157 承将軍、杖刑王妃と対決する・その4



 英卓に続いて部屋に入った峰貴文だったが、承将軍の背中越しに彼が見たのは、ほんの四半刻前に相乗りした馬車の中で楽しく語らった千夏の侍女が、首に刃物を当てられて恐怖に震える姿だった。


「な、な……」

「峰さん、喋るな!」


 しかし、貴文にだけ聞こえる声でそう言った堂鉄が、思いっきり足を踏んできたので彼は言葉を飲み込んだ。


――な、なんて酷いことをするの。

 可愛い女の子の肌を傷つけるなんて。

 絶対に許せないわ――






 すっと音もなく進み出た英卓が承将軍の横に立つ。

 将軍とそして宦官にも聞こえる声で、彼は言った。


「将軍、裏庭に宦官の死体があった。

 巧妙に埋められていた。

 掘り返した土がまだ湿っていて色が違っていたからわかったものの、もう少し時間が経っていれば見つけるのは難しかっただろう。


 将軍の配下のものに顔を確かめさせたが、殺されていたのは、副妃さまに仕えていた宦官で間違いない。

 麗を案内して行ったのは、副妃さまの名をかたった偽の宦官だ」


 英卓の報告を聞いて、将軍は相変わらずの声量豊かな美声で宦官に告げる。


「おい宦官、人を殺したとあっては、死罪は逃れないぞ。

 これ以上、この世で罪を重ねてもしかたがなかろう。

 侍女を放して、おまえに命令したものの名前を言え。

 そうすれば苦しまずに死ねように、配慮はしてやる」


 しかし、宦官は、再び、刃物を持った手に力を込めた。


「こうなったら、一人も二人も同じだ。

 この女を、あの世の道連れにしてやる」


 そして、女の耳元に口を近づけると言葉を続けた。


「とんだ邪魔が入ってしまったな。

 しかたがない、先ほどの続きはあの世で楽しもうぜ」


 早まるなと、剣を持たぬほうの手を上げて承将軍は言う。


「それほど女が抱きたいのか?

 まあな、女はよいものだ。

 それはおれも認める。


 しかし、肝心の男根がなければ、あの世でも女を真に喜ばすのは難しいぞ。

 切り落とした宦官の男根は、塩漬けにして壺の中に入れていると聞く。

 女を放せば、おまえの亡骸とともにその男根もいっしょに埋めてやる。


 そうすれば、あの世で、おまえは、再び、元の完全な男となれるのだろう?

 女も抱き放題だぞ」


 その言葉に、宦官の顔がふと緩んだ。

 細くなった目が遠くを見つめた。


「承将軍、その約束、必ず守ってくれるか?」


「このおれに二言はない。

 しかし、これ以上侍女を傷つければ、おまえの体は切り刻まれた上に、塩漬けの男根は焼き捨てる」


「それは……、……。

 焼き捨てられてしまっては、困る……。

 わかった、女は放すとしよう。


 だが、今回の黒幕については、おれは何も言えない。

 おれにも、親兄弟がいるのでね。

 おれが喋ったら、彼らの命が危ない」


 心を決めたらしい宦官は、何が可笑しいのか微かに笑った。


「そうだ、その男のことだが。

 見ての通りの卑怯な小悪党だが、おれに従っただけという言葉は正しい。

 やつは、本当に何も知らぬ。

 拷問にかけても無駄だ」


 そう言うなり、羽交い絞めにしていた侍女の体を宦官は力を込めて突き放した。

 そして、持っていた刃物で自分の首を切り裂く。

 噴き出した血が、瞬く間にあたりを赤く染めた。



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