第80話 闇の侵略
魔王。
それは一言で表すのならば闇の塊のような存在だった。
サラザールの体を得体のしれない何かが包み込み、その奥に何があるのか全く分からない。
ただあるのは本能的に心を折りに来るほどの異常な圧迫感と存在感。ゲーム的に言うならば、問答無用でSANチェックを失敗させる様な感じだろうか。
『人間。後悔しても遅いぞ?』
「だったら御託を並べてないで襲い掛かればいいだろ。それが出来ないのは何か理由があるんじゃないか?」
俺はそう言いながら、スマホを操作して先ほど奇襲に利用した設定を元に戻す。それが終わればすぐさま別のアプリを立ち上げて魔術式の写真を表示した。
これでとりあえずは俺も戦えるはずだが――目の前に居る敵の情報が圧倒的に足りない。恐らくはヴァイダに匹敵するほどの威力と精度で魔術を扱えるだろうが、それ以外に出来る事が予想もつかなかった。
『なるほど、では――』
魔王の目は見えない。しかし間違いなく、今初めて、俺の存在を認めたはずだ。
大気が震えるほどの敵意が照射され――。
≪ブラスト・レイっ≫
それに対するお返しとばかりに、俺は光線を撃ち放つ。
外してしまえば直進する長射程の魔術は、魔王の後ろに存在する家々とそこに居る人々を薙ぎ払ってしまうだろう。
だが、その心配はない。
ヴァイダとアウロラが周辺住民の避難を進めているはずだ。それに、こんな近距離で避けられるわけもない。
光線は一瞬で虚空を走り抜けて魔王に喰らいついた――だが。
『ふん……』
一歩たりともその場を動かなかった魔王の体に光線が吸い込まれ、何の影響も与えられずに消えていく。
魔王は避けられなかったのではない。避ける必要がなかっただけ。
しかし、それは俺にとっても好都合だ。分析の為の情報がひとつ手に入っただけの事。可能性を一つずつ弾いていき、正解にたどり着ければ……俺の勝ちなのだから。
――ヴァイダさん、聞こえますか?
俺は心の中でゼアルに話しかけた様に、魂をくれたもう一柱の守護天使に語り掛ける。
ゼアルの様な仕掛けを俺に施したのだ。恐らくそういう仕掛けぐらいしているだろうと予想したのだが――。
――はい、なんでございましょう。
予想通り、ヴァイダの馬鹿丁寧な声が返って来た。
――今自称魔王が目の前に居るんですけど、その正体を探って欲しいんです。
――……魔王、でございますか。
珍しくも困惑している様な雰囲気が伝わって来る。
魔族が次から次に襲い掛かって来たと思えばその果てに魔王。呆れられても仕方がないのかもしれない。
こちらとしてもイベントがこうも連続して起きまくっては、やや食傷気味なのだが。
――今から送る盾についた黒い血を分析して欲しいんです。
――よろしいですが……今から送るですか? 私が向かいますが。
魔王は先ほど分け身が近くにあると言っていた。
それは恐らくヴァイダが持っている虹の魔石の事だろう。だから、ヴァイダがこちらに近づくのは悪手だ。力が有り余っている上に何の対処も分かっていない状態では防ぎようがない。
その考えを伝えると、ヴァイダも納得をしてくれた。
――では、お待ちしていますが……くれぐれもお気をつけて。
――ありがとう。
『威勢のいいことを言っておきながらもう終わりか?』
「その言葉はそのままお前に返してやるよ。お前は守るだけか?」
『我が動けば貴様など、すぐに終わる』
「そうか? そう言いつつも全く攻撃してこないのはなんでだ? これじゃあサラザールの方が強かったぞ」
敵意が俺に集中する。
――さあ、来るぞ。しっかりと避けて……見ろ。
『闇よ、在れ』
呪文らしきものを魔王が口にすると、魔王の体から得体のしれない黒いガスのような物が噴き出してくる。
恐らくは、それこそが闇。
それに触れでもしたらどうなることか知れたものでは無かった。
≪モーション・オペレート≫
俺は物体操作の魔術を発動し、魔王の足元に落ちている剣を跳ね上げる。
俺の命令通りに動いた剣は、その切っ先を魔王に突き立て――。
魔王がくだらなさそうに一瞥をくれ、闇が剣の方へも広がって行く。切っ先から闇に呑まれ――俺の魔術が空を切る。間違いない。今、剣は消滅してしまったのだ。
魔王の操る闇とやらは、触れただけで剣をこの世から消してしまった。
ただ、俺の魔術は終わってなどいない。対象を剣から魔王の背後にある盾に変更し、ギルドのある方角へすっ飛ばす。丸い盾はフリスビーの様にクルクルと回転しながら空の彼方へ消えていった。
魔王はそれを、気付いてはいない。
これで目的は達せられたのだが――。
『抵抗は無意味だ』
魔王の攻撃は終わっていない。
闇がじわりじわりと全てを浸食しながらこちらに迫って来る。
「そうか」
幸いにも攻撃の速度は遅い。
俺は闇を回り込んで――。
『浅はかな考えだな、人間よ』
闇が、広がる。
右にも左にも、上にも。全てを覆いつくすほどに、闇は無限大に広がって行く。
もはや魔王の姿すら見えなくなっていた。
俺は舌打ちをすると、魔王に背中を見せて逃走を開始する。
魔術も、物理攻撃も効かないのでは逃げるしかなかった。
≪フリージング・ヴァイン≫
俺は走りながらも背後に向けて冷気の棘をぶつけるが……。
『無駄だ』
これも闇に呑み込まれて消える。
魔王の持つ力は、言うだけあって確かに相当に強い。だが――。
「果たしてそうかな。お前の力、だんだんわかって来たぞ」
俺の言葉を強がりと取ったか、魔王の笑い声が響いてくる。
その声は傲慢で、自信に満ち、慢心に溺れていた。
実にいい。そうして俺を侮ってくれれば、容易にその首元へ牙を突き立てられる。
「ゼアル、お前は今の状態だとどこまでの事が出来る?」
「守りを与えるのと障壁を張るのがせいぜいだ。それで攻撃とかは出来ねえな」
俺の肩の上に姿を現した、小さな守護天使がそう毒づく。
直接戦いに参加できない事がもどかしくて仕方ないといった感じだ。
「十分だ。障壁は空間に固定できるんだよな?」
「ああ、そうだ」
「なら――」
俺の提案を聞いたゼアルが首を横に振る。
「さすがにそこまでのことはできないが――」
「それで頼む」
ゼアルの出して来た代案でも十分に俺の要求は満たされる。
後は攻撃手段が欲しいが、この要求に応えられる相手は一人しか居ない。
「それからゼアル、お前からアウロラに伝えてくれ。今から迎えに行くって」
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