おーいおーい、試される大地・中(琴音視点)
ちょっと尖った空気に戸惑ったわたしは、逃げる選択をしてみました。
「あ、あの。こんな広い家を見たのは初めてなので、外に出てみてもいいですか?」
格式高い旧家にありがちな、庭園というのでしょうか。
そんなところに目を引かれたせいで、とっさにそんな言葉が出てきました。
いちおう祖父母の了解を得たので、さっそく移動してみることにします。
一面に芝が敷き詰められた広い庭をキョロキョロしながら探検していると、奥の方に椅子みたいな切り株を発見しました。
それに近寄りつつ、考えます。実はお母さんって、良家の子女だったんでしょうか。侮れません。
近くでまじまじと見た切り株は割と大きくて、思わず年輪を数えてしまいたくなるくらいです。
「……琴音、ちゃん?」
しかし、年輪を三十くらい数えたところで、声をかけられました。
振り向くと、ついさっき能天気さを前面に押し出してわたしに話しかけてくれた、伯父さんが目の前に。
先ほどとは正反対な、まじめな声色と引き締まった表情に、わたしは少し困惑しました。
ですが、そんなことお構いなしに、伯父さんは大人の笑みを浮かべながら、話しかけてきます。
「その切り株はね……初音が家を出て行ったときに切り倒した木の、なんだ」
などと振られても、何と答えていいのかわからないので、わたしは黙ったままでいるしかありません。
「ああ、ごめんごめん。深い意味はないんだよ。もう十五年近くも前の話だ、気にしなくていい」
「……そうですか」
「うん。まあ、僕にとっては十五年なんてあっという間だったけどね。でもキミにとってはそうじゃなかっただろう」
「……」
「あの頃は本当にただの赤子だったのに、こんなにたわわに成長したんだからね、ははは」
なんというのでしょう。軽口としか思えない言葉ではありますが、その言葉に独特な重みを感じます。対処法がまったく浮かばず、さらに混乱する一方です。
そんなふうに、わたしがなんと返したらいいのかわからないでいることを察した伯父さんは。
「……いままで、つらくはなかったかい?」
次は答えやすいように気遣ってくれました。
いえ、何としてもわたしに答えさせたい、だけなのかもしれません。
では、素直に答えましょう。
「つらくなかったかといえば、嘘になります」
「……そうか」
あれ、伯父さんが何やら落ち込んでしまいました。
そんなつもりじゃなかったので、フォローしなければ。
「ああああの、ですけど、今のわたしは幸せですから」
わたしもここまでお母さんと暮らして、大体の家庭の事情はおぼろげながらも分かっています。もちろん、実際にどうなのか、お母さんに尋ねる度胸はありませんけどね。
だからこそ、伯父さんは気にしてくれたのでしょう。
「……それでも、琴音ちゃん。キミに罪はなかったんだよな。俺たちは、そこに気づくのが遅すぎたんだ。今まで連絡も取らずに……すまなかったね」
本当にめんくらいますね。
わたしみたいな小娘に、そんなに真摯な態度で頭を下げなくてもいいのに。
ひょっとするとこの伯父さんも、祐介くんみたいに、自分の闇をおちゃらけた態度で隠そうとする人なのかもしれません。本当にどこまで似ているんでしょう。
ならば、ここは気を遣わせない方向へ話を進めるしかないですよね。
「……あらためまして、白木琴音と申します。これからもよろしくお願いします。ところで」
「……?」
「わたし、伯父さんから自己紹介をされてないんですけど」
「……あ」
どうやらマナー違反に気づいてくれたようです。
しまった、という感じに呆けた伯父さんの顔に、思わずクスリとしてしまいました。
「これは失礼いたしました、琴音嬢。ボクは、
「はい。こちらこそ」
こういっちゃなんですが、笑った顔はまるで少年のようで、一気に伯父への……いえ、貴音さんへの親近感がわいてきました。
こんなに魅力的な笑顔を持つ人が、なぜこの年まで独身なのでしょう。試される大地の七不思議のひとつです。
でも残りの六つは何か、と言われたら返答に困りますので、ツッコまないでくださいね。祐介くんがいなくてよかった。いたら確実にツッコまれそうです。
「貴音伯父さんって、実はすごくモテるでしょう?」
「……は?」
あわわ、思わず心の声を口にしてしまいました。
「何を言ってるのかなこの子は。この年でいまだ独身な伯父に追い打ちをかけるとは」
「あああごめんなさい別にそういう意味じゃないんです、ただ見て思ったままを口に出しちゃっただけで気分悪くしちゃったらごめんなさいごめんなしゃい」
噛みました。
あたふたしながら取り繕うわたしの姿が面白かったせいか、貴音伯父さんが右手を口元にあて笑いをかみ殺しています。いちいち絵になる人ですね、くやしいけれど。
「ははは……気にしなくていいよ。最愛の嫁と別れてからいまだに独り身を貫いている親友に付き合ってシングルでいるだけだからね、ボクは」
そうしてよくわからない理由を返されました。
なんでしょう、報われない恋、みたいなものでしょうか。もしくは──
「……琴音ちゃん、言っとくけどボクはゲイじゃないし、報われない恋をしているわけでもないから。誤解しないようにしておくんなまし」
「ジッパー付きのツナギとかは着ないんですか……?」
「ウホッ。ボクはあそこまでワイルドじゃないので勘弁して」
「野獣でも……」
「どこでそんな知識を得るんだい、わが姪よ?」
顔に出てましたか。でも貴音さんみたいな人なら三次元でも許されそうです、と思ったのだけは隠し通さないとなりませんね。
これ以上ぼろを出さないように話題を転換しましょう。
「あ、あの! ところで、お土産を買うには、どこへいけばいいんでしょうか?」
「は?」
「お友達と……か、彼氏に、お土産買ってきますね、と堂々と宣言したもので……」
「……ああ、なるほど」
妙に納得したような貴音さんが、少しだけ何かを考えるそぶりを見せています……あ、頭の上で電球が光りました。何かひらめいたのでしょうか。
「ならさ、明日の午前中にでも、お土産買いに行くかい? ボクの親友がそのあたりに詳しくてね、何をお土産にするかも相談に乗ってくれると思うよ」
「え? そうなんですか?」
「うん。明日の午前中に親友が仕事を終わらせてここに来るはずだから、そいつも一緒に。それでもいいかな?」
思わぬ展開です。
まさか貴音さんの親友がそこに出てくるとは思いませんでしたが……でも、話しぶりからして、貴音さんはその親友のことを大事に思っている様子がうかがえました。
この何とも言えない魅力を持った伯父さんの親友……ちょっとだけ興味がわいてきます。
「ぜひ、お願いしたいです」
わたしは勢いで、そう答えていました。
「そうか。なら、どんなお土産を買いたいのか、考えておくといいよ。きっとボクの親友も喜んで相談に乗ってくれるはずだからね」
そう言われると、いくら親友の姪といえど、ほとんど他人な私に対してそこまでしてもらうことに申し訳なさを感じますが。
祐介くんとジェームズさんに喜んでもらうためですので、やむをえません。貴音さんの親友さんに力をお借りすることにしましょう。
──お土産、何がいいかなあ。
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