第38話 ゼアルの力

 中心に清水の流れる、神殿と庭園を足して二で割った様な造りの部屋に話し合いの場を移していた。

 この部屋があるのは守護の塔と呼ばれる塔の最上階であり、ここでならゼアルが自由にしていて構わないのだという。

 アウロラがきれーと思わずため息をついてしまうほど見た目にはとても綺麗だったのだが、ゼアルはこの塔から出たのが十数年ぶりというのだから同情心の方が先に立ってしまった。

「それで、早く神器を見せてくれよ、ナオヤ」

 ゼアルはふよふよと浮きながら――翼を一切動かしていないため、魔力かなにかで浮いているのだろう――虚空に胡坐をかく。

「そうだな。そなたの要望通り、人の目は皆無だ」

 ガンダルフ王が言う通り、この部屋に居るのは、ゼアル、ガンダルフ王、アウロラ、俺の四人だ。そして場所が場所だけに、恐らく盗聴の心配もないだろう。

 秘密は漏れないはずだ。

「はい、そうですね」

 俺はそれを確認した後、素直にポケットからスマホを取り出した。

「これが、俺の持っている電子の魔導書。異世界で作られた道具です」

「……道具?」

 ゼアルがきょとんとした様子で首を傾げている。

 若干、瞳に落胆の色が浮かんでいるのは気のせいではないだろう。

「すみません。機能だけで見れば神器に匹敵するでしょうが、神器そのものではありません。その方が分かりやすいと思って嘘を付きました」

 言い終わるとともに、すみませんでしたと頭を下げる。

「……そっか。嘘だったか」

「はい、神器と呼ばれていない物をそう呼んだことは嘘です」

 名前は嘘。だが、備わった機能は、神器と呼ぶにふさわしい威力を持っているはずだ。

 それがきちんと伝わっているのか、ガンダルフ王は無言で俺の説明を待っている。

「この道具の機能は、何千、何万という魔術式をこの中に納める事が出来るというものです。10重テン・サークルの魔術式であろうと、いくらでも」

 俺は言いながらスマホの画面を表示させ、ガンダルブ王が見える様にゆっくりとめくっていく。

 フレア・ガンズ、ブラスト・レイ、グラビティ・ジェイル……そのほかにも多数記録されている魔術式を次々と見せて行けば、その機能と威力は一目瞭然なはずだ。

「これを使って俺は魔族を倒しました。名前は――」

 イリアスから教えてもらった人形の名前を思い浮かべる。

「ドルグワント。結構強い魔族らしいですね」

「あいつか! 仮面の様な顔の魔族って聞いたからそうじゃないかと思ってたがマジかよ。最高位の魔族である13悪魔中、序列第8位。接近戦の攻撃力では魔族で1、2を争うっつーのに……」

