第96話

 ――翌朝。


 リゼは筋肉の痛みで目が覚める。

 目が覚めると、両手に出来たマメの痛みにも襲われた。

 昨晩、出来るだけ作業を進めたが、思っているよりも進めることが出来なかった。


(まだ、早いけど……)


 リゼは体を起こして、外出の用意を始める。

 横目で見た窓の外は、薄っすらと明るくなってきている。


 部屋を出ると、"兎の宿"の娘ニコルが忙しそうに掃除をしていた。


「あっ、リゼさん。おはようございます」

「おはようございます」


 リゼに気付いたニコルが挨拶をしてきたので、リゼも挨拶を返した。


「早いですね。もう、出かけるんですか?」

「はい」

「朝食は食べていかれますか?」

「……すぐに出かけます」

「そうですか。気を付けて」

「ありがとうございます」


 ニコルと会話を交わしたリゼは兎の宿を出て、墳墓へと歩いた。


 墳墓の辺り一面には霧が出ていた。

 より一層、恐怖感を煽るような演出だと、リゼは思いながら昨日の作業場所まで脇目も振らずに移動する。

 霧のせいで視界は悪いが、作業には影響がないと思いながら昨夜、作業終了時に置いた道具を手に取り、穴を掘り始める。

 一度、掘っているので岩等は殆ど無い。

 掘る深さも自分の肩くらいになる。

 リゼは低身長の自分だから、作業効率が悪いのだと分かっていた。

 しかし、途中で投げ出すことは出来ないので、ひたすら作業を続けた。


「早いですね」


 作業中のリゼにグレゴリーが声を掛ける。


「おはようございます」


 挨拶をするリゼを見ながらも、グレゴリーは作業の進捗具合を確認していた。

 掘り起こされた範囲は依頼した範囲の三分の一程度だ。

 昨夜と今朝で、遅れていた作業を取り戻したのだと思いながらも、グレゴリーは自分が抱いている不安を払拭することが出来ないでいた。


「引き続き、お願いしますね」

「はい」


 グレゴリーとの会話を終えたリゼは、すぐに作業を再開した。

 昨夜、リゼが作業を終えて持って来た宝石は、グレゴリーの予想よりも遥かに多かった。

 普通であれば、十個程度しか発見されない。

 しかし、リゼはその倍以上の大小二十三個の宝石を持って来たのだ。


(もしかしたら昔、この辺りは墓石があった場所だったのだろうか?)


 リゼの作業風景を見ながら、グレゴリーは宝石が多く見つかることを期待していた。


「っ!」


 リゼの手のマメが潰れた。

 しかし、作業の手を止めることは出来ない。

 痛みを堪えながら、リゼは作業を続けた。


 そして、二日目の夕方。

 グレゴリーがリゼの作業を確認しに訪れる。


(これは……)


 思っていた以上に、リゼの作業が進んでいたことに驚く。

 それから一時間ほど、グレゴリーはリゼの作業を見続けていた。


 グレゴリーの視線を感じていたリゼは、自分がグレゴリーに監視されるようなことをしてしまったのではないか? と考える。

 もしかしたら、作業が遅いことを怒っているのでは? とも考えていた。

 なにより、今日は出てくる骨の数が少ない。

 骨を拾う作業が短縮できたので、思った以上に作業が進んでいた。

 このペースでいけば、明日には指定された範囲は終了できる。


 リゼは骨に当たった感触を感じたので、周囲を掘って骨を拾い上げる。

 拾い上げようとすると、昨日今日で一番大きくて立派な宝石を発見する。

 リゼは大事に落とさないように、宝石を集約している場所へと、その宝石を持って移動する。


「ちょっと、その宝石を見せてもらえますか?」


 移動中のリゼに、グレゴリーが話し掛けてきた。


「はい、どうぞ」


 リゼはグレゴリーに宝石を渡すと、グレゴリーの顔色が変わる。


「……これは」


 グレゴリーは宝石を持ったまま、その場を去って行った。



「間違いない‼」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 グレゴリーはリゼから受け取った宝石と、先祖代々受け継がれてきた書物を開きながら、宝石が家宝である”オベロンの涙”と呼ばれているものと類似していることに気付く。

 ハイエルフの涙は、グレゴリーの先祖が王族から譲り受けたもので、神話に出てくる妖精王”オベロン”が仲間の死を嘆き悲しんだ際に流した涙が宝石になったと言い伝えられていた。

