ボンガスの新商売

 輸送業者ボンガス・リオテルカは、船のいない波止場で客が来るのを待っていた。


 背後には、二台の馬車。二人乗りの幌馬車に、四輪の荷馬車が連結してある。荷馬車には巨大な水槽が載せられていて、蓋のないガラスの箱を透明な水が満たしている。水中生物を陸上輸送するために作らせた特注品だ。


 今日の客は、五人のマーメイド。行き先は、大森林の奥深くにひっそりと佇む内陸湖である。今、若いマーメイドたちの間では湖巡りがブームらしく、ボンガスは来る日も来る日もマーメイドを運んでいる。水中で暮らす生き物にとって、河川から切り離された内陸湖は陸の孤島なのだ。自力でたどり着くことはできない。そこで水槽付き馬車の出番となる。


 ボンガスは眼前に広がる海を眺めた。マーメイドたちが来る気配はない。暇を持て余したボンガスは、荷馬車の外枠になんとなく目を向けた。車台の周りを木製の柵が取り囲み、水槽をしっかりと固定している。四方を囲む柵の上部には、簡単な手すりが取りつけてある。荷台に人が乗った時、落ちないようにするためだ。とはいえ、水槽が車台を占拠している現状では、何の役にも立たないのが。


 退屈そうにあくびをするボンガス。その時、不意に名前を呼ばれた。


「ボンガスさん、おっはよ~」


 振り返ると、海上に横一列に並ぶ五人のマーメイドが。本日のお客さんだ。


「待ちくたびれたよ、ニーファ。みんな元気か?」


「「「「絶好調で~す」」」」


 明るい声で、四人のマーメイドが唱和する。ニーファ、ワミュール、マムー、カサンドラ。全員、ボンガスとは顔なじみだ。水槽付き馬車を使うのも、これが七度目となる。


「ほら! リリアもボンガスさんに挨拶しなよ」


 ニーファが残りの一人に声をかけた。初めて会うマーメイドだ。顔の上半分だけを水面から出し、恥ずかしそうにボンガスを見上げている。


「リ……リリアです。はじめまして……」


 内気な性格なのだろう。相手の反応を伺うように、ぼそりぼそりと声を出す。


「おう、よろしく。水槽馬車は初めてかな?」


 うつむき顔のまま、リリアは言った。


「は、はい。初めて……乗ります」


 ありふれた受け答えであるのに、神経質なほど、言葉を選んでいる――ボンガスはそんな印象を受けた。


「ごめんねー、ボンガスさん。この子、ほんとに人見知りでさー」


 ニーファがリリアの頭をぽんぽんと軽く触った。他のマーメイドから、笑い声があがる。


「ほんとは前からシエマ湖に行きたかったんだって。でも、馬車を借りる勇気がどうしても出なかったらしくてさ。だから、私達が誘ってあげたの。だよね、リリア?」


「うん…………みんな、ありがとう」


「どういたしまして、っと。それじゃあ、馬車に乗りましょー!」


 助走をつけるため、ニーファは水中に潜った。水しぶきがかからないよう、ボンガスが馬車から離れる。直後、ニーファは水面から勢いよく跳びあがり、ガラスの箱に着水した。ワミュール・マムー・カサンドラも後に続く。


「ほら! リリアも頑張って!」


 四人のマーメイドとボンガスが見守るなか、リリアは潜水し、すぐに浮上した。見事な跳躍だった。空にかかる虹のような美しい軌道を描き、彼女は水槽に飛びこんだ。


「きゃー! リリアもやればできるじゃん!」


 中央に着水したリリアを、ニーファ達が取り囲む。水槽に五人のマーメイド。彼女たちは各々、防水性のオシャレなバッグを持っている。これも最近の流行りらしい。


「よし、全員乗ったな」


 乗車確認完了。ボンガスは幌馬車に乗りこみ、手綱を持った。目指すはガザの樹海の深奥部、シエマ湖。明媚な湖なのだが、海からの距離が遠いため、マーメイドはほとんど寄りつかない。湖に生息している魔物もいない。それはつまり、他の生き物に邪魔されず、自由に遊べるということだ。いかにもニーファ達が好みそうな場所である。


 ボンガスは手綱を引いた。馬車が動き始める。後部の荷馬車から、マーメイドたちの歓声が聞こえた。


「「「「しゅっぱつしんこー!」」」」

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