第17話

 翌朝、銀翼が街を去るので、街の人達の多くは沿道に出て、見送りをする為に待っている。

 宿屋からギルド会館に来て、街を去って行く。

 この道順は決まっているので、ギルド会館前でも人だかりが出来ている為、リゼは外出するのを躊躇っていた。


 仕方が無いのでリゼは、クエストボードから『ギルド会館の清掃(二階)』を剥がして、受付に持って行く。


「もう少ししたら、銀翼の人達が来るわよ」


 アイリはリゼが、クウガやアリスに会いたいと思っていたので親切に教える。


「そうなんですね。昨日のお礼を言いたいので来られたら、挨拶をしてもいいですか?」

「えぇ」


 アイリは笑顔で答える。

 クエストを受注したリゼは二階に上がる。

 当然、ノーマルクエストが発生している。『達成条件:階段五十段往復』『期限:二時間』

 リゼは思う。

 ノーマルクエストの内容は、ギルドで受注したクエスト内容と関係している場合もあるが、全く関係無い内容の場合もある。

 これにも法則があるのかと考える。

 ギルド会館の階段は二十段から三十段なので、三往復すれば間違いなくノーマルクエストは達成出来る。

 リゼは急いで階段を上り下りする。


 リゼの異常な行動に、アイリやレベッカ達が驚く。


「リゼちゃん、どうしたの!」


 三往復終わり『ノーマルクエスト達成』が表示されるのと同時に、アイリが声を掛けて来た。

 リゼは階段を上り下りしている最中に、視線を感じていたので答えを用意していた。


「あそこの階段の板が少し沈んだので、他の箇所も無いか確認してました。お騒がせして、すいません」


 リゼは実際に床板が腐っている階段の端を指差した後に、頭を下げて謝罪をした。


「えっ、そうなの?」


 リゼの言葉に驚くアイリは、リゼに言われた所を調べる。


「確かに、床板が少し腐っているわね。壁際だから、あまり歩かない箇所なので気付かなかったのね。ありがとう、リゼちゃん」


 アイリから礼を言われる。

 リゼは偶然発見したのだが、リゼはこれを運の能力値のせいでは無いかと思っていた。


 アイリは「報告してくる」と言って、受付に戻って行った。

 リゼはギルドのクエストを達成する為に、二階に上がり掃除を始める。



 壁を拭きながらリゼは、デイリークエストをどうやって達成するかを悩んでいた。

 デイリークエストは『満腹になるまで食事』だった。

 節約しているリゼにとっては、非情な内容になる。

 水を飲んで満腹になっても良いのか、そもそも水は食事に入るのか。

 格安で量の多い食べ物は何か? 等と考えるが分からない。

 しかし、クエスト失敗による罰則の事を考えれば、通貨など気にしていられない。

 満腹になるまで何かを食べなければならないと、覚悟を決める。


「はぁ」


 リゼは大きく溜息をつきながら、ひたすら掃除を続ける。

 二階には、孤児部屋と小さな部屋が三つある。

 一部屋は鍵が掛けられているので掃除はしなく良い。

 もう一部屋は、ギルマスの部屋になっており、ここも関係者以外は入室出来ないので掃除をしなくても良い。

 しかし、リゼは孤児部屋で生活をしているが一度もギルマスや受付長に会った事が無い。

 二人共、リゼが孤児部屋に預けられた日に、別件でオーリスを数日離れたと孤児部屋に入る時に、アイリから教えて貰っていた。


 廊下と孤児部屋の掃除が終わった。

 孤児部屋は、リゼが毎日いるので、最後の一部屋を掃除する事にする。

 誰も居ないと分かって入るが、リゼは扉を叩いてから部屋に入った。

 部屋の中には無造作に置かれた木箱に武器や防具、何に使うか分からない物が仕舞ってある。

 一般的に物置と呼ばれている部屋になる。


「困ったな……」


 重要な物がなのか、勝手に触って良いのかさえも分らない。

 とりあえず、少し窓を開けて部屋に風を通して、蜘蛛の巣を取り払う。

 物に触るのは気が引けるので、窓や壁を拭いた後に床を拭く。

 他に掃除の出来る場所が無いか確認する為、階段を下りると、見知らぬ男女がレベッカの前に立っていた。

 頭を下げて挨拶をして、通り過ぎようとすると男性から呼び止められる。


「貴女がリゼさんですか?」

「はい」


 男性の名は『ニコラス』と言い、オーリスのギルマスだとレベッカが教えてくれた。


(……こんなに細いのに、ギルマスなんだ!)


