第4話 明るい学園生活(泣)


 神之原かみのはら学園。

 火尾木ひおき村からひと山越えた先の市街にある学校で、進学校を主張しているが、それほど学問に力が入っているとは言い難い。

 生徒数の減少により数年前から中高一貫制になったのと、私服登校が善しとなっている他は、特に特徴という特徴がない学校だ。

 白ブレザーに濃紺のスラックス及びブリーツスカートが一応のモデル制服として用意されており、俺もふくめてほとんどの生徒はそれを着用している。

 実際、私服OKとはいえ色柄やら丈やらの制限は当然あるし、そもそも大多数が制服を着ている中で、あえて私服で通すのは目立つ。よほど自分に自信があるか、空気の読めないヤツじゃない限り、目立つのはゴメンだろう。


 この現代社会では、特に学校という空間では、悪目立ちしたってロクなことにならないんだから。


 俺は改めてそれを思い知りながら、その悪目立ちの結果がもたらした面倒事から退避するために移動しているところだった。

 一般教室が並ぶ棟と並列した特別教室棟、そこに繋がる渡り廊下にて、ふと、前方から歩いてきた女生徒数名のグループと鉢合わせた。

 移動教室の帰りか? リボンタイの色が赤いので中等部の生徒だろう、その中に見知った武士ポニーな髪型をした小柄な少女がいる。


 紅姫だ。


 楽しげに談笑しながら歩いていた彼女たちは、俺に気がつくと途端に声をひそめて距離を開けた。

 そして紅姫の手を取り、囲み込む位置取りで早足に一般棟へと立ち去って行く。

 それはまるで俺から紅姫を守りかばうような所作。そして、事実その通りだった。

 

 級友たちに守られ、黙してうつむき続ける紅姫。その様子を、俺は気のない素振りでやり過ごしながら……。


 ……良し、問題ないようで何より。


 安堵を抱いて、そのまま当初の目的地へと向かった。

 特別棟の階段室に至ったところで、四時限目開始のチャイムが鳴り響いた。が、俺はもちろん構わずに階段を上る。

 そのまま屋上へと出ると、その一角にあるベンチに寝転んだ。

 現代日本の学び舎においては珍しく、神之原学園の校舎屋上は解放されている。

 過去に問題行動やら投身自殺やらの事案がないためだろうか?

 実際、屋上外周は高さ五メートルほどのフェンスでガッチリ覆われており、少なくとも投身事案に関しては心配ないかと思われる。

 さすがに五メートルの障害を乗り越える気概や知恵が残っていたら、別の手段を取ると思うしな。


 いや、けど、今時はわかんないか……。


 ちなみに俺は高等部の二年B組に在籍し、四時限目は数学の授業。

 要するにバックレてサボっているのだ。

 三時限目までは真面目に出席していたけれど、バカバカしくなったので逃げ出した。


 今は十一月も下旬という時期。

 屋外の、しかも高所に吹きつける風は正直に寒い。それでも教室に満ちていた精神的ブリザードに比べれば心地良いもんだ。


 ポケットのスマートフォンが震える。

 そろそろ来るかと予想していた相手からのメッセージ着信。


〝【ミカヅキ】カキコ荒れてる。アオ、なにした?〟


 ……ああ、やっぱネットじゃお祭り炎上か。そうだろうとは思った。

 教室の皆さんからも、楽しげな誹謗中傷が滲み出てたからな。


〝【アオ】少なくとも法に触れることはしてない。ちょっと昨日の下校中に女騎士に襲われたんで、警察に助けを求めただけだ〟

〝【ミカヅキ】イミフ〟


 事実を簡潔に告げたんだが、やはり言葉ってうまく伝わらないもんだな。バカにしてスマン紅姫。


〝【ミカヅキ】ぜんいんID割った。IPもイケる。ヤッておk?〟

〝【アオ】ダメだ。キリないだろ。ほっとけ。それよりちゃんと学校来いヒキコモリ〟

〝【ミカヅキ】…… ( ̄△ ̄)〟


 スットボケた顔の絵文字を最後に返信途絶。

 不毛なやり取りを終え、一応は指摘のあった件をザッと確認してみる。

 どこの学校にでもある、生徒その他が好き勝手な御意見感想を駄々漏らしにする掲示板サイト。


 ……なるほど、また尾ひれ着色のオンパレードだな。


 苦笑いしてスマホを眺めていれば、ふと、階段室の鉄扉が開閉する音。

 次いで、欠伸あくびまじりの間延びした声が呼びかけてきた。


「よおサボリ魔」

「何だ遅刻魔」


 俺が目線も向けずに応じれば、そいつは真っ直ぐにこちらに歩み寄ると、ベンチの前にドカリと胡座あぐらをかいた。


「いや、今日は本当にやむにやまれぬ事情があったんですよ」


 悪びれもせずに平然と。

 いずれにせよコイツが公私ともに遅刻常習なのは事実だ。


 前田まえだ賢勇けんゆう

 俺とは小学校からの腐れ縁。


 短く刈り込んだ茶髪をツンツンに逆立てて、白ブレザーの代わりに黒いスカジャンを着込んでいる。ちなみにガタイはかなり良い。

 ビシッとしてればスポーツマンに見える体格ながら、どこか気の抜けたその様は精悍せいかんさに欠けている。静かな物腰は穏やかというよりも冷ややかで、正直、道ですれ違う時には目を合わせたくない雰囲気の輩だ。


