055 <荘新家>の名、安陽に轟く・1




 安陽の東の空が白々と明るくなってきた。

 暑くなりそうな夏の始まりの夜明けだ。


 夜通し赤々と燃えていた篝火は、すでに火を落としていた。

 焦げ臭い灰色の煙が漂う。

 その中には隠しようもなく夥しい人の血の臭いも混じっていた。


 山門の前に急拵えで杭が打ちこまれた。

 その上に渡された板に、割れて汁を滴らせた西瓜のように、胴から切り離された人の頭が並ぶ。


 その数は十。

 真ん中に黒イタチ、それを挟んで黒イタチの母親と宝成。

 あとは目を剥いたものや閉じたもの、髭のあるものや無いものやら。


 彼らの首のない体はその後ろに並べられている。

 その後ろには首のついた屍が二十ほど。


 その横に、生きているものたちが後ろ手に縛られて転がされていた。

 うめき声が聞こえていたが、時が経つにつれて静かになった。

 気絶しているのか、はたまた命果てたか。






 討ち入った英卓のほうは、深手を負ったものが一人に軽傷者が数人。

 幸いにして、死者はいない。


 沈老人の薬草園から駆け付けたものは、傷の手当てと腹ごしらえも終えて、すでに安陽を離れ帰路の空の下だ。


 峰貴文が手配したものたちもまた傷の手当てと腹ごしらえを終えて、こちらは手渡された過分な金子を懐に安陽の街に散った。


 荘新家のものたちもそれぞれの持ち場の片付けを終えた後、朝靄の中にその姿を消す。


 惨劇の痕も生々しい場所に残るは、英卓とその左腕を自負する堂鉄と徐平。


 そして、「血気に駆られた荘新家の若いものが、いったい何事を起したのか?」と慌てて駆けつけたという、下手な芝居を披露している関景。


――ここでおきた惨劇のすべては、かどわかされた可愛い妹を取り返すために、英卓とその手下の堂鉄と徐平が勝手にしたこと。

 黒イタチの悪行を聞きつけて、義憤に駆られて手助けに集まったものがいたかも知れぬが、それはこちらのまったく与り知らぬことだ――


 これは関景と沈老人が考えた筋書きだ。


 役人の前では、これで押し通すと決めている。

 しかし残念ながら、関景は本物の役者ではない。

 上々のことの運びについつい彼の相好が崩れ、その声に満足が混じるのは如何ともしがたい。


 そしてこの血生臭い場所にもう一人、これは場違いとも思えるものがいた。

 戯作者であり、関景とは違って本物の役者でもある女装の峰貴文。


「あたしは、仮にもお客さまの歓声を受けて、舞台に立つ身でございますよ。

 顔が命ですからね。

 刃物を振り回すような物騒な場所には、近づきません」


 いつものあだっぽい女言葉でそう言ったわりには、惨劇の痕を見て回ることは平気なようだ。


 本物の女でさえ着るのをためらうようなひらひらとした派手な着物姿。

 結っていない長い黒髪がさらさらと、時にその整った顔にかかる。


 彼はしゃがみ込んで、首のない亡骸をつぶさに眺めていた。

 その斬り口についての矢継ぎ早な問いかけに周囲のものは辟易していたが、おかまいなしだ。





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