第28話

 アイリはリゼの為に本を探していた。

 探し物はアイリにとって簡単な作業だ。

 何故ならアイリのスキルは【探索(中域)】だからだ。

 条件さえ分れば、何処に探し物があるかが分かる。

 非常に便利なスキルだが、アイリは人前で【探索(中域)】のスキルを使う事は無い。

 学習院時代、冒険者でも生産職のどちらにも重宝されるスキルだが、特化したスキルでは無い。

 成績も中の上といった感じだった。

 仮に冒険者であれば、ダンジョン等で宝等を見つけるのに便利なスキルだ。

 生産職でも、在庫確認や整理等に役立つ。

 本当であれば、沢山の書物がある図書館での仕事を希望していたが、学習院卒業前に受けた採用試験は『不合格』だった。

 本の配置を覚えたり、書物に関する知識が必要だったが、アイリはその基準に満たさなかった。

 本をすぐに見つけ出せる能力だけでは、図書館に勤める事は出来ない事を知り、挫折する。

 特に目的も無かったが、とりあえず上級学習院へ進学するつもりでいた。

 そんな時、親友のレベッカがギルドの受付嬢を希望している事を知る。

 アイリから見てもレベッカは優秀だったので、上級学習院へ進むと思っていた。

 周りの同級生も同じ考えだった。


「だって行く目的がないし、行ったとしても無駄な時間を過ごすだけでしょう」


 レベッカの言葉に、現実から逃げる為に上級学習院へ進もうとした自分を、アイリは恥じる。


「レベッカは、どうしてギルドの受付嬢になろうと思ったの?」

「簡単よ。私のお母さんも受付嬢だったし、尊敬出来る仕事だと小さい頃から決めていたの」


 嬉しそうにレベッカは話す。

 レベッカの母親は、王都にあるギルドの受付嬢をしていた。

 その時、担当していた冒険者。つまり、レベッカの父親と恋に落ちた。

 危険なクエストが多い王都よりも、比較的安全なクエストが多い地方へと住まいを移した。

 母親はレベッカを授かると、受付嬢を引退をした。

 その後、弟と妹が出来て、受付嬢に復帰する事は無かった。

 父親は今も現役の冒険者で、クエストに明け暮れているそうだ。

 危険なクエストでなく、安全度を優先してクエストを受注していた。


「いつか、お父さんにクエストを発注する事が夢なのよね」


 自分の夢を語るレベッカが、アイリには眩しく見える。

 将来の事を考えて行動していた事には自分も変わりはない。

 しかし、本当に自分がやりたい仕事だったのかとアイリは考えた。

 自分のスキル【探索(中域)】に合う仕事を見つけようとしただけでは無いだろうか?

