199 峰貴文、亜月を抱く・その3
逃げられないことを教えるために、貴文は両足をからめて女の下半身を締めつけた。そうしておいて、彼女にのしかかっていた体を少し浮かす。
二人の胸と胸の間に少し隙間が出来た。
「ひぃぃっ……」
喉を鳴らして、女は詰まっていた息を吐きだした。
そして男の下から抜け出ようとして体を動かそうとしたが、まったく動けないことを知ってすぐに諦めた。
だが、悲鳴はあげない。
「あら、叫んで、使用人を呼ばないの?
へえ、肝が据わっているじゃないの。
それなりの修羅場をくぐってきたようね」
貴文を見上げる厚ぼったい瞼の下の黒い輝きは、息絶えるものを何人も見てきた目の色だ。
「峰貴文よ、何が聞きたいのか知らぬ。
だが、たかが役者風情のおまえに答えられぬこともある。
この屋敷の場所、そしてわたしの身分。
それを知れば、おまえは生きてここからは出ることは出来ない。
その覚悟はあるのか?
これは脅しで言っているのではない」
「うふふ……。お馬鹿で可愛い亜月ちゃん。
たかが役者風情のあたしが、命を差し出してまで、そんな危ないことを知りたがるとでも?」
「では、何が聞きたいと?」
「贔屓してくださるお客様に、役者が聞きたいことは、たった一つよ」
「もったいぶりおって。
それで時を稼いで、命乞いをするつもりか」
部屋の隅に置かれている燭台が灯りが、男の形のよい鼻梁や唇の輪郭に淡い影を作っている。
それが、組みしだいた女には魅惑的に見えていることを、貴文は多くの経験から知っていた。鼻先が女のそれに触れそうなほどに、彼は顔を近づけた。
「亜月ちゃん、あたしのお芝居のどこを気に入ってくれたのかしら?」
「えっ?」
予想外の問いに、よほどの間抜け面を見せてしまったのだろう。
驚いて目を見開いた亜月を見おろして、貴文は微かな笑いを漏らした。
そして亜月が話しやすいようにと、絡めて締め上げていた足を緩める。
貴文はもう一度、今度はその内容が亜月の頭に入るようにとゆっくりと言った。
「あたしのお芝居のどこが、それほどに亜月ちゃんの心を捉えたのか。
そこがどうしても知りたいわ。
まさかね、あたしのこのいい顔に夢中になっただなんて。
そんな誰でも言う当たり前のことを、亜月ちゃんが言うわけないでしょうけれど」
貴文の顔はあまりにも近かったので、言葉とともに吐き出す甘い息が亜月の唇を撫でた。
頭をほんの少し持ちあげれば、男の唇に自分の唇を触れさせることが出来る。
戒めを解かれて自由になっていた両足を、亜月は引き寄せてかたく閉じた。
そうしないと、自分の意志とは関係ないところで体の奥に満ちた熱いものが溢れ出そうだ。
「舞台に立ち演じる、おまえのその胸の内に秘めたものに……」
その答えに、今度は貴文が驚いた。
「えっ?」
驚いた彼は体を反らしたので、触れそうだった唇が離れた。
それを残念に思いながらも、亜月は言葉を続けた。
「おまえの演じる姿が、わたしに似ている。
おまえも演じなければ生きていくことが出来ないのであろう?
わたしもそうだ。
おまえは舞台、わたしは……、おまえが伺い知ることも出来ぬ場所ではあるが。
おまえとわたしは似ている。
おまえを見ていると、生きていくのが淋しいのは、自分一人ではないのだと慰められた」
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