第23話 違う世界と違う可能性

 手のひらから迸る光の奔流は、俺の怒りがそのまま具現化したかのように猛り、魔族の上半身を飲み込んでいく。

「ガァァァァッ!!」

 ――効いているっ!

 予想通り、俺に触れている状態ならば攻撃は通るようだ。……ただ、悲鳴を上げているという事は、死んではいない。

 空気を吐き出すことで音を出す発声器官が存在するのかは分からないが、声の出所は恐らくは口。という事は、これだけの熱量を受けてもまだそれらの箇所が残っているというわけだ。

 魔獣ですら当たれば消し炭になったというのに。

 とんでもなく……頑丈だ。殺すことなど不可能かもしれないと思ってしまうほどに。

「――いやっ、ここで押し切るっ!!」

 俺は弱い自分を否定するかのように、更に魔力を流し籠んでいく。

 俺は負けない。今、ここで、コイツは倒さなければならないのだ。

 例え今耐えられたとしても、耐え続けられるとは限らない。俺の肩口を掴む圧力が下がっているのがその証拠だ。

 このまま攻撃を当て続ければいずれ必ず――。

「調子に……乗るなぁっ!」

 魔族は俺の体を力任せに地面へと叩きつける。

 両足で踏ん張って耐えることなど一瞬たりとも出来なかった。一方的に蹂躙され、木っ端か何かの様に俺の体は地面へと叩きつけられてしまう。

「ぐぅっ」

 衝撃によって、肺の根から息が残らず絞り出される。魔術は力を失いその残滓が虚しく天井を焼く。

 ――奴を殺しきれなかった。

 魔族は両手で顔を押さえ、苦しそうに身もだえしている。

 苦痛のせいでこちらへ追撃もままならない様だが、いずれ意志の力が苦痛を上回り、俺への復讐を始めるだろう。

 それが十秒後か一分後かは分からないが……それをのんびり待っていれば死が待つだけ。

 俺は痛みを無視して立ち上がると、拳を握り締めて魔族に叩きつける――が、これは予想通り空を切る。

 やはり相手が自分の意思で俺を捕まえなければ無理なのだろう。

 なら――と、俺は思考を切り替える。

 この状況で出来る事は――アウロラ達を逃すこと。

 俺は視線を魔族の背後、牢屋へと繋がる扉へ向ける。

 先ほど放った魔術の余波により、そこには人が通れるほどの大穴が空いていた。恐らくは、中の牢屋にも同様の穴が空いているだろう。

 熱した鉄棒に触れない様飛び越すか、アウロラの魔術によって冷却すれば中の女性は逃げられるはずだ。

 もっともそれには魔族の視線が向かないように誘導する必要がある。

 熱しやすいこの魔族の性格を考えれば俺が煽っても効果はあるだろう。しかし、もっと確実な方法が存在する。

 真ん中に鎮座している三つ目の扉だ。

 俺は魔族の体を通り抜け、扉へと駆け寄ると――開け放った。

 中にバーニング・エクスプロージョンでも叩き込んでやるぞと脅そうと考えていたのに……。

「なんだこれ……」

 その先に在った光景に、思わずたじろいでしまった。

 扉の中はちょっとしたテニスコートなら入ってしまいそうなほど、広大な空間が広がっている。

 その中に10を超える魔獣の巣が存在していた。

 それだけではない。魔獣の巣の狭間に、呆然と空を見上げている女性たちの姿がある。

 彼女たちは間違いなく何かされているのだろう。俺の言葉に全く反応しなかった。

 いや、そもそも扉に鍵もかかっていないのだから逃げようと思えば逃げられたはずだ。それをしないのだから、正常な思考力を失ってしまっているのだろう。

 そして、それは恐らく致命的な何かで、魔獣の巣と何か関係があるはずだ。

 でも、その謎を解く時間も、知識もない。

 ――ごめん。

 俺は心の中でそう謝罪すると、スマホを魔獣の部屋の中に向ける。

「おい、魔族」

 もう敬語は要らないだろう。

 俺とコイツは明確な敵になった。それなら礼節を持った態度でなく、敵意をぶつけ合う方が正しいはずだ。

「……ぐぅ……」

 魔族は片手で顔を押さえながら憎々しげに汚泥の瞳を俺へと向ける。

 顔を覆っていたはずのマスケラは、右上部分が焼け落ちてしまい、その下に在る素顔がさらけ出されていた。

「動くな。動けば魔術をこの部屋に叩き込む。お前の大切な実験とやらがどうなるか分かるな?」

 それはひとえに、中で呆けている女性たちの命を奪うという事に相違ならない。

 間違いなく、俺は悪逆と罵られることだろう。

