第90話

 リゼは緊張した面持ちで、アイリからプレートを受け取った。

 ランクBのプレートだ。


「リゼさん、おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 リゼにプレートを渡したアイリは、とても嬉しそうだった。


「アイリさん……約束を覚えていますか?」

「約束?」

「はい、ランクBに昇級したら、アイリさんを担当受付嬢に指名することです」


 アイリはリゼの言葉を聞いて思い出す。

 リゼと最初に会った時、領主であるカプラス様の御令嬢ミオナ様を助けた礼として、一緒に服を買いに行った帰りに、冗談交じりで言った言葉だった。

 半分本気で、半分冗談だったが、そんな自分との約束を覚えていてくれたことが、アイリはとても嬉しかった。


「もちろんよ」

「私の……担当受付嬢になって頂いても……いいですか?」


 リゼは申し訳なさそうに、アイリに頼む。


「喜んで‼」


 アイリは即答した。

 冒険者に受付嬢を選択する権利がある。

 冒険者が選んだクエストを受付嬢が、危険と判断すればクエストを受注できない。

 しかし、何人もの冒険者を殺すようないい加減な受付嬢に担当は任せられない。

 当然、受付嬢と相性が悪ければ、担当者の変更もあるし、受付嬢の争いが多いギルドだと、冒険者の引き抜きなどもあるのも事実だった。


「宜しく御願いします」

「こちらこそ」


 リゼとアイリはお互いに頭を下げて、冒険者と担当受付嬢としての初めての挨拶を交わした。


「あの……私を呼ぶ敬称が変わったのは、私が皆さんの気が障るようなことをしたのでしょうか? ……もし、そうであれば教えて頂けませんでしょうか?」


 リゼは、ここ最近に自分の敬称が「ちゃん」から「さん」に変わっていたことに気付いていたし、違和感を感じていた。

 自分の気付かない間に、なにか粗相をして、受付嬢たちの怒りを買ってしまったのではないかと気になっていたのだ。

 ランクBに昇格して、担当受付嬢にアイリを指名したことで、なにか聞けるのではないかと不安になりながらも、アイリに聞くことを選択する。


「冒険者の人たちには、基本的に『さん』付けをしているの。冒険者の人との繋がり? いや、信頼関係が築けたら呼び捨てや、愛称で呼ぶこともあるわ」

「それじゃぁ……」

「リゼさんが、何かしたわけじゃなくて、私たちが『リゼちゃん』と勝手に呼んでいたことが問題だったの」

「そうだったのですか」


 アイリから説明を受けたリゼは安心した。


「その……アイリさんにお願いがあります」

「何?」

「私のことは『リゼ』と呼び捨てで御願いします」

「えっ‼」


 アイリはリゼからの思いもよらない言葉に驚く。

 敬称を「ちゃん」付けに戻すことは、少しだけだか想定していたのだが、呼び捨ては想定外だったからだ。


「冒険者に年齢や性別などが関係ないことは重々、承知しています。ただ、私のような未熟者が、そのような呼ばれ方をするのは自分自身で納得がいかないので……お願いできますか?」


