや、クエスト失敗による仲間の死などの事情を知るとエルダを心配していた。


「冒険者時代のエルダ様のことを聞かせてもらえませんか?」


 店主の唐突な頼みに、リゼは悩んだ。

 

「……知っていることであれば、よろしければ」


 リゼのことも領主の屋敷を一日中見ている冒険者だと、町では少しだけ噂になっていた。

 リゼが前領主の仲間でエルダに危害を加えるような冒険者だと考えている町の人もいる。

 そのため怪しむ町の人から、宿の店主は頼まれて、リゼの身辺を探ろうとしていた。

 リゼはエルダがラスティアと名乗り、王都を拠点として活動していた銀翼というクランに所属していたこと。

 ラスティアというより、銀翼のメンバーだったクウガやアリスに懇意にしてもらっていたを正直に話す。

 そして、自分も残された銀翼のメンバーだと伝える。


「そうでしたか……お客様も辛い思いをされておられるのですね」


 宿の店主はリゼに同情した目を向けていた。


「お疲れのところ、引き止めてしまい申し訳御座いませんでした」


 宿の店主はリゼに謝罪する。


「いいえ、大丈夫です。おやすみなさい」

「おやすみなさいませ」


 リゼは挨拶をして部屋へと戻る。


「怪しい奴ではないようだな」


 物陰に隠れていた男が姿を現した。


「そうですね。本当にエルダ様とお知り合いのようですね」

「とりあえず、暫くは監視してくれるか?」

「えぇ、構いませんよ。仕事の範囲内ですけどね」


 宿の店主は淡々と会話を続ける。

 この男は”メトロン”と言い、この町レトゥーンを拠点に活動している冒険者だ。

 そして幼少期のエルダとも仲が良かった。

 父親と町に来た時には必ず遊んだ間柄で、世間的に幼馴染と言う関係だった。

 レトゥーンからエルダが居なくなった時、エルダを守れなかった自分の弱さに苛立っていた。

 いずれは前領主の悪事を暴いて失脚させようとさえ考えていたし、追いやられた前領主がエルダに危害を加えないかと周囲を警戒していた。

 ただ、メトロンもエルダがレトゥーンに戻って来て一度も会っていない。

 領主と冒険者という立場と、簡単に領主の屋敷に行けないこともあり、昔のように気軽に会える状況では無かった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 昨日に続けて、執事のトーマスはエルダの部屋を訪れていた。

 だが、トーマスが口を開く前にエルダは言おうとすることが分かっていた。


「今日、窓からリゼ……冒険者を見たわ」

「そうですか。お知り合いでしたか?」

「えぇ、仲間……になっていたかも知れない冒険者よ」


 トーマスはエルダが寂しそうな表情なことに気付く。


「お会いにならないのですか?」

「会ってどうするの?」

「よいのですか?」


 エルダの言葉から会う必要がないことは明白だったが、トーマスはあえて聞き返した。

 その答えはエルダから帰ってくることは無かった。


「この町が変わったように、私も変わったのかしらね」

「たしかに見た目は変わったかもしれませんが、人々の心は変わっておりません」

「本当にそうかしら」

「私はそう信じております。それに覚えておられますか、メトロンという男の子のことを」

「メトロン。えぇ、覚えていますわ。私と一緒に悪戯をして、いつも叱られていましたからね」

「そのメトロンは今、この町で冒険者をしております。昔を懐かしむのであれば、一度お会いになられてはどうですか?」

「そうね……メトロンに会えば、私も昔に戻れるかしらね」

「そうですとも。明日にでも会えるようにいたしましょうか?」

「……いいえ、止めておくわ」


 しばらく考えた後、エルダはトーマスの申し出を断った。


「そうですか……」


 トーマスは前領主にも前々領主同様に執事として雇われていた。

 町に出ることもあったので、町の情報なども耳に入れることが出来た。

 エルダと仲の良かったメトロンの成長も当然知っている。

 レトゥーンに来てから笑った顔をほとんど見ていないトーマスは、メトロンと会うことで昔のように笑うエルダに戻ることを期待していたのだ。


「お知り合いの冒険者ですが、明日もいるようであれば追い払いますか?」

「いいえ、その必要はないわ。ただ、屋敷を見ている冒険者ってことですし」

「承知しました」


 トーマスは頭を下げるが、エルダが極端に人との接触を嫌うのが気になっていた。

 この部屋に入るのも、自分と昔からいた使用人の二人だけだ。

 何人かの使用人が夜中にエルダの部屋から漏れる声を聞いていた。

 独り言でなく会話が聞こえたと報告があったからだ。

 そのことをエルダに伝えたが、「独り言よ」と、冷静に返された。

 エルダが窓から誰かを招き入れているとも考えたトーマスは、エルダに内緒でエルダの部屋を外からも見張っていた。

 しかし、人の出入りはなかったと報告を受けている。

 夜中に独り言を言うエルダの精神状態を心配していたトーマスだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ラスティアに会えない日が続いた。

 その間にサブクエストが達成された。

 明日には、事前に予約していたラバンニアル共和国に向かう馬車に乗る。

 次の馬車へ変更することも考えたが、貴重な二年という時間を考えると強くなるという目標を達成しなくてはいけない焦りを感じていた。

 今回は無理でも、今度は会ってくれることに期待して、リゼは護衛の男にラスティア宛の手紙を渡す。

 昨夜、会えないことを考えたリゼはラスティア宛の手紙を書いて渡すことにしたのだ。

 ラスティアが読んでくれないかも知れないが、読んでくれることを期待して――。


「ふぅ~」


 ステータスを開いて、皮肉にもサブクエスト達成で増加した能力値を見る。


(ラバンニアル共和国の迷宮都市バビロニア。ここで強くならないと……)


 ドワーフ族の国ドヴォルグの場所については、宿に戻った時に隣の冒険者ギルドで聞いたが、バビロニアから山二つ向こうらしい。

 定期的に出ている馬車は無く、商人の馬車に乗るしかドヴォルク国へ入国は出来ない。

 商人たちも自分たちの信用問題にも影響するから、同乗する相手も入国出来るかを事前に確認する。

 入国できない者をドヴォルグ国へ運ぶことは無いのだ。

 移動時間も掛かるうえ武器の製作についても、製作してもらえるか分からない。

 リスクを承知で行くかをリゼは悩んでいた。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:三十六』

 『魔力:三十』

 『力:二十二』

 『防御:二十』

 『魔法力:二十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:八十四』

 『回避:四十三』

 『魅力:二十四』(三追加)

 『運:四十八』

 『万能能力値:零』

 

■メインクエスト

 ・ラバンニアル共和国に入国。期限:九十日

 ・報酬:敏捷(二増加)


■サブクエスト



■シークレットクエスト

 ・ヴェルべ村で村民誰かの願いを一つ叶える。期限:五年

 ・報酬:万能能力値(五増加)  

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