227 竹林屋敷、未明の空を焦がす・その6



「まあ、何はともあれ……。

 峰さんが無事であれば、それにこしたことはない」


 常に沈着冷静で口を開けば毒を吐く英卓も、さすがに、峰貴文と亜月の狎れ合った遣り取りに呑まれた。

 彼にしては珍しく、当たり前の言葉しか口から出てこない。

 

 しかし、堂鉄は違った。

 一歩前に進み出る。


「白麗お嬢さまのお命を狙ったこの憎き妖女、おれが斬り捨てます。

 若宗主、ご命令を!」


 刀を構える腕に力を込めたのが伝わってきた。

 気を取り直した徐平も、再び、弓を引き絞る。

 亜月が一歩、暗闇の中へと後ずさる。


「ど、ど、堂鉄ちゃん」

 へらへらとよどみなく喋っていた峰貴文が、堂鉄の名を噛んだ。

「な、なにも、そんなに怒らなくても」


「峰さん、そこをどいてくれ。

 この女のために、荘新家のものたち何人かが命を失ったばかりだ。

 このまま生かしておくわけにはいかない。」


 今までのふざけた雰囲気をかなぐり捨てて、貴文が慌てた。


「英卓ちゃん、堂鉄ちゃん、これには訳があるの。

 冷静になって、まずはあたしの話を聞いて」


 その時、峰新が素っ頓狂な声で叫んだ。

「おまえは誰だ!」


 貴文の無事な姿を見て嬉しさのあまり駆け寄った峰新だったが、彼の足は貴文の数歩手前でぴたりと止まった。

 未明の星明りの届かない部屋の中で、揺れる松明の灯りに浮かび上がった不思議なものを見てしまった。

 貴文の右肩に丸いものが乗っている。


――なんだ、あれは西瓜か? 

 峰さんが、西瓜を肩に担いでいる?――


 この夏、萬姜が用意してくれた冷えた西瓜を、嬉児と並んで食べた。

 食べながらの、種の飛ばし合いも楽しかった。

 あの時の西瓜の甘い味が口の中を、また別の甘い思いが、彼の胸の中を満たす。

 しかし今は思い出に浸っている場合ではないと、もう一度、目を凝らす。


――もうすぐ冬だぞ、西瓜であるわけがない――


 まじまじと見つめていると、それは貴文の肩の上で動いた。

 丸いものの上にもう一つ小さな丸いものが生えて、それから大きな丸いものの真ん中に穴が開いた。


「ふぁぁぁ……」


 間違いなく人の、それも子どもの大きな欠伸だ。

 大きな丸いものは子どもの顔で穴は口で、上に生えた小さい丸いものは結った髷だ。


 存分に欠伸をした後、峰新と同じくらいの男の子ども声が言った。


「このおれに向かって、おまえと呼ぶとは。

 礼を逸しておる」


「れ、れ、礼を逸するって、どういう意味だ?」


 貴文が背中を揺すって背負っている子どもをずり上げたので、偉そうな声は一段と高いところから降って来た。


「愚か者が。そのようなことも知らぬとは」

「愚か者だと? おまえもガキのくせして」

「誰か、この無礼者を取り押さえろ」


 後ろからすっと身を寄せて来た侍女が手を差し伸べて、静かな声で言う。


「峰さんの背中には傷があるのです。

 まだ、治りきってはいません。

 お目が覚められたのでしたら、下りましょう」


「いやだ、いやだ。

 おれはまだ眠いのだ。

 このままがいい」


 突然喚き始めた声は、今度はそこいらの子どもと変わりがない。


「皇子さま、わがままはなりません。

 あれほど申し上げたはず。

 これからは、お立場をわきまえていただかねばなりませんと」


 暴れる皇子を、侍女は無理やり貴文の背中から引きはがした。






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