殺人者はうぬぼれる

 ――ある日、ブノワが墓地を歩いていると、墓石の陰に潜んでいた元騎士に右足を斬られた。


 この一文だけでは何のことやらさっぱりなので、注釈が必要だろう。ブノワって誰? どうして足を斬られたの? そんな疑問にお答えさせて頂く。


 まず、ブノワ。彼は陰湿で、傲慢で、プライドが高く、自分のことを正真正銘の天才だと勘違いしている人間、要はクズである。定まった仕事を持たず、偽乞食と墓荒らしで生計を立てている無法者だ。

 右足を失った日も、彼はシャベルを持って、二日前に死んだ貴族の副葬品を掘り返すつもりでいた。


 次に、墓石の陰に潜んでいた元騎士。名をバロムといい、趣味は加虐行為全般。戦後落ちぶれた騎士は大勢いたが、彼もそのうちの一人だった。日常の憂さを晴らすため、彼は時おり闇夜に紛れて、人や魔物を斬っていた。つまり、こいつもクズである。


 要約すると、獲物を探していたクズが墓荒らしのクズを偶然見かけ、クズの剣がクズの右足を切断した。そういうことだ。


 バロムは逃げた。一人残されたブノワは墓石の側で叫び続け、寝ていた墓守が大慌てで駆けつけた。ブノワは病院に搬送され、ヒーラーの治療を受けることになったが、斬られた足を元通りに復元する技術は存在しない。


 治療を担当したのはタムタムという男だった。ちなみに、こいつもクズである。彼は諦めたように言った。


「膝から下が完全に切り落とされてるね。通常のやり方では治せないかな」


 思わせぶりな言葉を、ブノワは聞き逃さなかった。


「何か方法があるんだな! 教えろ!」


 乱暴な口調で問いただすブノワの耳元に、タムタムはそっと囁く。


「ここだけの秘密だよ。実はね、死体をたくさん食べると、人間の四肢は元通りになるんだ」


 その日から、ブノワは死体を食べ始めた。墓荒らしの技術を駆使し、副葬品の代わりに死体を盗み続けた。持ち帰った死体を解体し、腐りかけの肉を朝・昼・夜の三度に分けて食べる地獄の日々。足を取り戻したい一心で、おぞましい食人行為に励み続けた。


 ブノワの努力は報われ、百日を過ぎた頃、彼の右足は蘇った。だが一方で、皮膚は灰色に変色し、全身から耐えがたい腐臭が漂っている。ブノワはグールになってしまったのだ。


 人間改めグールのブノワは、タムタムの病院に怒鳴りこんだ。第一声は「グールになるなんて聞いてねえぞ!」だったという。


 それに対しタムタムは、


「もしかして、ホントに死体食べたの? やだなあ、軽い冗談だったのに。君、すごく匂うよ」


 タムタムは笑った。ぶくぶくと太った顔に、恍惚とした表情を浮かべて。下劣な本性を隠そうともせずに。


 不幸に陥った人間をさらに不幸な境遇に追いやって、その様子を観察する――タムタムの密かな楽しみである。


「そうそう、一つ忠告してあげるよ。五体満足の時は死体を食べない方がいい。体の変なところから手足がニョキニョキって生えてくるらしいから。ほら、僕って親切でしょ?」


 最後に恩を着せることで、偽善的な満足感を得る。これがタムタムのやり口だった。


 ブノワは二人の男に復讐を誓った。彼は毎晩街を徘徊し、自分の右足を斬った男の正体を掴んだ。元騎士バロムはその後も人・魔物斬りを続けていて、その現場をブノワが目撃したのである。


 狙うべき対象は明らかになった。そして、復讐の方針も決まった。『目には目を、歯には歯を』の精神に従い、バロムから右足を、タムタムから人間としての生活を奪う。こうして、クズによるクズを狙ったクズみたいな事件の幕が開いた。


 自称「策士」のブノワは、彼に言わせれば「完璧」な計画を立てた。その概要を、彼の手記から抜粋する。




①バロム

奴は獲物を求めて、深夜の街を徘徊している。それを利用しない手はない。ヤツは俺の姿を見かけたら、物陰に潜んで襲撃のチャンスを伺うだろう。そして、俺が通り過ぎようとした瞬間を狙って、斬りかかってくるはず。そこを返り討ちにすればいい。なんて隙のない計画なんだ。


②タムタム

やはり俺は天才だ。これなら完全無欠のアリバイが手に入る。グールの特性を生かした最強のトリックをここに記そう。


バロムを返り討ちにし、奴の右足を手に入れる。翌朝、その右足と二本の短剣を革袋に詰めて、街に出かける。人目のつかない路地裏で、自分の右足を短剣で切断。短剣を革袋に戻してから、悲鳴をあげる。


駆けつけた一般人に、タムタムの病院に運んでくれと頼む。もちろん革袋も一緒にだ。病院の衛生上、俺のような臭くて汚らしい魔物は、別室に隔離される。裏庭につながる扉の側に、物置みたいな小部屋があって、そこに放り込まれるんだ。