 大切な人を守るために、名前しか知らない人の命を奪おうとしているのだから。

 それでも俺はその道しか選ぶことが出来なかった。

「答えろ。お前はここで何をしていた」

「…………」

 魔族は何も答えない。ただじっと黙って俺を睨みつけている。

 いや、果たしてそうなのだろうか。泥団子のような瞳では感情が読み取り辛い。何を狙っていて、何を考えて居るのかという事どころか、何を見ているのかさえ分からなかった。

「答えろっ」

 扉の穴からアウロラが顔を出しているのが視界の端に映る。

 今、絶対に後ろを振り向かれるわけにはいかない。

 注意を引くためにも俺は語気を強める。

「これほど多く、魔獣の巣を作って何をしていた! 侵略でも考えていたのかっ!」

「……魔獣の巣?」

 ようやく反応を見せたのだが、その顔に浮かんでいるのは恐らく……困惑だ。

 魔獣の巣、という単語に対して意味が分からないとでもいうかのように首を傾げている。

「あの、狭間のように見えるヤツだ。あれから魔獣や魔物が生まれてくるから、人間たちは魔獣の巣と呼んでいる」

「…………」

 それを聞いた魔族の、仮面の下から覗いている輪ゴムを束ねた様な形をした口が、笑みの形を作る。

「あれが、巣だって?」

「そう聞いてる」

「巣ね、巣! あははははははっ!」

 哄笑が響く。

 魔族が人間を蔑んでいる事は知っていたが、これはそれよりも更に下。むしろ哀れみすら覚えている事を示すような笑いだった。

「そんな一面を見てこれを巣だって!? あはははははっ、なんて愚かなんだ、人間は! これすら理解できないなんて、体の上についているのは飾りかな?」

「なら、これはなんだ?」

 俺が問いかけても魔族は構わず笑い続ける。

 笑われるのは不快だったが、アウロラ達が今脱出を試みているのだ。出来るだけこちらに興味を引いておきたかった。

「――可能性の霧だよ。正確にはそこを観測する為の狭間だけどね」

 どうせ言っても分からないだろうと小ばかにした態度でそう告げられる。

 だが、よくゲームやアニメをたしなむ俺には馴染みの単語であった。

 それはこの世界における成り立ちの話。

 縦、横、高さの三つで空間が成り立っているため三次元と呼ばれている。それに、時間軸を加えて四次元とする説もあるのだが、中には違う論理を提示される場合もある。

 それが、可能性。

 可能性を観測し続けた結果、時間軸という連続する軸が存在するように見えるだけで、その実可能性が漂う霧の様なものである。

 俺たちの脳は、その可能性を観測する事で現実として定着させ、体感する、というものだ。

 この狭間はその可能性の霧を覗く狭間だという。

 つまり魔物の巣は――。

「その場に居ないはずの魔物を、何者か――人間かこの世界そのものかは分からないけど、何らかの存在が観測することで、この場に実体化させる現象ってことか?」

「――――」

 嗤いが、止まる。

「ってことは、これだけの狭間は全て失敗作って事か。何を観測しようとしてるんだ?」

「…………君、その知識はどこで手に入れたんだい?」

 ってことはこれで当たりということか。

 この魔族は何かを呼び出すかするつもりで大量の狭間を作り出し、それに人間を観測者にでもして利用しているってわけだ。

 普通では観測できない領域まで観測させるために、恐らくは脳を弄って。

「別に。俺の世界では普通のことだから、かな。結構メジャーな説だから」

 ――瞬間。

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははは……!!」

 笑い、破顔、微笑、爆笑、哄笑、嘲笑、失笑、苦笑、冷笑……。色んな笑いがグチャグチャになり、融けて混ざり合っている。

 聞く者全てが不快になるような、そんな笑い。

 魔族はそれを、心から楽しそうに、喜びながら、万感の想いを込めて続ける。

「やりましたよ、魔王様! 私はやりました! 成功しましたよ! これでお迎え出来ます、魔王――」

 名前も知らない魔族は、空の彼方に居る存在へ向けて、己の全てを捧げるかのように、その名前を口にした。

「魔王――ベゼュフィアス様」

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