第3話

 礼と朔は、姉妹のように育った。朔の母親と礼の母親は姉妹で、礼の母親が病弱で子供の世話ができず、姉である朔の母親を頼って、よく礼を預かってもらった。礼は朔と共に遊ぶ毎日だった。

 朔は礼の一つ年上で、幼い頃から確固とした自分を持った子だった。礼はそんな朔に圧倒されて、その強い意志に右往左往させられた、素朴な女の子だった。

 朔は幾度となく礼に、自分の思い人のことを語った。礼は、隣で黙って聞いているだけだ。その男の子がどんな子なのか、どんなに凛々しいのかを聞かされる。その姿を見たこともない知らない男の子のことを想像し、礼は自分も憧れるべき男の子のように思って、淡い恋心を疑似体験した。

 礼は十歳の時に、母親を亡くした。あまり体が丈夫な人ではなかったので、冬の寒さの中、風邪をこじらせてあっけなく亡くなってしまった。礼の母親は第三夫人であった。真皿尾家の子供達といったら、正妻や第二夫人との間に男ばかりが五人もいた。その中で、正妻との間の二番目の子供である兄、瀬矢(せや)は礼をことの外、気にかけて可愛がった。

 しかし、その瀬矢も父の右腕となって、真皿尾家を盛り立てていくことを嘱望されていた矢先に、流行病に罹って亡くなってしまった。まだ、二十一の若さだった。

 男といえば、父親か、この瀬矢くらいしか身近に感じたことがない礼には、朔が語る結婚なんてことは考えたこともなかった。

 十四の時、ある日朔が訪ねてきて、喜びを隠せない表情で、礼の部屋に飛び込んできた。

「礼!私は実言の許婚に決まったわ。夢が叶ったの!」

 開口一番、そう言い放った。

 その時の朔は、本当に嬉しそうだった。礼と手を取り合って小踊りし、十五と十四の齢だというのに飛び上がって喜んだ。朔の喜びは、礼にとっても喜びだった。

朔が小さな頃から好きな男の子は、実言だ。

 朔は臆面もなく、礼に実言への気持ちを語っていた。礼は男子を思う女子とは、こうあるものかと思ったものだ。

 木の上に登って、昼寝をするのが好きな礼にとっては、それはまだまだ自分には早い世界のように思っていた。

 許婚のお披露目の儀式に、礼は朔の親族として出席した。姉妹のように育ってきたので、朔側が礼を親族として招いてくれたのだった。

 末席に座った礼は、チラチラと朔の姿を見た。そして、朔の隣に座っている、実言を初めて見た。朔は、白の小袖の上から、赤の地に金を中心として細かい花の刺繍をした背子を着ていた。化粧をしなくても人目を引くきれいな朔だが、化粧されてより美しさの際立った十五の朔が座っていた。隣にいる男、実言も白の小袖の上に、紺の地に緋と金の刺繍を施した上着を着て座っていた。儀式の終わりに、実言から朔に親愛の証の首飾りをかけるところを見た時に、子供心に自分の心臓が強く早く打つ音を聞いた。羨ましい気持ちになり、いつか自分にもこうして親愛の証で ある首飾りをかけてくれる男に出会えることを願った。

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