 アイリは悩む。

 リゼの申し出を受け入れることは簡単だ。

 しかし、それがリゼのためになるかと考えた場合――。


「それなら、私のことも『アイリ』って呼び捨てで呼んでくれる?」

「それは……出来ません」


 リゼは戸惑いながら答えた。


「そんなに、『リゼさん』と呼ばれるのが嫌なの?」

「……はい」


 冒険者になる前、リゼの人生で『リゼさん』と呼ばれた記憶は殆ど無い。

 一人を除いて誰もが『リゼ』だった。

 その一人は、使用人と言う名の唯一心を許せた友人だった。

 彼女にも『リゼ』と呼ぶように何度も言ったが、最後まで『リゼ様』としか呼んでくれなかった――。


「分かったわ。リゼでいいのね」

「はい」


 アイリもリゼを困らせる気は無かった。

 担当受付嬢になったことで、リゼとの会話が今まで以上に増える。

 時間が経てば、心を開いてくれると思っていたので、アイリにとっては敬称など大きな問題ではなかったからだ。


「その……出来れば、他の受付嬢の方々にもお願いしたいのですが――」

「それは、『リゼ』って呼ぶこと?」

「はい、出来ればですが……」

「いいわよ。皆には私から伝えておくわ」

「はい、宜しくお願いします」


 リゼは再び、アイリに頭を下げる。


「今日は昇級したばかりなので、クエストを受けられないから、担当受付嬢としてリゼが、どんなクエストに興味があるのか教えてもらえるかしら?」

「はい……」


 リゼは嘘偽りなく、アイリに自分の思っていることを伝えた。

 まず、前提条件は単独ソロでの活動。

 討伐を主体にしたいが、清掃や採取なども定期的に受注していきたいこと。

 そして、調査なども含めた迷宮ダンジョンへのクエストにも興味を持っていると伝える。


「……リゼ。ちょっと、いいかしら」

「はい」

「パーティーを組む気は無いの?」

「はい、実力不足で足手まといになって、迷惑を掛けるのは申し訳ありませんから……」

「クランに入る気も……ないよね?」

「はい」

「新しくクランを立ち上げた冒険者もいるわよ」

「それは、『星天せいてんちかい』のことでしょうか?」

「うん」


 アイリが話したクラン『星天の誓』のことは、リゼも知っていた。

 オーリスの冒険者で、銀翼のリーダーであるアルベルトに実力を見出されて、先のゴブリン集落討伐で、別部隊として参加した冒険者たちだ。

 拳闘士のサルディに、剣士のバクーダ、魔術師のコファイの三人だ。

 ゴブリン討伐後も、アルベルトに認められた冒険者ということで、このギルドでも一目置かれていた。

 そんな彼らを、自分たちのクランに誘おうとしている所もあったらしい。

 しかし、アルベルトに認められたことで自信を付けたのか、三人で話し合った結果、自分たちのクランを立ち上げたのだ。

 サルディはゴブリン討伐後に、銀翼を間近で見たことでクランの重要性を感じる。

 声を掛けてくれたクランの一つに所属していた。

 しかし、すぐに脱退する形となってしまったが、所属していた元クランメンバーから不満を口にする者もいたが、多くの者はサルディの意思を理解したことで、概ね円満に抜けられた。

 クランによっては、脱退する者を許さないクランも存在する。

 それは借金や男女問題など、様々な理由はあるが、最終的にはギルマスの判断に委ねられる。

 もちろん、暴力での支配は論外となる。

 男女問題を嫌うクランは、同性同士だけのメンバー構成されたクランもあるくらいだ。


 星天の誓をクラン名にしたことは、星が輝く空を見た時に、ゴブリン集落討伐の時に勇気をくれたアルベルトの言葉を思い出すためにと名付けたそうだ。

 これは、酔っ払ったサルディが何度も酒場で話しているのを冒険者たちが聞いているので、リゼの耳にも噂として入ってきている。


「それと……私的には単独ソロ迷宮ダンジョンへのクエストは発注したくないな」

「……」


 リゼはアイリの言葉の意味を理解していた。

 クエスト内容によっては人数制限がない。

 これは、ランクB以上のクエストであれば、自己責任で人数を揃えた上で、クエストに挑むのが前提だからだ。

 少なければ危険が多くなるし、多ければ報酬が少なくなる。

 だからこそ、ギルドも人数まで記載しない。

 誓約書という制度が導入されたことで、冒険者の自己責任という立場がより鮮明になっていた。


 しかも、迷宮ダンジョンのクエストは人気のクエストだ。

 調査や探索だとしても、途中で討伐した魔物たちは迷宮ダンジョンの外の魔物よりも、高額で買い取ってもらえるし、出現率も高い。

 ようするに危険度は高いが、儲かるクエストと冒険者たちの間では認知されている。

 アイリの中では、ランクBになったばかりのリゼが迷宮ダンジョンのクエストを受注するのは、先のことだろうと思っていた。

 なにより、ランクBのクエストボード前で毎日、行われるクエストの争奪戦にリゼが勝てると思っていないので、残っている無難なクエストしか受注できないと、心の中で、どこか安心していた。


「帰るときにでも、ランクBのクエストボードでも見ていくと、明日からの参考になるわよ」

「はい、ありがとうございます」


 リゼは今迄も、ランクBのクエストボードを何回も見ている。

 人気のない残っているクエストも、ある程度は把握していた。

 ランクBに昇格しても、自分が受注出来るクエストは残っているクエストだけだと分かっていたからだ。


(ここからだ!)


 リゼはランクBの冒険者プレートを握りながら、決意を固めた。

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