第60話 卒業式!?

 俺を捕まえるまでは終始ドタバタと騒がしかったというのに、連行する間は完全な無音で、足音すら聞こえないほど静かであった。

 それが逆に恐怖を煽り、俺は一体何をされてしまうのか、クローゼットの中でずっと体を震わせているしかない。

 ドスンっと衝撃が全身を揺さぶり、守護の塔にたどり着いてしまったことを知る。

 つまりそれは――。

「ナオヤ、出てきなさい」

「そうだ。逃げたことは怒らねえから自分で顔出せ」

 なんというか、表情の見えない無味乾燥な声というか、怒りを押し殺している声というか……。とにかくこええよ。

「うふ、うふふふふ。ネズミの様に怯えて可愛いですねぇ」

 そういえばヴァイダさんって魔法で透視出来たんだっけ。

 じゃあクローゼットに隠れてても意味なかったか……。くそう、逃走経路を間違えた。

 でも追跡をアウロラが、透視をヴァイダさん。捕獲をゼアルとか逃げ切るの不可能だろこれ……。

「ひ、酷いことするんだろう!? ウスイホンみたいに! ウスイホンみたいに!」

「なんだよ、薄い本って」

「異世界の文化なのですね。ああ、それも知りたいです……」

 やべ、藪蛇った。

 ちょっとしたネタだったのに。

「ナオヤ。あと三つ数えるだけ待ってあげる」

「そうだな。それでも出てこなかったらオレらから行くぞ」

「くっ」

 ぐぬぅ。アウロラとゼアルの二人は多分そんな酷いことにならないだろうからいいとして……問題はヴァイダさんだ。彼女が言っている事が、本当にただの冗談ならばいいのだが……。

「さーん」

 ゼアルが無慈悲にカウントダウンを始める。

 彼女はやると言えばやるだろう。そういう性格の女性だ。

「に~いっ」

 続いてアウロラがやや長めにカウントしてくれる。

 周りよりも些か幼く見える彼女は、もしかしたらカウントが終わっても待ってくれるかもしれない。だが、周りに流されて突貫してしまうという事だって十分に考えられた。

「い~~ちっ」

 最後はヴァイダが、やや間延びした感じで数える。

 この中で一番洒落にならないのが彼女だ。言動もさることながら、体つきが他二人に対して、とてもとてもとて~もエロい。

 こう、むちっとしていて出ている所は半端なく飛び出している。

 どこを見てもエッチエッチで、18歳未満お断りって感じなのだ。

 そんな彼女に本気で迫られてしまったらもう色々と断れる気がしなかった。

「ぜ……」

「分かったぁ!」

 さすがに突撃されてしまうのは拙いため、俺はカウントギリギリでクローゼットのドアを開いて立ち上がる。

 ゼアルはカウントと同時に突撃でもするつもりだったのか、翼をすぼめてスタート寸前の構えを取っていた。

「みんな、待とう。話し合おうよ、な?」

 俺は両手を上げ、降参のポーズを取りながら周囲に視線を走らせる。

 どうやら運ばれた場所は守護の塔最上階らしく、背後には窓が、そして三人を挟んで向こう側に階段が存在していた。

 つまり、絶対絶命である。

 床にはアウロラとゼアルが眠るときに使っている寝具などが、何故か綺麗にぴっちりと敷いてあり、ねえ何するの? それで何するの? と意味もなく俺の期待……ではなく鼓動が高まっていく。

「始めからそのつもりだっつーの」

 ゼアルが、ふんっと鼻を鳴らすと空中で胡坐をかく。

 アウロラもうんうんと頷いていたため、とりあえずは時間を稼ぐことはできた様だった。

 ……一番の危険人物であるヴァイダは、少し下がったところに控えていてニコニコと笑っている為どうとも判断がつかないのだが。

「そ、それでね? えっとね?」

 まずはアウロラがもじもじと体をくねらせながら話を切り出す。

 彼女の顔は耳までバラ色に染まり、とても緊張している事がうかがい知れる。

「う、うん」

「私……たちと、ナオヤの関係って……、ちょっと不思議な関係じゃない」

「そ、そうだな」

 アウロラとは会って一カ月くらいだし、ゼアルとは一週間ちょっとくらいだ。

 お互いをきちんと知っていると言うのには、まだ短すぎる時間である。

「でね? でね? もうちょっと、仲良くなりたいなぁって思っててね?」

 そ、それはどういう仲良くなのでしょうか……。

 俺は緊張のあまり、ぐびりと喉を鳴らして生唾を飲み込んだ。

「そのね? えっとね?」

「だぁーっ! まだるっこしいんだよ、アウロラ。もっとズバッと言えズバッと!」

「じゃ、じゃあゼアルが言ってよぉ」

「……お、おう。見てやがれ」

 なんて会話を挟んで選手交代がされた。

 今度はゼアルが同じ様に真っ赤になりながら、俺の方へと進み出て来る。

 彼女の姿はいつもと変わらない、袴の様なズボンと、胸に巻き付けた一枚の帯という格好だ。つまるところ、ちょっと目のやり場に困ってしまう位に露出度が高い。今の様な状況では特に。

