次のステップ
結局、騒ぎの末に、ラブな雰囲気はどこかへ飛んでった。
佑美には不名誉なあだ名までつきそうでなんといっていいのやら。
黄金女王だか黄金水女王だか黄金水のような黄金女王だかは知らん。ノロいの女王なことは確定的な惨状だったが、佑美の名誉のために伏せておいたほうがいいだろう。
「……というわけで、すまんな二人とも。ボクもお世話になる」
「な、なんだか、修学旅行の夜みたいな感じで、わくわくしますね」
そしてナポリたんも俺の部屋で寝ることとなった。
まさしく昼休みのメンツだが、集合している時間帯が時間帯なので、なんとなく新鮮。
「……」
「……」
「……」
静かな部屋に三人でいると、先ほどの何か夢の中みたいな出来事が、ふと思い出されて。
高揚した気分が少しだけよみがえると同時に。
「……佳世さ」
「うん?」
「立ち直って、くれるといいな」
俺はナポリたんへ向けて、なんとなく話しかけてしまう。
「……おう。きっと大丈夫だ、ボクは信じるよ。大事な友人だからな」
だが、自分から振っておきながら、ナポリたんが言い切る様に俺は返事しない。いや、できない。
断言できるまで考えがまとまっていないからだ。
大事な、友人。
この前まで恋人同士だった佳世を、そう思えているのか、俺は。必死に記憶から消し去ろうとしていなかったか。いないものとして扱おうとしていなかったか。
…………
それならば、俺は佳世の事情を聞いて、なぜ怒りがあれほどまでにこみあげてきたんだろ。
改めて考えれば、明らかではあるが。
ただ言えることは、今の俺は佳世に対して、男女の愛情は残っていないということ。
キスしたり、ハグしたり、いろいろスキンシップしたいという思いは、琴音ちゃんだけだ。
男女の友情。
そう片付けられたら、いいのかな。
はっきり答えが出せないままでいると、それまで黙っていた琴音ちゃんが俺に話しかけてきた。
「あ、あの、祐介くん」
「ん? どしたの琴音ちゃん」
「も、もしも、わたしが吉岡さんみたいなことになっても、祐介くんは怒ってくれますか? くれますよね?」
「……」
そこで俺は気づく。
琴音ちゃんは、琴音ちゃんなりに、不安だったんじゃないかと。
佳世に対する俺の気持ちが、まだどこかに残っているんじゃないかと。
──当然だよな。いくら琴音ちゃんが天使でも。
「悪いけど、琴音ちゃんがそんな立場になったら、このくらいじゃ済まさない自信はある」
「そ、そうですか……」
だから俺ははっきり正直に言う。
複雑そうだけど、ほっとした。そんな感じの琴音ちゃんの返事を受けて、あらたに決意を固めることができた。
──もう、佳世を許そう。佳世を大事な幼なじみとして認めて、月日の重さを無視しないようにしよう。俺だって至らなかったところもあるんだから。
佳世には、幸せになってほしい。
そうなることで、俺は琴音ちゃんを、なんの憂いもなく愛することができる。琴音ちゃんも、俺と佳世の間にわだかまりが残っていると、もやもやを引きずるはずだから。
「ごめんね、琴音ちゃん」
「……はい? 何を謝ってるんですか、祐介くん」
「いや、なんとなく」
自分がほんのちょびっと浄化されるような、そんな夜だった。
──ただし池谷、テメーはダメだ。
―・―・―・―・―・―・―
次の日。憂鬱な月曜ではあるが。
少し早起きして、ナポリたんと琴音ちゃんは帰っていった。もちろん服はちゃんと貸したぞ。
そして昨日琴音ちゃんが来ていたシャツは、洗濯せずに保存しておこうと思う。
琴音ちゃんのにおいだけじゃなく、オヤジのにおいが少し残っているのが、
なんとなくまだ頭がはっきりしないまま登校して、クラスへと向かう。
佳世の件は校内ではまだ知られていないようで、ほんのちょっと安堵。
当然のように、佳世も、そして池谷も登校していない。
これから騒がしくなるのかな、と思うとおちつかないが。まあ、なるようになれ、だ。
少なくとも、佳世が立ち直れればいいな、とは思う。
──そういや、馬場先生も姿が見えないなあ。鼻毛神拳でも極めに行ったのか、それとも──
―・―・―・―・―・―・―
初音さんが帰ってくるため、琴音ちゃんは学校が終わってすぐに帰宅した。
そしてナポリたんは何やら忙しそうに、相変わらずアクティブに行動しているみたいだ。昨日の一件が公になれば、ナポリたんの歴史にまた1ページ、なんだけど。
…………
そういや、吉田先輩の件はどうなっただろうか。まさかとは思うが、念のため家に帰ったら朝刊の一面をチェックしとこう。
ホント、『明日の朝刊載ったぞテメー』って煽り文句、すごいセンスだなって思た。無敵モードの武丸との遭遇どころの
……うーん、どうしよっかな。
ここで俺は少し悩む。
佳世の様子を伺いに行くべきか否か。
選択肢を選べず、ボーっとしたまま正門をくぐると。
「……おや? キミは確か……」
そこで以前に会った人物に再度遭遇した。
「おお、緑川くん、だったか。奇遇だね」
「あ! 桑原さん……でしたよね」
お互いに会釈する。相変わらずダンディーな桑原さんだが、またここへ姿を現したのはなぜだろう。
「今日は、またお仕事ですか?」
「……ああ」
琴音ちゃん相手にパパ活に来たのかな、と一瞬だけ勘ぐったが、そうではないようだ。
ならば俺は無関係。老兵は死なず、ただ去るのみ。童貞は死なず、ただサルのみ。
校内へ入っていくそぶりの桑原さんに背を向けたら。
「緑川くん、今、時間はあるかね?」
なぜか呼び止められた。
予想外すぎて、振り向きざまに返事してしまう俺。
「あ、はい、とくに予定はないですが」
「そうか……よければだが、この学校について話を聞かせてもらえないだろうか」
「……へっ?」
一瞬ハトマメ顔になったが、桑原さんは口を真一文字に結んでいる。
なんかあったんか、この高校に。
そして桑原さんは、自販機へ向かい、缶コーヒーを二本ほど購入してきた。そのうちの一本を俺に差し出す。
「頼む、お礼はするから」
思わず俺が笑ってしまったわこんなん。
「いいですよ。じゃあ、どこか落ち着いてお話しできる場所へ行きましょうか?」
「……緑川くん、ありがとう!」
なんか、桑原さんのすっごい笑顔が、新鮮だった。やっぱりなんかいいことあったんかな、この前より笑顔が柔らかい気がする。
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