174 白麗、三度目の参内・その6




「おお、萬姜と嬉児か!

 それはよい考えだ。よくぞ、気づいてくれた」


 晴れ晴れとした顔で、承宇項はぽんと膝を打った。


「あの二人が常に傍らにおれば、お嬢ちゃんにとっては、荘家屋敷内も宮中も同じこと。参内をためらう理由などないも同然だ。


 二人の身分については、天子さまも副妃さまも気にかけるお人たちではない。

 しかし萬姜にとって参内となるとわからぬことばかりであろう。

 千夏に相談に乗るように言っておこう」


「千夏さまには、いつも助けられております」


「いやいや、あれは、こういうことはぬかりなく手配の出来る女だ。

 今回も嬉々として、その手間を惜しまぬに違いない。

 男に生まれていたら、智将としての名声を欲しいままに得ていたであろうな。

 女であることが、実にもったいない……。


 そうであった、忘れるところであった。

 千夏に頼まれていたことがある」


「はっ? 千夏さまからとは?」


「それはな、おまえのその千夏さまという他人行儀な呼び方が、あれには面白くないそうなのだ。義兄弟ということで、おれのことは宇項兄と呼んでいるのに、なぜに自分は千夏さまと、堅苦しく<さま>がつくのかと。


 兄の義兄弟であれば、自分にとって英卓も兄弟のようなものであるらしい。

 そうであれば、おまえに親しく千夏と呼んで欲しいそうだ」


「しかし、承家のお嬢さまを軽々しく呼び捨てになど……」


「まあまあ、呼び方など、深く気に病むこともない。

 千夏をどう呼ぼうと、おまえの好きにすればよい。

 ただ、千夏の頼まれごとであるから、おまえに言っておかねばと思ってな。

 あれを怒らすと、あとあとまで尾を引く」


 言い終えたあとに宇項が鼻でふっと笑ったのは、過去に起きた尾を引いた出来事の数々を思い出したに違いない。

 しかしすぐに、彼は将軍としての顔に戻り、関景に向かい合った。


「ご老人を、長く立たせてしまい誠に申し訳ないことをした。

 あちらに酒席を設けておれば、しばし楽しく語らおうではないか。

 あの袁開元が天子さまの怒りを解こうとして、朝議の場で床にひれ伏した話など、これ以上はない酒の肴となるだろう」


「なんと、あの袁宰相が!」


「そうだ、関景さん。

 最近の天子さまは気丈夫であられる。

 袁開元の脅しなど相手にしなくなった。

 それで、今度は泣き落としとばかりに、あやつはひれ伏したのよ。


 豚のように太った開元が、垂らした汗で床を黒々と濡らして、這いつくばった。


 袁家のものが天子さまにひれ伏すのは、袁家が宮中を牛耳るようになって六十年、初めてのことだ。

 なかなかの見ものであったぞ」


「それはさぞかし、胸のすく光景であったことでしょう」


「さすがのおれもその夜は、袁家に殺されたものたちの御霊をまぢかに感じて、眠れなかった。


 しかし、関景さん、これは始まりにしかすぎぬ。

 袁開元を追い詰めるためには、油断は禁物だ」


 誰からというのでもなく三人は拱手し、誓いを確かめ合った。

 承宇項は上機嫌となって言葉を続ける。


「関景さんと英卓に引き合わせたい客人も何人か招いている。

 最近は、袁家のくびきから解き放たれたものたちが、続々と我々の元に馳せ参じている。

 その者たちは皆、荘新家の二人に会うのを楽しみにしている」










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