 しかし心根はいいヤツだ。……と思う。たぶん。


 まあ、今頃登校してきた上にここにいる時点で、真っ当でないのは確かなんだけど。


「んでさ、教室入ったら何かいつにも増して空気腐ってたし、オマエいないし、何かあったん?」

「親愛なる級友たちに訊かなかったのか?」

「だから、親愛なる級友に訊きにきてんですよ」


 プンスカと鼻息を鳴らす賢勇君。

 俺は微苦笑を浮かべて、手にしたスマホの画面を見せる。

 そこに並ぶのは、〝二年B組の深空碧継が、またも警察のお世話になった〟と、面白おかしく賑やかに騒ぎ立てる様々な揣摩しま憶測おくそく


「んー…………ありゃあ、久しぶりに荒れてんな。何したんだオマエ」

「少なくとも法に触れることはしてない。ちょっと昨日の下校中に女騎士に襲われたんで、警察に助けを求めただけだ」

「ああ、要するにパトカーで連行されたってとこだけ狙い澄まして炎上中なのね。……けど、昨日の今日でコレって、何でそんなにオマエの事情に敏感なのコイツら。ホントはオマエのファンなのか?」

「……スゲーなオマエ、疑問もツッコミもなしか」

「ん? 襲われたっつっても、今無事だろ?」

「いや、そこじゃなくて……まあいいや」

「しかしこんだけ荒れてると、またがオイタしてんじゃねえのか」

「ああ、しようとしてたから釘刺しといた」

「なら大丈夫か。あのヒキオタ、オマエの言うことだけは聞くからな」

「学校来いってのは全く聞いてくれんけどな」


 ミカちゃんことミカヅキ君。ちなみにどちらも通称。前者はアダ名で、後者はハンドルネームだ。

 本名、年齢、住所、全部不明。本人の言動から、本校中等部に在籍しているらしいと推測されるが、それ以上は詮索も調査もしてないのでやっぱり不明。

 ネトゲを通じて知り合った。不登校ヒキコモリのゲーオタだ。

 さっきのメッセージのやり取りで見た通り、それなりに情報技術に精通していて、それを行使することに躊躇ちゅうちょがない困ったちゃん。

 けど、何でか知らんけど俺に懐いてくれていて、俺がやるなと言えば聞いてくれる。


 一応は可愛い後輩ということで、少し援護しておこう。


「賢勇、その〝ミカちゃん〟て女みたいな呼び方はやめてやれよ」

「ん? んー……あのさ、前から思ってたんだけど、もしかしてオマエさあ……」

「何だ?」

「あー……いや、まあいいや。それより碧継、オマエそんなサボって大丈夫なわけ?」

「サボった分は補習なり課題なりで補ってるよ。そもそも〝無用なトラブルを避けるため、気分が悪い時には休んでよろしい〟って、担任からも言われてる」

「何だそりゃ?」

「変に問題意識持たれて構われるよりいいさ。だからまあ、成績さえキープしてれば、後は外でトラブル起こさなきゃ平気だ」

「じゃ、今回のは二重の意味でアウトじゃねえか」

「…………そうとも言える」

「ま、心配すんな碧継。オマエが退学になる時は、オレも一緒にやめるよ。オマエがいなくなったら、本気で学校来る意味なくなるかんな」


 賢勇は欠伸まじりに笑う。

 何が〝心配すんな〟なのかはさっぱりだが……。

 少なくともそれは安請け合いの戯れ言ではない。コイツがそうすると言ったからには、そうするのだろう。

 こんなのでも唯一の友人だ。退学させるのは忍びないし、そもそもそれ以前にだ。


「少なくとも、自分から退学はないな。高校中退じゃ将来が不安すぎる」

「そん時はオレんちにくりゃいいよ。てか、卒業してからでも進学後でもいいからウチ来いって。実際、オヤジも大歓迎だって言ってるぜ」


 どこまでも軽薄に気楽に勧誘してくる賢勇。

 ちなみに、オヤジと言うのは二重の意味でオヤジだ。


〝親父〟と書いてオヤジ。

〝組長〟と書いてオヤジ。


 要するに極道に入りなよっていうアウトローな誘い。


「健全な青少年を、笑顔でダークサイドに誘うんじゃありません」


 授業中に屋上で寝ていて健全も何もないが。


「失礼だな。ウチは古式ゆかしき任侠渡世だぜ。ヤバいシノギはやらないですよ。シマの治安を第一に、地域密着型で皆様の安全を影からお守りします」

「ホームセキュリティみたいに言い換えたってヤクザはヤクザだ」

「おいおい、もうショバ代も上納金も回収してないのは知ってるだろ? おかげさんでテキ屋斡旋運営と不動産管理が収入源な、実に真っ当な事業者ですよ。ほら、問題ない。超健全」

「そんな真っ当な事業主の御子息が、何で学校じゃ腫れ物扱いなんだ?」

「さあなあ、言うこと聞かない悪い子には容赦しないからかな……」

「オマエさ、そういう黒いこと平気で言うから、友達できないんだよ」

「はは、いいよ別に。ダチはオマエひとりで充分だ。量より質だろ? 何事もさ」


 相変わらずどこまでも平然と笑うヤクザの御曹司。

 本当、根はいいヤツだと信じたいもんだ。

 口の端を下げながら、改めてスマホの画面を眺める。

 並ぶ俺の罪状は……カツアゲグループの指揮……窃盗団の誘導役……各種特殊詐欺……脱法ドラッグ取り引きまであるな。本当、思いつくままに並べてるって感じの濡れ衣だが、どれも裏から騙くらかす系なのばっか。


 まあ、当然だろう。それが俺に対する世間の評価だ。


 身に覚えのない罪の告発なんて気分が良いわけがないが、それでも人間は慣れる動物。たいていはシニカルスマイルで受け流せるようになってきたのだけれど……。

 ふと、目についた一文。


〝詐欺師のムスコ乙w〟


 事実の指摘は、やっぱキツイよな。


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