第8話 試射
俺は深呼吸を一つして、覚悟を決めた。
リュックの中からスマホを取り出して、スイッチを入れる。
「なあ、アウロラ。もしも、もしもだぞ? 俺が
「ふえっ? で、でもナオヤ魔術知らないって言ってたよね。嘘ついてたの?」
俺はゆっくりと首を横に振ると、起動したてのスマホを操作する。
電池の残量はまだ8割以上残っているから問題はない。そして――。
「あの、城門に用意されてた魔砲台。そこにあった魔術式を覚えてる?」
俺はスマホの画面に魔術式を呼び出して、アウロラへと向ける。
画面には精緻極まる精度で石板に刻み込まれた魔術式が、細かく映し出されていた。それこそ、一字一句判別できるほどに。
アウロラはポカンと口を開けて、スマホの画面をまじまじと見つめる。
「あれ、撮影したんだ。これなら素人でも扱えるはずだよね」
「……で、でも、どんなに高性能な射影器でも無理だって聞くよ? そんな事出来るのかな?」
「これは2500万画素……って言っても分からないか。とにかくとんでもなく細かいところまで描写できるんだよ」
とはいえ俺はまだ一度も試したことはないから本当にできるかどうかは分からない。というか、魔術の効果がどんなものかすら話に聞いた程度でしか知らないのだ。
もっと落ち着いた状況で試してみたかったけど……そんな贅沢は言っていられない。今すぐにできるかどうかを試して、ぶっつけ本番だけどやるしか残された道はないと思う。
何故かはわからないけれど、あの巣はもう間もなく
「とにかく試してみよう。話はそれからだよ」
「う、うん。そうだね」
アウロラには少し離れてもらい、俺は入れ替わる様にして窓の前で立つ。
……それで、どうしようかな。魔術は何を使うべきだろうか。打ち出す魔術の形状がどんなものか分からないから、そもそも判断に迷ってしまうというのもある。
一番安全そうなのは多分ソニック・ウォールかな? いやいや、目の前の壁をぶっ壊してしまったら、それはそれで危ないし……爆裂するっていうバーニング・エクスプロージョンはさすがに論外だろ。中で爆裂したら確実に俺が死ぬ。
なんてことを考えていてアウロラに急かされた結果、遠距離を薙ぎ払う光線を出せると説明されたブラスト・レイを選択した。
俺は右腕をまっすぐ伸ばすと、狙撃ライフルを置くような気持ちで窓枠に右腕を乗せ、更にその上にスマホを握り締めた左手を乗せる。これで画面を確認しながら魔術を放てるし、いざという時写真をスワイプしてしまえば写真を消すことも出来るはずだ。
右手を構えて魔獣の巣があると思しき方角を狙う。超遠距離と言われたけれど、さすがに数キロ先まで届くのか分からなかったが、狙ってみて当たればそれで解決となるのだろうからやってみて損はないのではないだろうか。
一瞬山火事になったらどうしようなどの不安が頭をよぎるが、そうやって不安ばかり数えていても何もならない。
俺はもう一度深呼吸をして心を落ち着けると、
「じゃあ、やるよ」
アウロラの方を向いて頷いた。
うん、頑張ってとの応援を背に、俺は――。
≪ブラスト――≫
魔術名を口にした途端、俺の中に存在する何か――魔力が、心臓の辺りから溢れてくると左腕を伝ってスマホに流れ込んでいく様な感覚を覚える。
≪――レイッ!≫
最後まで言い終えると同時、俺の右手のひら前方10数センチ当たりに、真っ白い光球が生まれ、それは瞬く間に膨張して直径30センチ位の大きさに膨れ上がる。
その刹那――バシュゥゥッとでも形容する音が響き、光球が振動しながら目も眩む様な光の帯を吐き出す。
見た目はまるでアニメで見た荷電粒子砲とかそういう感じであるが、アニメ同様に、右腕を前からガツンと蹴り飛ばされたような衝撃も生まれる。
俺は思わず右足を下げてその衝撃を耐えるが、そうしていなければ俺は今頃ひっくり返って天井に魔術を放射していたのではないだろうか。
いずれにせよ――。
「出たっ」
アウロラの嬉しそうな言葉の通り、俺はとんでもない威力の魔術を放つことに成功したのだ。なら、するべきことは一つ。
「アウロラ、荷電粒……じゃなかった、光線は魔獣の巣に当たってる?」
個人的には荷電粒子砲とかブリュ○ナクの槍とかギャリ○ク砲とか言ってみたいけど。
「い、今見る!」
アウロラは慌てて別の窓に飛びつくと、望遠鏡で先の様子を確認する。
その間も俺はスマホに魔力を流し込み、魔術を放出し続けた。
「ダメッ、半分くらい言ったところで途切れてる」
半分って事は、射程距離は2キロくらいかな? 有効射程距離を考えるともっと短くなるかもだけど……。
とはいえ、光で視界はだいぶ隠れてしまっているため、これでは狙撃など不可能だろう。確かに魔術を放射して薙ぎ払うのが一番適しているのではないだろうか。
俺は目を閉じて、昨夜アウロラに教えられた通り体内の魔力を制御する。
左腕にホースが通っていて、その中を水が流れているのをイメージし、その水がだんだん少なくなっていって……止まる……止まった!
魔力の制御が上手くいったのか、右腕にかかっていた圧力が霧散する。
目を開けばあれほど真っ白だった視界は戻り、手の先に在った光球は消えていた。
魔獣の巣を消し去る事は出来なかったけれど、魔術は発動できる事が分かったのだから、とりあえず成功といったところか。
窓から外を確認すると、野火事山火事も起きていない。
「ふぅ……」
俺は肩で大きく息を吐き出す。
あれだけの魔術を行使したというのにも関わらず、疲労はそこまで感じない。せいぜい1キロ程度散歩したぐらいだろう。
この感覚なら、先ほどと同じ魔術をあと7、8回は撃てるのではないだろうか。
「すっご、すっごいね! ナオヤ、ホントに大魔術を使っちゃったよ!!」
アウロラは喜色満面の笑みを浮かべながらチパチパと手を叩いて褒め称えてくれる。
この芸当は、高性能カメラを搭載したスマホと魔術式を書いた顔も知らない誰かの力がほとんどであったため、その称賛を受け取るのはどことなく面映ゆい気持ちでいっぱいだった。
「アウロラ」
俺はスマホをスリープ状態にすると、アウロラの下へと歩いていく。
「とりあえず外に出てからアウロラも使ってみてよ」
持っている手札の特性は知っておきたい。そのためには多分、実際に使ってみるのもいいけれど、傍から見るのも特性を理解するには必要なはずだ。
誰にでも使えるというのなら、多分アウロラにも使えるわけだから、将来的に役に立つだろうし。
「ふえっ!? わ、私が? 出来るのかな?」
「出来る出来る」
ちょっとだけ褒められた気恥ずかしさが残っていた俺は、アウロラの手にスマホを押し付けると、代わりに望遠鏡を取り上げた。
「スマホの使い方も説明するからとりあえず外に出よう」
そう促して、俺たちは神殿の外へ向かって歩き出した。
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