第12話 お前の敗因は、一人だった事だ

 俺はスマホを操作して――。

「危ないっ!」

 アウロラの警告が響くのとほぼ同時、魔獣は三つある頭を全て天に向け……振り下ろしながら勢いよく火球を吐き出した。

 速度はこちらのバーニング・エクスプロージョンと似たような物だが、火球の大きさは比べ物にならないほどでかい。

 俺は素早く写真を切り替えて――。

≪フレア・ガンズッ!≫

 呪文と同時に俺の右腕の周りにこぶし大の火球がいくつも生まれ、クルクルと回転を始める。

「ってぇ!」

 俺が左手のスマホに魔力を流し込むと、火球からガトリングのごとく大量の火矢を吐き出していく。一矢二矢と、ほとんど境目が無いほどの速度で連射される火矢を、俺は迫りくる火球目掛けて大量にバラまいていった。

 隣のアウロラも持てる魔術を使って弾幕を張る。

 そのうちの一つが火球に直撃したのだろう。俺たちと魔獣の中間地点で火球は爆散し、周囲を紅蓮に染め上げる。

 ほっとしたのも束の間。――敵の姿が、見えない。

 魔獣は咆哮を上げながら突っ込んできているはずだ。それは地面を伝わると死刑を告げる様な足音で分かるのだが――。

「ナオヤ、こっち!」

 アウロラが指す方向は、先ほどまで潜んでいた廃墟の物陰。

「そんな物壊されるっ」

 相手は五メートルもの巨躯を誇る存在だ。

 木造の壊れかけた家など障子紙より容易く破壊されてしまうに違いない。

「分かってる! でもアイツから私達の姿も見えなくなるっ」

 迷っている暇はなかった。

 アウロラに引っ張られる形で物陰へと逃げ込むが、先ほどとは違って壁から一メートルほど離れた位置でしゃがみ込む。

 アウロラは俺の袖を掴んだまま地面に耳をつけると、

「後40歩……」

「分かるのか!?」

「30!」

「くっ」

 称賛している暇も惜しい。

 写真を切り替えてアウロラを守る様に覆いかぶさりながら正面にスマホを構える。

 俺たちはあいつを見る事は出来ない。でも、あいつも俺たちを見る事が出来ない。少しだけ違うのは、見えなくとも大体の位置を把握してくれるアウロラが居る事と、魔獣の来る方向が分かっているという事。

「20!」

 アウロラの聴力だけが頼りだ。タイミングを計って……。

「10、9、8、7……」

 目の前にある家が軋み、大きく揺れる。

 恐らくはあの魔獣が廃墟へ体当たりを敢行したのだろう。そのまま俺たちを押しつぶすつもりかもしれない。このままだと俺たちは轢殺れきさつされてしまうが――。

 ――今、奴は目の前に居る・・・・・・

≪ブラスト・レイ!≫

 障壁と迷ったが、アウロラが作ってくれた千載一遇のチャンスを逃す訳には行かなかった。

 避け様のない至近距離で持てる限り最大の火力を叩き込む。

 それが俺の咄嗟に選んだ道。

 発動した魔術は光の槍となって砕け散りながらこちらに襲い掛かって来る木片を逆に押し流して進み――。

 耳障りな声で鳴く魔獣に突き立ち、喰い千切っていく。

「このっ」

 それでも魔獣の巨大な体を押しとどめられるわけではない。

 俺は適当なところで魔術を切り上げると、アウロラの腹に手を回して、思いきり地面を蹴って右横に飛び出した。

 地面を転がる様に移動した一刹那、大量の瓦礫を纏った魔獣の体が、先ほどまで俺たちが居た場所を蹂躙していく。ほんの一瞬、否、半瞬でも離脱が遅ければ、今頃俺たちは揃ってひき肉になっていたことだろう。

 俺たちはもつれるようにして地面を転がって勢いを殺す。

≪ブラスト・レイッ!≫

 俺の腕の中に居るアウロラが、スマホを握る俺の手に自らの手を重ねて追撃の魔術を発動させる。

 アウロラの指先から生まれた光の帯は、魔獣を呑み込み――きれない!

 魔獣は後ろ足と尾を犠牲にしつつも身を捻って跳ね起きると、瀕死の重傷を負っているとは思えないほど俊敏に体勢を整えてしまう。

 俺もアウロラが一撃を放っている間に起き上がると、アウロラの体を持ち上げて立たせる。

 ……アウロラの体が子どもみたいに軽い事には感謝しかなかった。おかげでこうしてお互いの隙を互いの動きでカバーし合えるのだから。

「12歩」

 ありがとうや、ごめんねなどの言葉は無い。ただ義務的な情報の遣り取りしか俺たちの間に存在しなかったが、それがとてつもなく頼りに思えた。

 何故なら、軍隊が立ち向かわなければ勝てないような相手に、絶望することなく立ち向かい続けているという証左だから。

「アウロラ。今度こそさっきのやるぞ」

 魔獣は二頭を失い、半身を炭化させながらも未だこちらを襲う意思は捨てていない。実際、まだ残っている一番巨大な獅子の頭だけで、俺たちの戦力を優に越えるはずだ。

「分かった」

 そんな相手を倒すのは、奇策を持ってこちらの攻撃をうまく当てるしかない。先ほどやったように。

 大丈夫だ、俺たちは……勝てる。

≪バーニング・エクスプロージョンっ≫

 俺はスマホをかざして火球を撃ち放つ。

 高速で疾駆する光線すら反応して避けるほどの運動能力を誇る魔獣にとって、火球の速度は遅すぎる。いくら7メートル程度の近距離であっても当たるはずがない。

 だから――。

≪風よ・弾けろ、ゲイル・バレット≫

 俺の正面に立つアウロラが、ポーチから取り出した木札を手に、風の魔術を撃ち放つ。

 風の弾丸は、火球の倍以上の速度で空間を走り抜け、未だ宙にある火球を貫いた――瞬間。

 火球はその場で爆裂し、避けようとして不安定な体勢になっている魔獣へ衝撃波と爆炎を叩きつける。

――ゴガァァァっ!!

 魔獣は苦悶の声を上げながら爆風に翻弄されて地面を転がる。その先、正確には魔獣が転がる先の地面にも――。

≪バーニング・エクスプロージョン!≫

 爆裂の魔術を叩き込む。

 爆発が地面を穿ち、土煙と炎をまき散らす。

 近場で爆発した事で、衝撃波とそれに乗った小石がビシビシと俺たちを打つが、歯を食いしばって堪える。

 そんな痛みよりも、気にすべき事は――。

「ナオヤっ!」

 爆発に翻弄され、右に左に吹き飛ばされ、それでもなお殺意の衰えない魔獣が――俺たちの真正面に転がっている。

 そこに俺は――。

≪ブラスト・レイ!!≫

 避けようの無い一撃を、渾身の力を込めて叩き込んだ。

 光は仰向けになっている獅子の眉間をぶち抜いて、更にその奥へ奥へと突き進み……。

「っふぅ……」

 魔獣の息の根を、今度こそ完全に止めたのだった。

 

 

 

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