第72話 ここに居る理由
「え、えっと?」
何故そんな事に? とはさすがに声に出して聞けなかった。
そんな事を言ってしまえば、会談内容を聞いていなかったことがバレるからだ。
と、いう訳で俺の取るべき行動は一つしかない。
お願いしますヴァイダ様。まとめみたいな感じでなんでこんな事になったのか教えてください。
そう心の中で強く念じる。
その瞬間、にやぁとヴァイダの顔が悪魔のような表情に歪む。
何をしてくださいますか? とかそんな感じの事を要求されてる……気がする。
俺は悩んだ結果、ある事を思いつき――それを対価にすることを提案すると、ヴァイダは大きく頷いてくれた。
「そういえば、当然の様に話しておりましたが、ナオヤ様はご存じないかもしれませんね」
そういってヴァイダはミカの方へと視線を向ける。
「ミカさんは、我々守護天使の中で最強なのです。ですから彼女の元でなら魔王の魂も安全に保管できるのではないか、という話なのですよ」
最強、と呼ばれた事が誇らしいのか、ミカは3対6枚の羽根をゆっくり羽ばたかせてツンとすまし顔をしてみせる。
ゼアルもうんうんと頷いており、異論は無さそうだった。
なるほど、ゼアルだと守り切れるかどうかわからないから、魔王の魂をもっと安全なところまで移動させる必要がある。
ゼアルはこの守護の塔から離れられないから、信用できる上に襲撃してくるであろう魔族とも戦える人物が運ばなければいけなくて、それで俺に白羽の矢が立ったというわけか。
責任おもっ。
「軍で運ぶというのは……」
「確実に虐殺されて奪われるな」
当然の様に言うゼアルに、俺はですよねーと返すしかない。
ただの人間では魔族に抗うことなど出来ない。俺だってゼアルの守護が無ければ、イフリータには近づかれただけで丸焼きだったしコキュートスがため息をつくだけで冷凍食品になっていた。
そういうタイプの敵が攻めて来たとしたら、隣を歩かれただけで軍人全員死んでしまうだろう。
つまり、少人数かつ魔族にも抗える力があって、持ち逃げしない信用がある。
……選択肢が俺かヴァイダさんしかなかった。そしてそれなら二人で行けばいい話だから、実質選択肢は無いに等しい。
とはいえ俺もそんなに命がけの任務をあまりやりたくはないのだが……。
「やるしかない、よなぁ……」
「よくお分かりで。ナオヤ様はそういう星の元に生まれついておいでの様ですね」
ヴァイダの指摘には苦笑しか出ない。彼女の指摘通り、この世界についてからは死闘ばかりで楽な案件なんて一つも無かった。
いや、受けた時には楽な案件のものもあったか。
「ナオヤナオヤ」
「ん?」
つんつんと脇腹を突かれ、俺はアウロラの方を見ると、彼女はぐっと両手を握り締め、何かを決意したような厳しい眼差しを俺に向けて来ていた。
……それだけでアウロラの言いたい事を何となく察してしまう。この責任感が強く、お姉ちゃんを自称する少女は、困った人を助ける事を自らの使命としていて――。
「私が行くよ。ナオヤは嫌だったら受けなくていいからね」
俺の事も助けたいと思ってくれているこの健気な少女に応えなかったら、男が廃るってものだ。
「嫌って事はないよ。俺も、誰かの役に立てるのは嬉しいからさ」
「わりいな、ナオヤ。オレは天使だから、人間を守らなきゃならない。その為にはお前を選ぶってのが一番いい。だから推薦させてもらった」
選択肢はほぼ無いも同然だしな。
「謝らなくていいよ。ゼアルの立場なら当然だ」
「助かる」
他にいい案もないのか、ガンダルフ王も無言で小さく頷く。
それに渋々同調する形で他の王たちも頷き、俺の運命は決まってしまった。
「それでは魔王の魂については決まりましたが、宝石級の魔石についてはまだです。こちらをどうするか、ですが……」
ミカが議題を進めた途端、それまでの態度が嘘であったかのように、王たちが湧きたつ。
「魔王の魂を守るのだから我が国が持つべきでしょう」
「貴国は既に魔剣を一振りお持ちだ。優秀な軍人を擁する我が国が最も有用に使えるかと」
「我が国の民が倒したのですから我が国が管理するのが当然では?」
「だとしても二振りは多すぎますな」
宝石級の魔石を使った武器を自分の国にと、それぞれが同時に主張をし始め、もう場はしっちゃかめっちゃかになってしまう。
俺は教えられただけでよくは知らないが、戦略級の兵器という認識でいいのかもしれない。強力な力を欲しがるのは地球も異世界も変わらないみたいだ。
そこら辺についてはあまり興味が無かったので……俺は会談の事を頭から追い出し、自分のすべきことや必要なものに対して思考を巡らせるのだった。
「それではナオヤと言いましたか。あなたの到着を待っていますよ」
そうミカが言った事で会談は終わった。
ヴァイダが魔法を切り上げ、浮かび上がっていた王達の姿が消えていく。あれだけ長い時間話し合っていたというのに疲れた様子を欠片も見せないバイタリティは、やはり王なのだなと納得させられる。
ところでウールってロリ巨乳天使。結局最後まで爆睡してたな……。
「さて、ナオヤ様。お約束のブツを戴きたいのですが!?」
終わった途端、ヴァイダが目を輝かせて俺の所にまでやって来る。
この食いつきっぷりは実にヴァイダらしく、俺は思わず苦笑してしまった。
「リチウムイオン電池な。というか、やって欲しい事をしてくれたらあげるよって話だから」
「構いませんよ。スマホ、とやらの構造も解説付きで見させていただけるのですよね。ふふっ、楽しみです」
スマホの電池は残り30%で、何かで充電しなければ後1、2回しか戦闘に耐えられないのだ。だが、この世界で充電する方法などない……事もない。恐らくヴァイダが居るならば充電は可能だ。電池は所詮、物質の化学反応によって電気を起こしているのだから、反応を逆転させれば充電できる。
構造を知りたいヴァイダの知識欲を満足させつつ充電もしてしまう。一石で二鳥を取らさせてもらおうという作戦だ。
さて、ヴァイダと一緒にどう研究をしようかなと考えていた矢先――。
「ナオヤ殿」
「はい?」
野太い声で、しかも敬称付きで名前を呼ばれ、一瞬俺の脳が混乱してしまう。
俺の事を呼んだのは、ガンダルフ王であった。
彼は巨大すぎる体を縮め、申し訳なさそうな感じに表情を落としている。
「よろしく頼む。人類が初めて魔族に対し、優位に立ったのだ。できればこれを失いたくはない」
「そうですね」
人間と天使。それに対する魔族や魔獣。この2つは拮抗しているように見えて、実は違う。
魔王は封印されているだけで、復活が可能なのだ。
だが、神はもう居ない。
つまり、現在の戦況は、大きく魔族側に傾いているのだ。人間たちは薄氷の上で、なんとか生活を成り立たせているだけに過ぎない。
「いつか、命の心配なく暮らせる世界が来るといいですね」
「……ああ、その通りだ」
魔物や魔獣に命をおびやかされる事が無くなれば、ゼアルはもっと守護の塔から出られる様になるだろうし、ヴァイダも好きに研究だけしてられるだろう。
人間ももっと自由に過ごせるようになる。
「やりますよ、やってみせます」
それが多分、俺がこの世界に来た理由なのだ。
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