 そこまで強かったのか。イリアスは、ちょっと強い方よなんて煙に巻いてたけど、ちょっとどころじゃなかったようだ。

 彼女の力を結集させた戦闘体であるドルグワントは地下の奥深くで潰されている上に、イリアス自身、魔力を乱す腕輪を装着しているのでほぼ無害化しているのだが。

「力のほどは分かった。確かに神器と呼んでも遜色ない力を持っている様だな。だが――」

 それでも神器とたばかっていいわけではない。

 俺が便宜上であれ、神器と呼んだのにはもうひとつ訳があった。

「これ、誰でも使えるんですよ。選ばれた者しか使えない神器と違って」

 な、と隣で目を輝かせながら庭園に見蕩れているアウロラへと話しかけたのだが……。

 はへ? じゃないの。きちんと話聞いとけって。お姉ちゃんだろ、自称でも。

「あ、えっとはい。確かに私も使いました!」

 アウロラは気を付けの状態からびしっと右手を上げてそう発言する。

 証言だけでは証拠にならないため、どうせなら使ってもらえたらいいのだが……。

 その迷いが伝わったのか、ゼアルがふよふよと浮かんだまま俺の傍まで移動してくる。

「オレは神の盾を受け継いだ天使でな。防御魔法だけなら世界一だぜ。好きにぶっ放していいぞ。全部防いでやっから」

「防いでやるって言われてもですね……」

 魔族でさえ、10重の魔術は純粋に防いだわけではなく、透過してすり抜けたのだ。その威力はかなりのものになるのだが……。

 とりあえず俺は一番威力の低い10重の魔術であるフレア・ガンズを表示すると、そのスマホをガンダルフ王に手渡した。

「どうぞ、使ってみてください。あ、魔術式には触れないようにお願いします」

「む」

 ガンダルフ王はかなりの巨躯である故にその手も大きい。まるで団扇の様な大きさの手に握られたスマホは、簡単につぶされてしまいそうで少しひやひやした。

 ガンダルフ王は手の中にあるスマホの画面をしげしげと見つめた後、俺の言葉に従って半信半疑ながら魔術名を唱え――。

「うおっ」

 まさか発動するとは、といった感じで慌てふためくガンダルフ王の周囲に八つの火球が浮かび、回転を始める。

「おお、マジかよ。ガンダルフ、あれが的な」

 ゼアルが手を浮かべると、光輪を幾つも重ね合わせた様な光の障壁が虚空に生まれる。

 ガンダルフ王は、戸惑いつつも的目掛けて魔術を撃ち放つ。

 炎の矢が凄まじい速度で撃ち放たれ、的にぶつかり小さな爆炎を上げていった。

 ついでとばかりに操作方法を伝え、いくつかの魔術を使ってもらう。これでスマホが誰にでも使えるという事を分かってもらえたはずだ。そしてそれが分かったのなら、俺が選ばれた人しか使えない神器を騙った理由も推察が付くことだろう。

 ところで、何度も10重の魔術を受け止めたのにもかかわらず、ゼアルの張った障壁は消えるどころか弱まった気配すらしない。

 神の盾を受け継いだとは伊達ではない様であった。

 それからスマホについて軽く――指紋認証を始めとした機能や、電池残量など――情報を添えて、全ての説明は終了した。

「というわけで、起動こそ俺しかできませんが、使う事は誰にでもできます。その危険性はお分かりになられますよね?」

 サラザールの様な男がこの情報を知れば、俺を殺してでも奪い取るかもしれなかった。

 神器は、神器に選ばれた人間しか使えない、という情報が周知されている。そのため、スマホの事を神器と呼べばそんな輩を多少なりとも牽制できると考えたのだ。

 その事は、ガンダルフ王もよくよく理解してもらえたようだった。

「ゼアル様。神器を騙った事は謝罪いたします。ですが、公の場でそう言わざるを得なかったという事情は理解して欲しいのです」

「ああ、いいぜ。しゃあねえよな、これじゃあ。何だったらオレが、この神器はお前にしか使えねえって言っといてやろうか?」

 ……ずいぶんと軽すぎる言い草で認められてしまった。しかも保証までしてくれるおまけつき。何というか、良い人? だなぁ。

「あ、ありがとうございます」

「いいって事よ。っつーか、おめえ態度がかてぇんだっての。様とか敬語止めろ」

 ゼアルの立場からすれば、周りの反応が固いものになってしまうのは仕方がないのかもしれないが、気風の良い性格の彼女からすれば、堅苦しい態度で接されるのは嫌なのかもしれなかった。

「あ、私もゼアルって呼んでいいですか?」

「いいぜいいぜ~、どんどん呼べ。むしろ敬語も止めろ」

「うん、ありがとっ」

 俺とゼアルの間にアウロラが割って入ったのだが、ゼアルは気を悪くしたようすは全く見せず、むしろ喜んで居るように見える。

 ……おー……ガンダルフ王の眉間にしわが寄ってるぞ。この表情の前で一切気にせず突き進めるアウロラは何というか……凄いよなぁ。

 ちょっと呼び捨てするのは気が引けるけど……。

「ありがとう」

 本人が言うんだからいいよな。

「ゼアル」

「おぉっ!」

 

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