008 宝成と梅鈴、白麗をかどわかす・3

 会うたびに、体を重ねるたびに、宝成は梅鈴に言った。


「この話さをあ、黒鼬くろいたちの兄貴に話したら、ものすごく乗り気なんだよ。それで身代金をがっぽりいただいたらそのあと、おれを取り立ててやるって約束してくれたんだ。いつまでも使い走りしていては、梅鈴にきれいな着物の一枚、流行はやりの髪飾りの一つだって買ってやれないじゃないか」


 最近は悪びれることなく、梅鈴の金を当てにして飲み食いする宝成だった。しかし、ちゃんと自分のことを考えてくれていたのだと、梅鈴は嬉しくなる。


「白麗お嬢さまをかどわかすにはかどわかすが、なにもそのあと取って食おうという訳ではあるまいし。身代金をいただいたら、優男やさおとこの英卓お坊ちゃまに無傷でお返ししようというんだ。

 たしかに女一人の身代金に三千両なんてえらくふっかけたと思わないでもないが、英卓お坊ちゃまの後ろには〈健草店〉の沈さんがついている。

 おれもちょっと調べたんだが、あそこのご隠居、たいそう白麗お嬢さまを可愛がっていなさるそうじゃないか。」


「お嬢さまは言葉は不自由だけど、笛を上手に吹かれるの。お嬢さまの笛の音を聴くと寿命が延びるとおっしゃって、沈さまはしょっちゅうお屋敷に遊びに来られるのよ。英卓さまと白麗お嬢さまにとっては、沈さまは、安陽での親代わりみたいなお人だと思う」


「今度のたくらみで、梅鈴に迷惑をかけることは絶対にないよ。梅鈴がお嬢さまを一人で屋敷の外にちょっと出してくれたら、あとはこちらでうまくやる。おれ、今度の段取りではものすごく考えたんだ。黒鼬くろいたちの兄貴も完璧だって言ってくれているしね」


 英卓の冷たい目を思い出す。

 容姿もよくその気もある若い女を見るに、道端の石でも見るような目が出来るものだろうか。あの人を人を思わぬぞっとする口調、いま思い出しても震えをおぼえる。


 奥座敷での白麗を中心とした静寂で穏やかな日々、しかし、それだけではないような……。荘英卓の失われた左腕だとか言っていつも影のように寄り添っている、大男の魁堂鉄と若い徐平の二人の寡黙な男たち……。


 あの屋敷には何かしら得体の知れないものが潜んでいるような気がする。


 肝心なことを宝成にまだ話していない。

 しかし、それをどのような言葉で表現してよいのかわからなかった。


「でも……」


「また、でも……だ。梅鈴にとって、おれはよほど信頼されていないんだなあ。今度のことが終わったら、梅鈴と所帯を持ってもいいとさえ、おれは考えていたんだ。そんなことを、考えていたおれが馬鹿だった。

 おれと梅鈴、もう会わない方がいいかも知れない」


「そんなの、いや。絶対に、いや」


〈健草店〉にお使いに行くたびに帰りが遅くなることを、最近ではさすがの萬姜も不審に感じ始めているようだ。先日は、おっかさんの病気見舞いで休みを願い出ると、萬姜は言った。


「それは、心配だねえ。このお屋敷には永先生という慶央から一緒にいらっしゃったお医者様もおられることだし。一度、おまえの母親の病気のことを、永先生に相談してみようね」


 もう、嘘に嘘を重ねるのは難しくなっている。

 そして何よりも、宝成に貢いだために貯えの金子きんすがつきかけていた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る