 レベッカに、ニコラスを紹介して貰ったリゼは驚いていた。

 ギルマスと言えば、屈強な肉体の男性をイメージしていたからだ。

 続けて、レベッカは隣の女性が受付長の『クリスティーナ』を紹介される。


「リゼです。御挨拶が遅れて申し訳御座いません」


 リゼは二人に頭を下げて挨拶が遅れた事を謝罪する。


「いえいえ、こちらこそ挨拶出来ずに申し訳ありませんでした」


 リゼの謝罪に対して、ニコラスも謝罪で返す。

 リゼが訪れた日は、他の領地へ向かう準備と来客等で手一杯だった。

 受付長であるクリスティーナも同様だった。

 その為、リゼを連れて来た教会関係者の対応や領主の依頼等も、受付嬢に任せていた。


「置かれた状況に悲観せずに、これからの人生を楽しんで下さい」


 クリスティーナは表情を変えずに、リゼに優しい言葉を掛ける。


「ありがとうございます」


 リゼはニコラスとクリスティーナに頭を下げて礼を言う。


「あの、二階の清掃をしていたのですが、孤児部屋の隣は何処まで清掃すれば良いでしょうか?」


 リゼは二人にクエストの清掃範囲を尋ねる。


「あぁ、それでしたら二階で説明します」


 クリスティーナ自ら、リゼに教えると言う。


「受付長。例の件も頼むよ」

「はい、分かってます」

「それよりも、リゼさん。腰の小太刀はどうしたのですか?」


 ニコラスの「どうした」というのは、購入したのかどうかを言っている事は分かった。

 無一文で孤児部屋にやって来た上、ランクDのリゼでは小太刀を購入出来る程、通貨を持っていないからだ。


「……ある人から譲って頂きました」

「ある人とは?」


 ニコラスはギルマスとして、冒険者であるリゼが盗み等をしていないか確認をする。

 偏見かもしれないが、孤児等が窃盗事件等を起こす事は珍しい事でもない。


 リゼはクウガの事を話すか悩んだ。

 アリスが「ランクAの冒険者が使っていた武器は、それだけで価値がある」と言う言葉を思い出したからだ。

 ランクAの冒険者であるクウガが、冒険者になったばかりのリゼに自分の武器を譲ったと説明しても信じては貰えないだろう。

 黙っているリゼは、誰が見ても怪しい者だった。


「待って下さい」


 離れて話を聞いていたレベッカが、駆け寄って来た。


「ギルマス。大きな声で話せませんので……」


 レベッカはニコラスに耳打ちする。

 昨日、クウガはリゼに窃盗の容疑が掛かる可能性があると思い、自分の小太刀をリゼに売った事をレベッカに伝えていた。

 レベッカもニコラスとリゼが話している姿を見て、ニコラスがその事でリゼに質問する事が分かっていたので、聞き耳を立てていた。


「そういう事でしたか。確かに、リゼさんが話しにくいのも仕方ありませんね。疑って申し訳ありませんでした」

「いえ、私の方こそ申し訳ありませんでした」


 リゼは上手く説明出来なかった事を後悔する。

 昨日、クウガが受付で話をしていたのも、クウガが自分を守る為の行動だという事も分かり、クウガに感謝をした。


「では、行きましょうか」


 話が終わったと判断したクリスティーナは、リゼと二階へと上がる。

 階段を上がる途中、リゼの掃除ぶりを確認するかのように、目線をを左右に動かしながら歩いていた。


(隅々まで、綺麗に拭かれているわね)


 クリスティーナは感心していた。

 孤児部屋で生活していた者の殆どが、自暴自棄になりクエストも受注しなかったり、清掃等のクエストを受注しても手を抜いたりして、報酬分の働きをしない。

 そのような者を見てきたクリスティーナにとって、リゼは出来過ぎる孤児だった。

 それは、生活している孤児部屋を見れば分かる。

 清掃をした物置部屋を見ても、クリスティーナの想像以上に綺麗に掃除されていた。


「部屋の物は勝手に触れてはいません。蜘蛛の巣を取ったり、拭き掃除しかしていません」


 物置部屋でリゼは何をしたかの報告をする。


「これで十分です。有難う御座いました」


 クリスティーナは礼を言う。


「それとランクCに昇格した際は、この中から好きな物を持って行って結構です」


 この物置部屋にある武器や防具は、ニコラスの提案で売っても二束三文にしかならない武器や防具を、冒険者達から寄付して貰っている。

 中には、死体から剥ぎ取った物等もあるらしい。


「いいんですか?」

「はい。気に入った物等があれば、ランクCの昇格前に選んでも結構です」

「ありがとうございます」


 リゼは深々と頭を下げた。

 このように孤児を救済するギルドは少ない。

 ギルドとして孤児を救済するメリットが少ない為だ。

 多くのギルドは孤児部屋に居るだけでも邪険に扱われる。

 オーリスで『外れスキル』にされ孤児になったリゼは、孤児としては恵まれた環境にあった。


「鍵は孤児部屋と同じ時間に施錠致しますので、閉じ込められないように注意だけはして下さい」

「はい、分かりました」


 クリスティーナの話しぶりでは、以前に閉じ込められた孤児が居るのだと理解した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る