第57話
リゼはケアリル草を採取していた。
十本単位で報酬が出るので、本来であれば数を数えて採取すべきだが、リゼにとっては今回の討伐クエストに参加出来ない自分に出来ることは、これくらいだからだ。
間違えないように慎重に確認しながら、ケアリル草を籠に入れていく。
採取中でも、魔物への警戒を怠ってはいけない。
周囲を警戒しながら、ケアリル草を採取するということは思っていた以上に神経を使った。
常に気を張った状態になるからだ。
最初の頃のクエストでケアリル草を採取する時も、それなりに警戒をしていた。
しかし、スライム討伐した後では、魔物への警戒度が違っていた。
魔物の恐ろしさを身をもって知ったからだ。
当然、採取する効率は落ちる。
だが、この行動は冒険者としては正しい行動だ。
リゼは黙々とケアリル草の採取を続けていた。
(これくらいかな?)
一息つくタイミングで、リゼは背籠を覗き込む。
籠はケアリル草で半分ほど埋まっていた。
(思ったより少ないな……)
体感的には、もっと多く採取出来ていたと思ったリゼは少しだけ落胆した。
もう少しだけ、ケアリル草の採取を続けることにしながら、アンチド草が生息する場所へと、少しずつ移動することにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(ここがアンチド草の生息場所?)
目の前の池を見ながら、リゼは思う。
想像していた池とは違い、かなり大きい。
対岸が辛うじて見えるほどだ。
確かに、これほどの大きさであればシトルの言う通り魔物が生息しているのも納得出来た。
リゼはシトルの忠告を守るように、池に近付かないようにアンチド草の採取を始める。
一見、アンチド草と似たような草が生息している。
葉の形などを確認しながら、ケアリル草以上に気を使い採取する。
そして、周囲への警戒。
池もある為、リゼの神経が休まることは無かった。
アンチド草の採取を初めて数十分経過した頃、池から大きな水音がした。
とっさに、リゼは池の方に視線を向ける。
先程まで池で羽を休めていた水鳥が一斉に飛び立っていた。
そして、水面からは尾のようなものが一瞬だけ見えた。
池の魔物が水鳥を捕食したのか、しようとしていたのだろう。
リゼは一瞬だけ見えた尾の大きさから、魔物の大きさを推測する。
シトルの言う通り、池に引きずり込まれれば、間違いなく死が待っているだろう。
リゼはシトルに感謝するとともに、池から少しだけ遠ざかって、アンチド草を採取する。
その後も、池から水音がするたびに、リゼは反射的に視線を向けてしまう。
知らず知らずのうちに、池に生息する魔物に対して恐怖心が芽生えてしまったようだ。
リゼ自身も気付いていなかったが、池からかなり遠い場所でアンチド草を採取していた。
アンチド草を採取する際に、周りの土を掘っていたので、手は土で汚れていた。
池で手を洗いたい気分だったが、魔物の存在がその考えが躊躇させていた。
リゼは持って来た飲み水で、手を洗うことも考えていた。
(もう少しだけ、採ってから戻ろうかな)
リゼは、アンチド草が多く生息している池の方へと、進みながら採取を再開させた。
池への警戒を怠らず、アンチド草を採取していたが、どうしても池に視線がいってしまう。
小さな水音でも反応しているからだ。
しかし、リゼのその反応は間違いで無かった。
水音がしたので、池の方を見ると、池に張り出した木の上に居たリスに水面から出された水の弾が襲っていた。
水の弾が命中したリスは、そのまま池へと落下する。
その瞬間に、池から大きな口を開けた魔物が姿を現した。
(あれは、バレットアリゲーター!)
舌を起用に使い、水の弾を発射することが出来る中型の魔物だ。
よく見ると、水面に光っているのがバレットアリゲーターの目だった‼
リゼは、直感的に危険だと判断をして、これ以上のアンチド草採取は諦める。
池からの移動中に、リゼは思う。
バレットアリゲーターに狙われなかったのは運が良かっただけだろうか?
