男の甲斐性をこの胸に信じたくない
「そうなんだ……」
結局どう波乗りしていいのかわからず、それだけ返す。
白木さんは何となく気まずい雰囲気を感じ取ったのか、少しだけフォローを入れてきた。
「あ、で、でも、お父さんが亡くなったとかじゃないんです。性格の不一致とかで、わたしが二、三歳の時に離婚したらしくて。だからわたしはお父さんの記憶もなくて、特に寂しいとは思ったことはありません」
「……そうなの?」
「はい。お母さんだってわたしを育てながら生活していくのは大変だったと思うのですが、たくさん愛情を注いでくれましたし。『わたしみたいにならないように、結婚する相手はちゃんと選びなさい。そして、この人と結婚したいと思う男の人以外に、簡単に身体を許しちゃだめよ』とも教えてくれました」
おっと。
白木さんの貞操観念の固さは、お母さんからの教えだったのか。
まあ、自分が苦労したから、娘には同じ間違いをさせたくないという親心なんだろうな。それは責められることじゃないし、至極当然とも思う。
「……いいお母さんじゃない。まあ、その話はまたあとで。とりあえず、飯食おうか」
「あ、そうですね」
とりあえず店内へ。Cozza-Ganeの扉を開くと、カランとした音が鳴る。
今は昼食と夕食の時間帯の中間だ。さすがに客足は少ない。ガランドゥ。ムダ毛のことじゃないぞ。
「いらっしゃ……おっと、久しぶりだな、祐介」
「ご無沙汰してました、真之助さん。今、いいですか?」
「おう、今はランチタイムが終わって一段落したとこだし、空いてるところに座れ」
店長でシェフの
ちなみにまだ五十代の祖父祖母とも、
「あれ?
「ああ、友美恵なら今買い出しに……ん? なんだ、またずいぶんかわいい女の子と一緒じゃないか、今日は」
「はい、同じ学校の同級生、白木琴音さんです」
「あ、はじめまして……じゃないですけど、今日は緑川くんに誘われまして……」
ペコリ。
またまた深々とお辞儀をする白木さん。行儀がいい子は真之助さんの大好物だ。
「いやいや、礼儀正しい子だね。気にせずくつろ……ん? ひょっとして、
「あ、は、はい。何度かこちらのお店には……」
「おお。やっぱりそうか。奇遇だね、祐介と同じ高校とは……って、じゃあ」
真之助さんの言葉の先を読んで、代わりに俺が答える。
「うん、ナポリたんとも同じ高校の同級生だよ」
「やっぱりそうか! いや、同い年だとは知っていたんだが、高校も同じとはな。初音さんは自分のことをあまり話さないし……」
ふむ、白木さんのお母さんの名前は初音、というのか。
どうやら真之助さんも少なからず知っている、という感じだったな。たまにここにきているというのは間違いないようだ。
では、狭い世間を再確認したとこで、とりあえず満たすもんを満たそう。
「今日は二人して昼めし食いそびれてね。お腹すいたから、久しぶりに真之助さんのつくったもの食べたいなーって」
「ほう、じゃあ好きなものを頼め。ただしランチタイム用のメニューで頼む」
「わかった」
俺たちは店が面している通りがよく見える窓際の四人席に向かい合せで座り、そこに引き上げたはずのランチメニューを一枚だけ真之助さんが持ってきた。お冷やも一緒に。
「……ところで、佳世ちゃんはどうした? 浮気はバレると大変だぞ、祐介」
まずはお冷やを口に含んだところで、真之助さんから発せられる、当たり障りのありすぎるツッコミ攻撃。吹き出しそうになるのを何とかこらえる。身内だから仕方ないが、知られすぎてるのも考えものだ。
「い、いや、それは、実は……」
「まあいい。少しくらいの浮気なら男の甲斐性ってもんだ。佳世ちゃんにはナイショにしておいてやるから、ゆっくりしてけ。琴音ちゃんも好きなのをどうぞ」
白木さんは真之助さんの言葉に無言だった。戸惑っているのか、それともどう反応していいのかわからないのか。いやどっちも似た意味だけど。
今の俺たちにはちょっとよろしくない真之助さんの発言を、形だけでも糾弾するふりをしておく。
「浮気じゃねえって! だいいち浮気なんてそんな簡単に許されるもんなの?」
「別に寝たわけじゃないし、いっしょに飯食うくらいならいいんじゃないか? じゃあ、注文が決まったら呼んでくれ」
「……」
白木さんが、何やらシンキングタイムに突入してしまったようで、メニューを見ていない。俺も困った。
──男の甲斐性に関する真之助さんの爆弾発言は、あとで友美恵さんにチクっておこうっと。恩を仇で返す俺、いじめする人間と同じくらいカコワルイ。
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