第11話 封魔忍者 見習い 封魔 正東風

封魔の里は大陸の東側、山々が連なる山間やまあいにある。


月風つきかぜ 猪助いすけ封魔ふうま 正東風まごちの二人は、封魔の里の首領であり、正東風の父親である封魔 小太郎こたろうの命により、密偵先の村から封魔の里に引き返す道中であった。


「正東風、遅いぞ」


猪助が後方を駆ける正東風にを飛ばす。


「猪助さん、速すぎますって…。ハァハァ…。付いていくのがやっとです」


息を切らしながら、正東風が精いっぱいの声を返す。


「お前の鼻にも魔族の匂いが近づいているのがわかるだろう。急ぐのだ」


猪助が声を張り上げる。


「私はやはり猪助さんの足手まといです。どうか先に里に向かって下さい」


正東風の体力はもはや限界に達していた。


猪助に追いついた街から、里に引き返すこと半日、飲まず、食わず、休まずの強行軍きょうこうぐん


いくら忍者修行を幼い頃から受けているとはいえ、正東風はまだよわい10歳になったばかりの子供。


ましてや、猪助の生まれもった膂力りょりょくには敵わない。


猪助が超人的なのである。




先頭をひた走る猪助が駆けるのを一旦やめた時、正東風はすでに近くの岩に身を寄せて空を見上げていた。


「無事か、正東風」


猪助が淡々とした口調で声をかける。


「………ハァ、ハァ…」


正東風は声が出せない代わりに、少ない口中の唾液を乾いた喉に送った。


「水だ、飲め」


猪助が腰元にぶら下げた麻布から、牛革の水筒を鷲掴わしづかみして正東風の胸元に投げた。


正東風は、与えられた水筒の飲み口を勢いよく自分の口に運んだ。


「あ、ありがとう…ございます…」


正東風は座位ざいになって、呼吸を整えた。


二人はしばしの休憩をすることに決めた。


「そう言えば…三太夫さんだゆう殿は里にはおらんのか」


猪助が思い出したように正東風に尋ねた。


「実は兄 封魔 三太夫も父の命により、猪助さんの出発の後すぐに別の村に密偵に旅立っておりました」


正東風が、持っていた携帯食の干し肉を頬張ほおばりながら答えた。

猪助も自身が持ち歩いている焼き米を少しばかり口に運んで、ふーんと軽く鼻に掛ける声で頷きながら、咀嚼を繰り返した。


「兄は自分を封魔 小太郎の後継であると強く思っております。ゆえに猪助さんが父からの命を受けて動く時は、決まって兄自身も父に命を賜るよう直訴しております。ですから今回も実は、父は元々兄には何も命ずる案件は無かったのですが、無理やりで南にあるヒビスという村の密偵を命じたのです」


「ヒビス村か…何ともなぁ…」


猪助は返す言葉が見つからなかった。


元々猪助は、封魔の里の生まれでは無かった。


二十年前、猪助が5歳の頃、父母が住んでいた村がヒビス村であった。


そこにバーンハルト軍が侵攻し、目の前で父母は惨殺された。


5歳という物心もつかない歳であったにも関わらず、猪助の目には今でもはっきりと両親を惨殺したバーンハルトの魔族と、父母を死に追いやった方法が焼き付いている。


父母に隠れているように言われた大きなかめのひび割れた隙間から一部始終を見ていたのであった。


程なくして、封魔の里から若き日の小太郎がヒビス村に援軍として到着し、甕に隠されていた猪助を発見、身寄りのない猪助を小太郎が引き取ったのであった。


猪助は、目に焼き付いた光景を思い出していた…


〈仲の良い家族であった…三人での生活は貧しくても父の優しさと母の明るさで5歳の猪助の心は満たされていた。


あの日までは…。



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