第35話 やりすぎた…
「ねえナオヤ」
「うん?」
パカパカと、やや忙しい足音を立てる馬に曳かれた馬車が街道を進む。
多少馬車は揺れ、音も大きかったが、天気は良く、日向ぼっこをするのにはちょうどいい塩梅である。
俺とアウロラは揃って馬車の荷台に座り、久方ぶりのゆったりとした時間を過ごしていた。
「なんでシュナイドさん怒っちゃったんだろうね」
「さぁ……? カルシウムが足りてないんじゃない?」
怒ってるというかお手上げだからもう勘弁してくれって感じだった気がするけど。
無理! もう無理! って叫んでたし。
「カルシウムって何?」
「なんか、足りないとイライラするって言われてる物質」
実はイライラと関係ないって話も聞くけど、別にいいよね。なんかどうでもよくなってきた。
あ~眠い。
「そうなんだ~……。大変だねぇ~」
「大変だ大変だ」
俺は適当に相槌を打ちつつ日向ぼっこを続ける。
隣に座るアウロラもそこまで気にしていたことではなかったのか、呑気に足をパタパタさせながら澄み切った青空を眺めて居た。
「のんびりしている所悪いんだけどね、お二人さん」
「なんですか、セレナさん」
「明らかに今そんなのんびりしてる状況じゃないんだけど!」
せっかく現実逃避をしていたというのに、馬を繰るセレナはそれを許してくれなかったようだ。
セレナに言われて嫌々視線を地面へと下ろす。
狂ったように走る馬。それに曳かれた馬車は激しく上下左右に揺さぶられており、その上に乗った俺たちも、乱暴なシェイカーの中に入れられてしまったかのように激しく弄ばれている。
その原因は、馬車の後ろを走って追いかけてきている魔物の群れであった。
ゴブリンやオーク――ゴブリンを10倍以上に大きくして太らせた様な形をしている、醜悪な人型の魔物である――が混じった群れであり、足もさほど速くない。
なので、馬車を走らせれば振り切れるだろうという判断だったのだが……。
「なんか数増えてる!」
はじめの内は5体程度だったのだが、段々と増え始め、今は3、40体ほどの巨大な群れに膨れ上がってしまっていた。
「魔石とかに引き寄せられてるのかなぁ?」
「もしくは三人しか居ないからいけると思ったとか?」
慌てるセレナに対して冷静な俺たちは、がむしゃらに走って追いかけて来る魔物の群れをのんびり観察している。
「いいからやっつけてぇ!」
むう、どうしようかな。
セレナさんの目の前でスマホを起動させるのもあれだし、何より後7%しか残ってないんだよな、電池。一応予備のバッテリーはあるから、一回くらいならフル充電できるけれど、なるべく使いたくないんだよなぁ。
かといって一体一体狙撃するのも面倒な数だし……。
「ナオヤ」
アウロラがポーチからカードを取り出して見せる。
一緒に迎撃しよう、という事なのだろう。
それで、心が決まった。
俺はリュックを探るとスマホを取り出して電源を入れる。
「ナオヤ、それ……」
し~っ、と口に人差し指を当ててアウロラに黙っている様合図した後、チラリと御者台に居るセレナを確認する。彼女は馬を操るのに必死でこちらなんか見ている暇がない様だ。
起動したスマホの画面をいじくりながら、
「セレナさん、あと10数えたら止まって下さい」
そう伝えたのだが……。
「と、止まるの!? そこから射撃するでしょ、普通」
普通はそうなのだろうが、ここまで激しく揺れている馬車の上から魔術で狙撃するのはそこそこ難易度が高いのだ。
「大丈夫です。信じてください」
というかもう準備できちゃったな。飛び降りる……のはさすがに無理か。
早く止めてくださいとセレナを急かしたのだが、なかなか踏ん切りがつかない様だったが……。
「分かったわよ、お願いね! 魔族を倒したっていう力を信じてるからね!」
セレナは半ばやけくそ気味にそう言うと、手綱を思い切り引っ張った。
馬が
それまで20メートルほど離れていた魔物たちが、こちらとの距離をどんどん詰めて来る。
魔物たちが踏みつけていくだけで、馬車も人も何もかもが粉々になってしまうだろう。
ただし、それが出来ればの話だが。
「アウロラ。一応魔石回収の用意しといて」
「分かった」
死体をそのままにしておくと、腐って疫病の原因にもなるし、魔物や肉食動物を呼び寄せてしまって危険なのだ。
「そんな事より早く早くぅ~!」
セレナが半分パニックを起こしながら迫りくる魔物の群れを指さしている。
ちょっとアダルティなキャリアウーマンと言えど、彼女はデスクワークの人間だ。やはり魔物に対して恐怖を感じるのだろう。
……あんまり怖がらせるのはかわいそうかな。
俺は魔物の方へとまっすぐ向き直り、セレナから見えない位置でスマホを持つと――。
≪ソニック・ウォール≫
スマホを持っているのとは反対の手をかざして魔術名を唱えた。
俺の正面、かざした手の3メートルほど先に、空間の揺らぎの様な物――超音波の巨大な壁――が発生し、魔物とこちらを寸断する。
もし魔物にもっと知能があったのならば、目前に存在する罠に気付いて足を止めただろう。だが、悲しいかな本能に従う魔物たちにそんな頭はない。よしんば気付いた個体がいたとしても、勢いに乗った体は止められなかった。
ハーメルンの笛吹きにつれられたネズミよろしく、魔物たちは超音波の壁に殺到し――。
「あ」
しまった、女性二人に見ないように言うの忘れてた。
超音波によって全身の骨を砕かれた魔物の悲鳴が上がり、皮膚をぐずぐずに破壊されて血煙が舞う。
逃げようとしたところで、既に魔術の影響範囲に足を踏み入れてしまった以上、運命からは逃れられない。
その場に居た全ての魔物たちは、まるでミキサーにでも入れられたかのようには買い尽くされてしまった。
酒池肉林ならぬ、肉池骨林とでも表現した方がいいだろうか。
とにかくとんでもなくアレな光景が目の前に量産されてしまい……。
「うあ~……」
「うぷっ……!」
アウロラは顔を引きつらせるだけで済んだのだが、セレナは思わず口元を両手で押さえて横を向くことになってしまった。
「ごめんなさい……」
俺の謝罪は誰に対して、何のために行われた物だっただろうか……。
いずれにせよ、危機を脱した事だけは確かだった。
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