バレットアリゲーターは水中で生息しているが、地上に上がって来ることもある。
移動速度は遅いが、それを補うように口に含んだ水を弾のように発射して、獲物を狩る。
魔物図鑑に書かれていたことを思い出したリゼは、恐怖で少しだけ震えた。
自分がバレットアリゲーターに襲われたことを想像してしまったからだ。
簡単に魔物討伐がしたいと思っていた――。
リゼは考えが甘かったこと。そして、冒険者としての覚悟が無かったことを自覚した。
安全だと感じたところで、背籠を下して中身を確認する。
ケアリル草とアンチド草が混ざらないように、ケアリル草の上に大きな葉を敷き、その上からアンチド草を入れていた。
(もう少しだけ、採取してから戻ろう)
籠に余裕があった為、ケアリル草をもう一度、採取することにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……リゼちゃん」
ギルド会館に戻り、背籠をアイリに渡したリゼだったが、中身を確認したアイリに睨まれていた。
「これって、アンチド草よね」
「はい……毒消し薬も不足するかと思いまして、ケアリル草の生息地域の近くだったので、ついでに採取しました」
「……そう」
アイリは、大きくため息をつく。
「アンチド草の採取はクエストでもあるのよ」
「……そうなんですか」
「ケアリル草よりも危険度が高いので、ランクBのクエストなのよ」
「……そうなんですね」
「そもそも、アンチド草の生息地域はランクCのリゼちゃんは知らない筈よね?」
「他の冒険者の方に聞きました……」
「その冒険者は誰?」
「……」
「リゼちゃん!」
「……シトルさんです」
「シトルさんね‼」
「その、シトルさんは悪くないんです。私が勝手に聞いただけです。それに、シトルさんは、池に近付かないようにと忠告もして貰えました」
リゼは自分のせいでシトルが怒られると思い、必死で説明をする。
「そんなに慌てなくて、大丈夫よ。シトルさんには、少しだけ注意するだけだから」
「そうなんですか?」
「えぇ、そうよ」
アイリはリゼに説明を始まる。
ランクが達成していないクエストに対して、詳しい情報を漏らすことは危険なので、極力しないようにしている。
ランクAに上がれないランクBの冒険者が、自分の強さを証明する為にクエストを受注せずにランクAのクエストに挑んだとして、そのランクB冒険者が死亡した場合、ギルドに責任は無いが、冒険者を失ったことには変わらない。
ギルドは、冒険者を出来るだけ無事にクエストを達成させて戻って来ることを、信条としている。
冒険者を危険に晒す行為については、ギルドとしては黙認することが出来ないのだ。
仮に、どこかで情報を得たり、クエスト先で遭遇した場合はギルドでも管理することが出来ない。
無謀な冒険者に対して、抑止力が無いのも又、事実なのだ。
だからこそ、常日頃からクエストの発注には気を使っている。
しかし、ランクC以下のクエストを受注する冒険者は少ない為、クエストが多いランクBの近くにクエストボードが設置されている。
ランクCの冒険者はすぐに、ランクBに昇格出来る。
危険を冒してまで、無報酬のランクBクエストをするメリットが無いのだ。
しかし、ランクAの場合は異なる為、ランクAのクエストボードは存在しない。
危険度が高い為、受付でクエストを確認して受注することになる。
「その、シトルさんは悪くないので、あまり怒らないで下さい。御願いします」
「分かったわ。優しく注意しておくから安心して」
「ありがとうございます」
リゼは、シトルに対する罪悪感が少しだけ消えた。
「おぉ、リゼ。戻って来たのか!」
背後からシトルの声が聞こえた。
「シトルさん」
にこやかに笑いながら、シトルの名を呼び手招きをするアイリ。
「んっ? どうしたの、アイリちゃん」
「ちょっと、いいですか?」
「なになに、アイリちゃんが俺に用事とは珍しいね」
優しく声を掛けられたシトルは、嬉しそうに近付いてきた。
「シトルさん……すいません」
「ん? なんのことだ――」
謝罪の言葉を口にするリゼと、笑顔のアイリ。
シトルが何かに気付く。
「ア、アイリちゃん、これは、その――」
「あまり、ランク下の冒険者に情報を与えないで下さいね」
「はい……」
平謝りするシトルを、リゼは申し訳なさそうに見つめる。
「リゼ、気にするな。安易に教えた俺が悪かっただけだ」
「でも……」
「俺も気が回らなかったので、リゼにも迷惑を掛けたな」
「そんなことありません! シトルさんの助言のおかげで池の魔物……バレットアリゲーターに襲われずにすみました‼」
「バレットアリゲーター?」
シトルとアイリは顔を見合わせる。
「あの池にバレットアリゲーターがいたのか?」
「はい」
シトルとアイリの顔が変わる。
「あの池で、バレットアリゲーターの目撃情報は無かったよな?」
「はい。私もそう記憶しています」
「リゼ。そのバレットアリゲーターは一匹だけだったか?」
「姿を見たのは一匹だけですが、水面から何匹かの目が見えてました」
「そうか……アイリちゃん」
「はい。分かっています」
シトルとアイリは、詳しい事を話さずとも、お互いに言いたいことが分かっているようだった。
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