第3話 お馬鹿な妹と優秀な姉

家に帰ってからずっとベットの上でぼーっとしていた。 あいつはあの絵をいつ見るのだろうか。早ければ明日にもあれを見てしまう。あれを見てあいつは何を思うだろう。泣くだろうか。案外泣かない気がした。でもそれは悲しくないわけでもなくて、上手い泣き方を知らないだけかもしれない。


胸のモヤモヤがつっかえて取れない。頭の中から消えないあいつの顔は、昨日から変わらない無表情のくせになにか言いたげな気がした。

 

ガチャリとドアが開く音が一階から聞こえて私は急いで部屋から飛び出した。


リビングに着くと、大学から帰ってきたねーちゃんがこっちをじーっと見てそれから急いで冷蔵庫のドアを開ける。

 

「よかった。プリンまだ残ってる」


安心してこっちを振り返る。


「伊織、プリンじゃないならあんたなにしたわけ?私の服勝手に来た?」


「なんでいきなり疑われてんの私⁉︎」


「あんたがそんな顔して一階に降りてくるなんてそれしかないでしょ。あんた馬鹿だから悪いことするとすぐ顔に出んのよ」


 白状しろーとねーちゃんに頬をつねられる。


 「ふっさい!はんもひてないひ!」


 暴力的な姉を持つ妹はかくも毎日虐げられることになるのだ!

 

「ふーん。伊織のくせにいっちょまえにとぼけるんだ。じゃあいいよ。なに悩んでるか知らないけど一人で解決しな」


 じゃーねーと言って自分の部屋に戻ろうとするねーちゃんの襟を掴む。

 

「えり伸びるでしょこの馬鹿!」


 おでこにチョップされた。


「ねーちゃんさ、黒森さんて知ってる?」


 ねーちゃんは去年私と同じ高校を卒業した。あいつの一個上だったことになる。

 黒森さん?とねーちゃんは首をひねる。


「あー思い出した!あの綺麗なこか!なにあんた。私だけじゃなくて先輩にも迷惑かけてるわけ?」


 ちげーしって言ったけど。声が震えた。

 

「まああんた、馬鹿だけど人に迷惑かけないことだけが取り柄の馬鹿だからね。あと無駄に顔もいいけど」


 無駄って言うなよって言いつつ胸が痛んだ。ねーちゃんはなんだかんだ言いつつ私を信じてくれてる。私は取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれないのに。


「……ちょっと聞きたかっただけ。どんな人だったのか」


「黒森さんかー。直接は話したことないけど話題になったなー。あれだけ綺麗だからね。でも変わったこらしくて、そのせいで色々苦労してるみたいよ。冷たいっていうか、無表情でつっけんどんな印象を与えちゃうみたいね。美人で男子人気も高いからそれで色々言われたりもしたみたい」


 やっぱり思った通りだった。多分あいつは高校には入ってから、誰にも馴染めず、私たちにされたようなことをたくさんされてきたのだ。


「……普段感情出さない人ってさ、悲しかったり楽しかったりしないのかな」

 

「そんなわけないでしょ。誰もがあんたみたいに喜怒哀楽を顔に張り付かせて生きてるわけないじゃないし」


「きっとその人なりに感情を発散させる方法があるんじゃない?美味しいもの食べたり、運動したり」


ねーちゃんの言ってることはよくわかった。私はよく笑うし、よく泣く。もし突然それができなくなったら、悲しくて悲しくて泣きたくてもそれが出来なかったら、心が壊れちゃうこともあるんじゃないだろうか。


あいつは悲しみや喜びを外に出せなくて、絵を描くことで泣いたり笑ったりしてたのかもしれない。


 私はそれを踏みつけた。

 

「最低だな……私って」


寝る前もあいつの顔は消えなかった。その顔に向かって頭の中で謝ろうかと思ったけど、それで許された気になるなんて卑怯だと思ってやめた。


「あしたあいつに会いに行かなきゃ」


あいつからしたら、あんなことをした奴の顔なんて見たくもないかもしれない。


絶対に謝ってやるからな!自分を奮い立たせるように、頭の中のあいつの顔をじっと睨んだ。


当たり前だけど、いくら見つめてもあいつの表情は動かない。

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