069 峰貴文、英卓に生い立ちの秘密を語る・その6



「まあ、峰さんたら! 

 そんなことを言って!」


 貴文をたしなめるつもりが、青愁の声は黄色く裏返ってしまった。

 次に手に手をとってこの部屋を去るのは英卓と自分だと思うと、彼女は妓女という立場を忘れた。


 ……これではまるで、好いた男を初めて自分の部屋に招き入れる小娘だわ……


 妄想と喜びで赤らんでくる顔を伏せた。

 手を忙しなく手を動かして卓上の器を片づける。

 そうでもしていないと、なにかとてつもなく馬鹿なことを口走りそうだ。


 峰貴文が言った。

「青愁ちゃん、片づけなくていいのよ。

 英卓ちゃんと二人で飲みなおすから」


「えっ?」


「うふん。

 白麗ちゃんを無事に助け出したら、そのあとで、二人でしっぽりと濡れながらあれをしてこれをしましょうって、約束してるのよ。

 ねえ、英卓ちゃん、そうでしょう?

 今夜は離さないわよ」


 顔を上げた青愁は、英卓に向かって意味ありげに笑いかける貴文と、それに応えて頷く英卓の顔を交互に見た。

 赤く火照った顔から血の気が引いて、今度は青ざめる。


「峰さん? それって?」


「うふふ、そうよ。ほら、見て。

 英卓ちゃんもまんざらでもないっていう顔をしているでしょう?

 あたしの恋路を邪魔しちゃあ嫌よ、青愁ちゃん」


 そう言いながら、愛おしそうに英卓の手を撫でて盃を持たせ貴文は酒を注ぐ。

 しかし英卓はそれを口に運ばなかった。

 これ以上酔っては、このあとのお楽しみに差し支えるのか。


「あっ……、英卓さま。

 そういうこととは露知らず、申し訳ございませんでした」


 慌てて、青愁は平伏する。

 その間に、床に無残に砕け散った胡玉楼の妓女としての自負を拾い集める。


「新しく酒と肴の用意をいたしてきます。

 そのあと、あたしは引き下がりますので、どうぞお二人で……」


 かろうじて声は平静を保てた。

 しかし立ち上がろうとして足がもつれる。

 よろめいた彼女を見て、貴文は意味ありげな笑いを含んで言った。


「酒と肴は、ここにあるもので充分よ。

 青愁ちゃん、今夜はご苦労さま」







「峰さん、あれはいくらなんでも言い過ぎだろう」

 青愁が出て行ったあと英卓が言った。


「あらあ、そうだったかしらねえ。

 あたし、時々、生まれついての女である女が憎らしくなって、いじめたくなるの。

 特に、いい男に惚れて、臆面もなく身も心も発情している女は……」


 しかしそのあとに続けようとした言葉は飲み込んだ。


 ……そういう英卓ちゃんだって、白麗ちゃんが絡んでくると、他の女のことなんか目の端にも入らなくなるくせに。

 こんな薄情な男に惚れて、可哀想な青愁ちゃん……


 ことりと音を立てて英卓が盃を卓上に戻した。


「あらあ、英卓ちゃん。

 あたしの注いだお酒は飲んでくれないの?」


 酔いなどまったく残っていない目を貴文に向けて英卓は言った。


「峰さん。

 酒を酌み交わしながらする話ではないと思うが……」





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