 グレゴリーも祖父や、父親から何度も話を聞いていたので覚えていた。

 しかし、その家宝であるオベロンの涙は、随分前に紛失してしまったとも聞いていた。

 祖父が自分の小さい頃に、盗賊に狙われることで家族にも被害が出ていた。

 なによりも、曾祖母が盗賊に殺されたことで曾祖父が、曾祖母の遺体と一緒に埋めたとも言っていた。

 祖父自体が、うろ覚えで遺体を埋めた場所も正確に分かっていなかったので、グレゴリー自身は、酒好きの祖父が言っている戯言程度にしか考えていなかった。

 つまり、目の前にある宝石は家宝である”オベロンの涙”に間違いないと確信していた。

 ……であれば、あの一帯に埋葬されている遺体は‼

 グレゴリーは宝石を胸に仕舞うと、リゼの元へと走って行った。


 作業を続けていたリゼは、大きな足音に気付き、足音のする方向に顔を向けると、グレゴリーが、凄い勢いで走って来ていた。

 リゼにはグレゴリーが凄い形相だったので、「なにか怒らせるようなことをしてしまった!」と今迄の言動を思い返す。


「すぐに作業を中断して下さい‼」

「えっ!」

「早く、上がってきてください」

「はい‼」


 グレゴリーの迫力に押されて、リゼは掘った穴から出ると、代わりにグレゴリーが穴に入り、リゼの代わりに周囲を掘り始めた。

 その様子を見ながらリゼは、「自分が遅いから怒ってしまい、グレゴリー自身で掘り始めた!」と思っていた。


「あった‼」


 グレゴリーが大声で叫んだ。

 両手で、長細い石のようなものを持っている。


「やっぱり……」


 グレゴリーが両手で持っている石は墓石だった。

 墳墓の管理人であるグレゴリーの家系は、遺体を埋める際に長細い石に文字を刻んで一緒に埋めていた。

 文字に刻まれた名は、祖父より聞かされていたグレゴリーの曾祖母の名だった。

 つまり、この一帯にはグレゴリーの先祖が埋葬されていた可能性が高い。

 もしかしたら昨日、リゼに仕分けされた遺骨はグレゴリーの曾祖父だったかも知れない。

 父親から、この墳墓の管理人を引き継ぐときに言われた言葉を、グレゴリーは思い出していた。


「俺たちの家系は埋葬の際に、大事にしていた物を一緒に埋めてもらう。通貨に困ったら、御先祖の墓を掘り起こせよ」


 父親も先祖が埋葬されている場所までは、教えてくれなかった。

 探し出すことも含めて掘り起こせと言っていたのだろうと、グレゴリーは思っていたからだ。

 祖父から聞いた話だと、曾祖父は遺体は曾祖母の近くに埋葬されたこと。

 そして、曾祖父は埋葬の時に一緒に埋めた物こそ、グレゴリーが掘り出そうとしているものだった。

 祖父から聞いた木箱に入っていて、祖父さえも箱の中身を知らないが、とても大事なものだと聞いていた。

 懐に仕舞ってあるオベロンの涙以上のものだと、グレゴリーは信じていた。

 そして、それを他人に知られる訳にはいかないと、視線に入ったリゼを見て思った。


「依頼したクエストですが、この段階で完了とさせてください」

「えっ!」


 リゼは発注者であるグレゴリーに作業が遅いため、実力不足と思われて早々に、未達成だと判断されたのだと慌てる。


「期日……明日までには、必ず契約した範囲での作業を完了させてみせます」


 リゼはグレゴリーに向かって、必死に訴えた。


「いいえ。ここまでで結構です」

「そうですか……」


 グレゴリーの言葉にリゼは落胆する。

 そして、クエスト未達成だと感じていた。

 未達成でも、昨日と今日の作業報酬はでる。

 しかし、成功報酬に比べれば格段に少ない。

 それにギルドに戻った時に、アイリに合わせる顔がないとも感じていた。


 リゼはグレゴリーの家へと戻り、書類を受け取る。

 受け取った書類には、クエスト達成となっていた。

 

「あの……」

「はい、なんですか?」

「書類のサインが間違っているのですが……」

「そんなはずは、ありませんが?」


 グレゴリーはリゼに渡した書類を戻してもらい再度、確認をする。


「間違っている所はありませんが?」

「クエストは未達成ですが、達成となっています」

「……あぁ、そういうことですか‼」


 グレゴリーはリゼの言っている意味を理解したのか、笑いながら答えた。


「たしかに指定した範囲ということからすれば、未達成ですね」

「はい」

「しかし、今回は私の事情でクエストを切り上げてもらいました。よって、クエストは達成したことになります。そうですね、そのことも記入しておきますね」


 グレゴリーの説明を聞いても、リゼは納得が出来なかった。

 なぜなら、グレゴリーの言う事情が分からなかったからだ。


「差し支えなければ、その事情を教えては、いただけませんでしょうか?」

「そうですね……」


 グレゴリーは少し考えてから、口を開く。


「あの場所は個人的に調べたい場所だと判明した……からでは駄目ですかね?」


 グレゴリーの表情から、これ以上は聞けないとリゼは判断する。


「ありがとうございます」


 リゼはグレゴリーに礼を言う。

 納得は出来ないが、クエスト達成には違いないと、自分を言い聞かせてギルド会館へと戻ることにした。

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