タムタムの病院は、魔物達の間で評判が悪い。俺は病室を独占できる。俺の犯行を邪魔する奴は誰もいない。


タムタムは昼食を終えた後、裏庭でこっそりワインを嗜む習慣がある。その時こそ殺人のチャンス。革袋に入れたバロムの右足を食べることで、俺の右足は再生する。裏庭に行き、短剣でタムタムを殺害。病室に引き返し、もう一本の短剣で右足を再度切断。切った右足と短剣を革袋に隠せば、完全犯罪だ! 怪我人の俺がタムタムを殺せるわけないからな。




 というわけで、彼は計画を実行に移した。どう考えてもガバガバな計画であるが、神が味方したのだろう、ブノワの犯罪は首尾よく進んだ。元騎士に反撃するという無謀な試みもうまくいったし、活きのいい右足も手に入った。


 翌朝、裏通りで自作自演を成功させ、タムタムの病院に搬送。治療を担当したヒーラー見習いは、鼻をつまみながらブノワの右足に包帯を巻いた。それから、物置みたいな薄汚れた病室にブノワは運ばれた。


 まさに順調。部屋にはブノワ一人しかおらず、短剣と右足が入った革袋もある。そして、昼食の時間が訪れる。


 コツコツコツ。扉の外から足音が聞こえる。ほどなくして裏庭の扉を開ける音。間違いない、タムタムだ。


 包帯を外してから、ブノワはバロムの右足を食べた。自分の右足が復活する。まだ少し違和感はあるが、歩行には問題ない。ブノワは裏庭に直行し、黒檀色の柄を持つ鋭利な短剣でタムタムを殺害した。


 まあ、ここまでは確かに完璧だったのかもしれない。ブノワの計画通りに、全て事が進んだのだから。しかし、ブノワは病室に戻ってから、致命的なミスに気づくことになる。


 それは、革袋から短剣を取り出して、自身の右足を切ろうとした時のことだった。


(あれ? 右足を切ったら血が流れるよな? どうやって隠せばいいんだ?)


 ――右足を切ったら血が流れる――


 当然の事実を忘れていたブノワ。ただの馬鹿である。しかし、彼はめげなかった。


(ベッドの敷き布に血を染み込ませ、掛け布で覆えば隠すことができる!)


 ――掛け布で覆えば隠すことができる――


 世紀の大発見でもしたような気分で、彼は右足を切断した。グールにも痛覚はある。痛みに耐えながら、包帯を巻きなおし、切った右足と短剣を革袋につめこんだ。そして、自分の体を掛け布で覆った。


(あとは何食わぬ顔で、病室にいればいい)


 部屋の外で、騒がしい声がする。誰かがタムタムの死体を発見したのだろう。


(まっ、俺にはもう関係のない話さ)


 計画を遂行し、のんびりした気分でベッドに寝そべるブノワ。しばらく経つと、扉の向こうから誰かの声が聞こえてきた。


「ここから裏庭に行けるようだ。調査を始めるぞ、ニック」


「はい! ゲイルさん!」


(おや、警察騎士の奴らかな? ずいぶん早い到着だな)


 扉が薄いおかげで、外の会話がよく聞こえる。ブノワは耳をそばだてた。


「足跡が残っているな。裏庭に通じる扉と死体の間を往復した跡だ。犯人はこの扉から裏庭に出た。それは間違いない」


「足跡から靴を特定できませんかね? その靴の持ち主が犯人です!」


「無理だな。足跡が不明瞭すぎる。ただ、右足を引きずったような痕跡は見て取れる」


「犯人は右足に怪我をしてたんですかね」


「そうかもしれない。あるいは……」


(あるいは……なんだよ。まさか疑われてないよな?)


 裏庭の扉が閉まる音。どうやら病院の中に戻ってきたらしい。


「あなたが死体を発見したんですね」


「はい。そうです」


 女性の声が質問に答える。この病院の関係者だろう。


「昼食時、タムタムさんは生きていた。間違いありませんね?」


「はい。その後、こちらの廊下に向かわれたのを見たのが最後です。昼休みが終わったのに戻って来られないので、私が呼びに行きました。そして、死体を見つけたという流れです」


「なるほど、よく分かりました。最後に一つだけよろしいですか。病院の患者に関することですが」


「お答えできる範囲であれば」


「では、お尋ねします。右足を切断されて入院中のグールの病室はどこですか?」


(えっ……部屋に来る気?)


 ブノワは焦った。部屋に入られるのはマズい。革袋を探られたら、短剣と自分の右足が見つかってしまう。ブノワは革袋を引っ掴み、絶対に気づかれない場所に短剣を隠し、××××××××た。


 直後、コンコンと扉を叩くノックの音。


「失礼する」


 扉が開き、警察騎士が二人、ブノワの病室に入ってきた。

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