「あのな、ナオヤ」

「お、おう」

 寄せても谷間が出来ない位に控えめな胸へと目が吸い寄せられそうになってしまい、俺は腹に力を入れて視線をゼアルから引きはがす。

「つまりあれだ」

「うん」

「そのな」

「ああ」

「えっと…………」

「…………」

 沈黙が痛い。

 普段からして竹を割ったような性格のゼアルが、ここまで口ごもるのも珍しい。

 それもそうだ。彼女が何を言いたいのかは分かっている。

 こんな雰囲気になっても気付かないほど俺は鈍感ではない。というか、前々から何となくそういう好意も寄せられてるのかなぁとか思っては、うぬぼれるなと自分を叱り付けて来た程度にはアピールされていたような気がしなくもなかった。

「ああもう。つまりオレはナオヤに発情してんだよ!」

「…………」

 ゼアルにとってそういう感情を抱くの自体、長い命の中できっと初めてだろう。

 だから素直に言えないのは分かるが……。

「発情はちょっと言い方的に……」

「うっせー! てめえもよくオレの胸とか腹とか見て発情してたじゃねえか!」

 くっ、バレてたとか恥ずかしー!!

「そ、そうよ。ね、寝てる私の顔をじっと見てニヤニヤしてたわよね!? 寝てるふりするの大変だったんだから!」

 こっちもかよ!

 うわー、うわー、もういっそ殺してくれぇ!

「私も最初お会いした瞬間に胸を見られてしまいました……」

 それは仕方ない。

 もう開き直るけど、それは仕方ない。

 そんなにデカかったら、男は絶対見る。見てしまう。

 そういうものなんだって!

「うぅ……。ナオヤは私の胸そんなに見たことないよね……」

「いやいやそのなんだ。アウロラみたいに小さいのにはっていうかナイムネにはそれはそれで趣があるからそんなに気を落とす必要ないっていうかな? 何言ってんだ俺は」

 ぺったんこのアウロラが、自分の胸を両手で押さえて涙目でこちらを見つめているのがもうなんというか切なくて、俺はフォローしようとした挙句、色々と自爆してしまった気がしなくもない。

「とにかくアウロラの胸も好きだぞ」

 通じるかは分からないが、グッとサムズアップしておく。

 すると――。

「オ、オレの胸はどうなんだよ」

 なんて言いながら、アウロラとほぼ変わらない胸を反らしてゼアルが聞いてくる。

 もうホント勘弁してくれって感じだったが、ゼアルだけ答えないわけにもいかない。

 俺はもう頭がユデダコになりながら、何とかして言葉を紡いでいく。

「ゼアルのは……何というか、健康的で躍動感あふれてて、たまに押し付けられるのがとっても興奮するというかドキドキするというか。ゼアルのはゼアルのでエッチだぞ。とっても発情? するってかした」

「そ、そうか!」

 もう無理。無理だけどゼアルが嬉しそうだからもうね。なんというかね?

「もう! ナオヤってばそんな事思ってたの? エッチなんだから」

 お前達が言わせたんだろぉぉ!

「で、でもね。そんなエッチなナオヤが暴走しちゃいけないから、お姉ちゃんである私が……う、受け止めてあげなくちゃいけないのかなって」

「あら、アウロラさん。お嫌なら私が受け止めて差し上げますよ。私は実戦こそした事がありませんが、色々知識がありますし。何より色んなことが出来ますので」

 なんで煽ってんのヴァイダさん~~!!

 絶対わざとだろ! 知的好奇心を満足させるためにわざと煽ってるだろ!

「うぅぅ……。いつか大きくなるもん。大きくなったら何でもしてあげるからね」

「なんでもって……」

 止めてください死んでしまいます。

 俺はアウロラの過激すぎる言葉に、鼻の奥から沸き上がって来る灼熱を感じてしまい、思わず指でつまんでしまった。

 ――って息が出来なくて頭に血が……。

「と、とにかくだ。発情している同士、お互いで解消すればいいだろってことだ!」

「か、解消って……」

 え? え? つまりそういうナニがアレしてアレする行為って事?

「い、行くぞ、アウロラ!」

「う、うん」

 え? ヴァイダさんどうするの?

 見られてるのに? っていうか俺の意見聞かないの?

 そりゃこんな可愛い子たちとそういう事したいなとか思わない事が無かったなんてありえないけど、そうなるのって前段階とか色々あるのにそれしちゃっていいの?

 まずそれに至る前に告白とか付き合ったりデートしたり夜景の見えるホテルで食事って……デートしたし夜景の見える守護の塔で食事したり一緒に寝たりしてた!?

 告白も今されたし? いや告白なのかこれって。性欲を持て余してますって告白かもしれないけどそれって愛の告白じゃないよね?

 え? ってかゼアルってこの国一番のお偉いさんだし手を出していいの? って一番のお偉いさんだから誰も何も言えないのかってそうじゃなくってあああぁぁぁぁ!?!?

 なんて考えて居る内に、俺は二人の美しい少女に押し倒されてしまい――。

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