不完全なフルール・ドリ・ス
miyuz
第1話 夢 -赤い眼ー
私は走っていた。
車が巻き上げる砂けむりの中を必死に逃げていた。猛スピードで走り去る赤い車。目で追ったその瞬間、高い金属音が耳につく。視線を向けたその先には大きく吐き出された砂けむり。そして静かにその姿を現した。大きく見開いたその赤い眼は、無言で私に向けられていたのである。
恐怖心しかなかった。
どこをどう走ったのか。気が付くと細い路地を彷徨っていた。道は土埃が舞い、時おり吹く生ぬるい風が喉の渇きを自覚させた。背後に感じた鳥の羽音に意識を向けると、青い小鳥が古びた建物に入っていくのが見えた。外れかかった木製の扉は風と同調し、軋んだ音をたてながら斜めに入口を塞いでいる。
揺れる扉を手で支えながら、私は中に入った。誰もいない。中は広い空間にむき出しのコンクリートの壁が冷気を放っていた。壁の上部には、いくつもの丸窓が等間隔に横に並んでいる。その下の床には鋭利に割れた色ガラスが埃をまとって散乱していた。主を失った窓からは来客を歓迎するかのように、くるくると舞う埃を映した光が、空中を放射状に射していた。
その中を突然、青い鳥が横切った。
その青い鳥は、羽音をたてながら、0を示したインジゲーターの針の先に止まった。と同時に、ギイギイと錆びた音を立てながら、目の前の真鍮色の蛇腹の扉が開き、私は、流れのまま待っていた2人と一緒に中へ乗り込んだ。
エレベーターだった。
扉の右手には黒い凸ボタンが縦に並んでいる。躊躇した指先を無視するかのように、行先を伝えていないはずのエレベーターは、ひどく揺れながら上昇し始めた。
一緒に乗った2人はいつの間にか意識からは消え、私は手すりを強く握り、ひどい揺れに耐えながら、どこまで行くのかわからない不安感を思い出していた。
しかし、この夢の中のエレベーターは、最上階の4階にガタンと横に一揺れしたあと、停まってくれたのである。そして、その時代がかったエレベーターは見た目を裏切らず性能の悪さを見せ、私はその大きな段差を、階段を一段上がるようにその階に降りた。
眩しく目を細めて見た景色には、静かな白いフロアが広がっている。向こう一面にカーブを描いた出窓が広さと明るさを演出していた。展望台的な場所か。光を背景に、出窓に腰掛けていた人影が窓の外の下方を指さして何か叫んでいる。思わず走り寄り窓を覗込むと、鋭い眼光がこちらを見上げていた。
あの赤い眼だ。
このビルに入ってくる。急に焦りを思い出した。あたりを見渡すと、フロア奥の衝立越しにドアが見えた。どこでもいい。今にも外れそうなドアノブをガチャガチャと回し、ドアを押し開けた。四畳半ほどの薄暗く狭い部屋。布張りの一人掛けソファと壁際に寄せた木製のテーブル。そして、数冊の本が無造作に置かれた小さな棚。ドアを閉め、急いでドアノブの内鍵のつまみを回した。埃が舞う中で、ソファや本棚を引きずり、ドアの前を塞いだ。
床に落ちた写真立ての中に佇む赤い髪の人物が、割れたガラス越しから、悲しげに自分を見ている。
突然けたたましくベルが、頭の中を突いた。きっとこの階に来たんだ。何度も内鍵を確認した。
緊張感が走った。
ガタカタとドアノブが小刻みに揺れている。あーもうダだ。悲観に暮れている中、鳴り続くベルが遠くなっていく。
そして、見ているすべての映像が吸い込まれるように身体の中に落ちていくのを感じた…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます