044 再び、白麗奪還に集まった強者たち・3



 允陶の言葉に、峰新は腹が空いていたことを思い出した。

 緊張の解けた彼の顔が、子どものそれにとぱっと変わる。

「おじさん、ありがとう」

 ぺこりと頭をさげた。





 峰新の後ろ姿を見送ったあと、沈老人が膝を乗り出して言った。

「楽天山の麓の寺とは、それはまさしく黒鼬の巣窟に違いない」


「となれば、いまから、麗を救い出し行く!」


 短槍を手に英卓が立ち上がる。

 片腕のない若い宗主に素早く堂鉄と徐平も続いた。

 二人の使命は常に英卓の失われた左腕であること。それが命の捨て場所になろうとも、彼らに迷いはない。


「おう!」と呼応して、その他の荘新家の強者たちも立ち上がった。


「允陶、手のものは、他に何人控えているのか?」

「何分に昨日の今日であり、出払っている者多く、急遽集めて、いまのところ十人ほどかと」


「十分な数だ。相手はたかが野盗の群れ。

 百人いようが二百人いようが、荘新家の十人もいればあっというまに片付く」


 そこまで言って、腕組みをしたまま立ち上がろうとしない関景に英卓は気づいた。


「そうだろう、爺さま?」

 しかし、いつもであれば打って返す関景の返事がない。


 そして見渡せば、沈老人は俯いて英卓と目が合うのを避け、峰貴文がその化粧した顔に訳知り顔なうす笑いを浮かべて、これも座ったままだ。

 その横で、蘇悦が立とうか立つまいかと腰を半分浮かしている。


「爺さま、どうした? さすがの爺さまも、歳のせいで怖気ついたか?」

「英卓、話がある。まあ、座れ。

 ところで、おまえは幾つになった?」


 英卓の顔に隠しきれぬいら立ちが浮かんだ。

 座るつもりなどは毛頭ないが、それでも「二十二だ」と答える。


「そうか、もうそんな年になるか。

 わしと出会ったころの興もそれくらいの年であったな」

「爺さまと親父の三十年も前の懐かしい昔話は、麗を無事に連れ戻したら、ゆっくりと聞かせてくれ」


「あの頃の興も今のおまえと同じく、血気盛んな若者であった。

 そして、その手綱を引き締めるのがわしの仕事だった」


「何が言いたいのだ?」

 見下ろしたままで言う。


「英卓よ、おまえも今では荘新家の宗主と呼ばれる立場だ。

 私情よりも大義を優先せねばならぬ」


「私情? かどわかされた麗を救うことが私情だと? 

 麗を可愛がっていた爺さまの言葉とは、とても思えぬ」


 今度は関景の顔に一瞬、苦渋の表情が浮かぶ。

 しかしそれをすぐに、彼は顔に刻まれた老獪な皺の中に隠した。


「どのようなことでも、千載一遇の機会ととらえて行動せねばならない。

 この安陽の地に一歩足を踏み入れ、荘新家の宗主と呼ばれるようになった時より、おまえはそういう立場になったのだ。

 荘興とわしが選んだ精鋭の強者たちに、いつまで荷役夫や用心棒と変わらぬ仕事をさせるつもりだ? 

 允陶に、いつまで算盤を弾かせる?」


「関景さま、私はそのようなことを苦労とは思っていません。

 そのようなことより、今は白麗さまを……」


「わかっておる、わかっておる。允陶、最後まで言うな」

 そして彼は、先ほどまで英卓が座っていた場所を軽く叩いて言った。

「まあ、英卓、そのように立っていては、話にはならぬというもの。

 座れ。すべてはそれからだ」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る