第137話

 ――四階層。

 リゼは出来る限り戦闘を避けながら進んできた。

 しかし、さすがに暗いので松明に火を付けて、明かりを確保する。

 一瞬で明るくなるが、魔物に自分の居場所を知らせることにもなる。

 なにより、松明を持つことで片手が塞がれる。

 咄嗟の動作が遅れるため、今まで以上に慎重に奥へと進んでいく。


 時折、天井から落ちる水音に過剰反応したり、他の物音にも警戒したりと気を張っていた。

 肉体的よりも精神的な疲れが、リゼを襲っていく。


 リゼは岩陰から岩陰へと動く物体を目にする。

 明らかに魔物だと確信したリゼは、松明を消えないように少し立てて床に置く。

 そして、小太刀を抜き戦闘態勢に入る。

 岩陰に隠れてる魔物もリゼを警戒しているのか、姿を現さない。

 膠着状態のまま、時間だけが過ぎていく。

 先に動いたのはリゼだった。

 少しだけ魔物の方へと移動をすると、その足音に反応して魔物が岩陰から飛び出す。

 姿を現した魔物の正体は”ラージラット”だった。

 細く長い尻尾には無数の棘がありので、防具無しの防御では怪我をする。

 なにより、ラージラットは複数の菌を持っているので傷口から化膿して発熱や嘔吐などを起こすため、弱いが厄介な魔物と言われている。

 毒消し薬も万能ではないし、回復に時間が掛かる場合もあるので、毒を持った魔物には慎重に対処する必要がある。

 戦闘相手がラージラットだと分かったリゼは、出来れば戦闘を回避したいと思っていた。

 戦闘で倒す価値よりも、自分へのデメリットの方が大きい相手だからだ。

 小太刀を構えたまま、リゼはラージラットを睨み続ける。

 すると、ラージラットは少しだけ後退りをする。

 ラージラットが逃走してくれると思ったリゼは、ほんの一瞬だけ気を抜いた。

 その瞬間をラージラットは見逃さなかった。

 後退りをしたのは踏み込むための予備動作だったのだ。

 ラージラットはリゼの前まで走ると体を反転させて、棘のついた尻尾を鞭のようにしてリゼを攻撃する。

 リゼも必死で防御をしようとするが怪我のことが頭を過ぎり、防ぐのでなく避けることにした。

 ラージラットは何度も尻尾でリゼを攻撃するが、冷静にラージラットの攻撃を見切ったリゼには通用しなかった。


(うん、大丈夫)


 難なくラージラットの攻撃を回避できているリゼは反撃に出る。

 ラージラットの尻尾の攻撃を避けると同時に踏み込み、尻尾の根元を小太刀で斬り付けた。

 リゼの攻撃でラージラットの尻尾が切り落とされることは無かったが、大量の出血からも尻尾が上手く動かないことは見て分かった。

 これ以上の戦闘は不利だと思ったのか、ラージラットは逃走しようと藻掻いていた。

 リゼも追撃をするべきか、様子をもう少しだけ見るのかを悩んでいると、天井から石が落下してきた。

 天井を見ると数多くの黒い生き物が天井に張り付いていた。

 蝙蝠? ……いや違う。

 ”ジャイアントバット”の群れだ!