 危険がある冒険者よりも、安全な生産職を選んだのは仕方がないとしても、もっと真剣に自分の事について考える必要があったのではないか。


 アイリは自分の可能性について、他の職業についても調べる日々を送る。

 特に商人に適しているようだったが、毎日通貨の事を考え続ける事は自分に向いていないと感じる。

 そんな時、レベッカが職場見学という事で、ギルド会館に行くと聞き、アイリも同行する事にした。

 学習院からの見学者はアイリとレベッカを含めて五人だった。

 初めて入るギルド会館。

 冒険者と言われる人達が楽しそうに話していた。


 アイリ達は受付に入り、邪魔にならないように場所を移動しながら、受付の仕事を見ていた。

 冒険者との会話や、書類の整理と思っていた以上に忙しそうだった。

 特に「あの書類はどこ?」「このクエストに関する資料、誰か使っている?」等、受付嬢同士で話していた。

 その会話を聞きながら、「私なら、すぐに見つける事が出来るのかな?」とアイリは思っていた。

 それにアイリは受付嬢にクエストの報告をする冒険者の嬉しそうな顔が印象的だった。

 又、受付嬢も笑顔で冒険者を迎えて、他愛もない会話をしながらとても楽しそうに思えた。


 レベッカを見ると、受付嬢達を真剣な眼差しで見ている。

 アイリにはレベッカの姿が眩しかった。

 これから、自分が就こうとする仕事だと決めているからこそ、迷いが無い。


 休み時間に受付長が、受付嬢達と話す場を設けてくれた。

 談笑や、受付嬢達の学習院時代の話や、受付嬢を仕事に選んだ経緯等を談笑しながら教えてくれた。

 質問の時間になると、レベッカが積極的に質問をする。

 受付嬢になって困った事や嬉しかった事。

 考えながら受付嬢達は答えてくれた。

 嬉しかった事として、担当の冒険者が元気で戻って来てくれる事や、ランクが上がった際の嬉しそうな顔だと答える。

 困った事は、無謀なクエストに挑もうとする冒険者だと話す。

 そして、戻って来なかった冒険者は、なかなか忘れる事が出来ないと悲しそうに話していた。

 受付嬢の一人が、受付嬢と冒険者でなく、ひとりの人間として接する事を大事にしていると言う。

 だからこそ、親身に対応出来る。


「出来れば、有名な冒険者と恋に落ちてみたいわよね」

「そうね」


 最後は、恋話をしていると、見ていた受付長が咳払いをする。

 それが合図かのように話が終わる。

 結局、質問をしたのはレベッカだけだった。

 アイリも含めた他の四人の学生は、黙って話を聞くだけだった。


 しかし、アイリは受付嬢が話した「ひとりの人間として接する」と言う言葉が、心に残っていた。

 スキルに頼る訳でなく、人と人との繋がりが大事だといく事に、魅力を感じた。

 他にも同じような仕事はあっただろうが、アイリには受付嬢達が嬉しそう話をしていた笑顔が、脳裏に焼き付いていた。

 その後、アイリは受付嬢という仕事を真剣に調べる。

 分からない事はレベッカに聞いたりしていた。

 只、レベッカには受付嬢になると決めた日に、自分の意思で受付嬢になると伝える。

 レベッカにも、アイリの真剣な思いは伝わり「一緒に頑張ろう」と、お互いを鼓舞する。


 数ヶ月後、レベッカとアイリは無事に受付嬢に採用される。

 幸いにも、オーリスの冒険者ギルドで欠員が出ていたので、アイリとレベッカの二人はオーリスの冒険者ギルドに勤める事になる。

 実際には三人だったが、その一人は担当している冒険者が亡くなった事に心を痛めて、一年経たずに受付から去って行った。


 アイリもレベッカも、同じように担当していた冒険者を亡くした事がある。

 なかには生死さえも不明な冒険者も居る。

 引退すると宣言する冒険者との別れは寂しいが、生きて見送れる事が普通では無いと、受付長から教えて貰った。

 だからこそ、引退する冒険者達には笑顔で送り出すようにしている。

 アイリとレベッカの発案で、引退する冒険者の最後のクエスト報酬を渡す際に花束を渡す。

 労いと受付嬢達からの感謝だ。

 しかし、最後のクエストだからと言って、必ず戻って来る確証は無い。

 最後の最後で、戻って来なかった冒険者も居た。

 その時は、受付に花束を飾っておくが、花を見る度に悲しい気持ちになった。


 見知らぬ新しい冒険者を見かけると、受付に緊張が走る。

 他の地域から来た冒険者であれば、雰囲気で分かる。

 しかし若い初心者だと、実力が不明だが学習院卒業していれば、ランクBになるからだ。

 学習院を卒業たばかりの冒険者が死亡する確率は、かなり高い。

 学習院で変な自信を持ってしまっている生徒が、そのまま冒険者になる事が多い為、受付としても細心の注意を払う必要がある。

 最初は、初心者同士でパーティーを組んだりする事が多いのだが、クエストの失敗を他人のせいにしたりして、自然消滅する事が多い。

 報酬を受け取ると、分け方等で揉めて、ギルド会館内にも関わらず、仲間同士で罵り合う事もある。

 ベテランの冒険者達は、クエスト内容や、防具の傷み具合に、怪我の状況等で戦闘状況が大体分かる。

 だからこそ、仲間を罵る冒険者を見ると、どちらが無理な事を仲間に要求しているのかが分かる。

 今後、パーティーを組む時の参考にしているので、口を挟む冒険者は居ない。

 お互いを攻撃する前に受付嬢が、仲裁に入るからだ。

 それでも引かなかった場合に、冒険者達が出て行くという暗黙のルールが出来上がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る