 弱った魔物などを上空から襲い巣に持ち帰る。

 リゼとラージラットが戦っている最中も天井に張り付いて、どちらかが弱るのを待っていたのだ。

 そして今回、ジャイアントバットの獲物として選ばれたのは、目の前で弱っているラージラットだった。

 リゼは警戒しながら床に置いてあった松明の場所まで、ゆっくりと戻る。

 ラージラットから目を離さずに、床から松明を手に取った。

 ジャイアントバットは火が苦手だと知っていたから、松明を持っていれば攻撃される危険が少ないと考えた。

 天井から大きな音がしたと同時に、目の前に一匹のジャイアントバットが降下してラージラットを捕獲する。

 迷宮ダンジョン内にラージラットの断末魔がこだまする。

 地面にはラージラットの血だけが残っていた。

 リゼは天井を見ると、数匹のジャイアントバットが天井に張り付いたままだった。

 次の獲物が来るまで待機しているのだろうとリゼは思いながら、さらに迷宮ダンジョンの奥へと進む。



 ――五階層。

 目的の階層に到着したことで、リゼは胸を撫でおろす。

 しかし、肝心のオーリスキノコは見当たらない。

 やはり、多くの冒険者が五階層で採取するので、数が少ないのだろうと、リゼは納得しながらオーリスキノコを探した。


「あった!」


 岩陰に小さなオーリスキノコを見つける。

 採取しようとしたが……あまりにも小さすぎる。

 採取するのが可哀そうと思い、採取をせずに次のオーリスキノコを探すことにした。

 しかし、オーリスキノコが生えていることを確認出来たことは、リゼの中で大きなことだった。

 このまま六階層、七階層と進んでいけば大きなオーリスキノコを採取できる。

 リゼはまだ見ぬ大きなオーリスキノコを期待しながら迷宮ダンジョンを進んだ。


 六階層に下りる階段を探すが、なかなか見当たらない。

 多くの冒険者が出入りしているので、それなりに道が出来ているので横道にそれなければ上層で迷うことは無いと、二階層で会った黒龍の冒険者たちが教えてくれていたからだ。


(……おかしいな?)


 リゼは来た道を戻ったりして、何度も往復を繰り返していた。

 方向音痴ではないと自覚していたが、少しだけ不安になる。

 不安になっていると、奥の方から人の話し声が聞こえてきる。

 薄っすらと光も見えるので冒険者たちだとリゼは考える。

 リゼはその場から動かずに、冒険者たちが来るのを待つことにした。

 六階層への階段の位置を教えてく貰うためだった。


 暫くすると六人組の冒険者がリゼの視界に入る。

 この冒険者たちも【ライトボール】を使用していた。

 壁際に立っているリゼを見つけると、冒険者の一人がリゼに声を掛ける。


「お前、オーリスのリゼだろう?」

「はい」


 彼はリゼが孤児部屋にいる時に、オーリスに少しだけ滞在していたのでリゼのことを知っていた。

 その後、昔の冒険者仲間とオーリスに行き、このオリシスの迷宮ダンジョンでのクエストをしていた。

 リゼは素直に六階層に行く階段が見つからないことを告げる。

 冒険者たちは顔を見合わせると不安そうな表情を浮かべる。


「悪いことは言わないから、この階層で引き返した方がいい。単独ソロで六階層は厳しい」


 リゼのことを思っての忠告だった。

 上層とはいえ、五階層と六階層では魔物の質が違う。

 普通に考えれば、単独ソロで六階層に行くなど自殺行為に等しいからだ。


「オーリスキノコを採ったら、すぐに戻ってきますから」


 必死で訴えるリゼに困惑をしていたが、最終的には六階層の階段への行き方を持っていた迷宮地図ダンジョンマップを見せて教える。


「ありがとうございました」


 リゼは六人に礼を言うと、姿が見えなくなるまで見送ることにした。

 見送りながらリゼは単独ソロでの迷宮ダンジョンクエストが、いかに無謀だったのかを知る。

 もし、自分がこのまま迷宮ダンジョンで死んでしまったら、受付嬢のレベッカや、二階層で出会った黒龍の冒険者、それに六階層への階段の場所を教えてくれた冒険者たちの心に嫌な感情が生まれてしまうのではないかと思った。

 決して忠告を無視したわけではないが、今後は気を付けようと思いながらも単独ソロ迷宮ダンジョンクエストを心配させずにする方法も模索しようと考えることにした。

 まずは迷宮地図ダンジョンマップと松明に変わるスクロール魔法巻物を手に入れることだと、徐々に薄くなる光を見ていた。


(よし!)


 リゼは教えてもらった六階層に続く階段へと向かう。

 途中までは間違っていなかったが、途中で二手に分かれる道で大きな道が正しいと思い、そちらを選択したことが迷った原因だと知る。

 足跡などもあったので、他の冒険者たちが大きな道に行く必要があったのは間違いない。

 一先ず、六階層への階段を見つけることが出来たリゼは、先程の冒険者たちの忠告を思い出しながら階段に足を掛けた。



――――――――――――――――――――


リゼの能力値

『体力:三十五』

『魔力:十八』

『力:二十二』

『防御:二十』

『魔法力:十一』

『魔力耐性:十六』

『素早さ:七十六』

『回避:四十三』

『魅力:十七』

『運:四十三』

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