第6話 ギルド長は甘いものがお好き
本や書類が散乱してごちゃごちゃした部屋の中には、眼鏡をかけてちょっと無精ひげを生やした優しそうな茶色の瞳と同じ色の髪をした男性が、ソファに腰かけて書類を前に難しそうな顔を作っていた。
「おかえりアウロラ。適当に座って……おや?」
書類から外した視線を一瞬こちらに向けたと思ったら書類に戻し、またこちらに向けて来る。
多分、アウロラだけじゃ無かった事が相当以外だったのだろう。
というか完全不審者だよね、俺。見た目が西欧風のこの世界からすると日本人の風貌は特徴的すぎておもっきしアウェイだし。
「初めまして、あか……直夜・暁と言います」
俺は挨拶をしながら一礼すると、男性の前に置かれたソファへアウロラと共に腰を下ろす。
「俺はアウロラに助けられまして、行くところが無いのでこうしてギルドまで連れて来てもらいました。それで……」
余計な不信を買ってしまわないよう、何か言われるよりも先に事情を説明してしまう事にした。
異世界という部分は避けて、何故ここに居るのか、どういう手段によってかここに来たのかは全く分からないが、望まず連れてこられてしまった事。それから帰る手段もない事を告げる。
シュナイドはいきなりやって来た俺の話をじっと聞いてくれ、話が終わると同時に深く頷いてくれた。
「なるほど、君も大変だったね」
「……不審者だって疑わないんですか?」
どこ出身とかそういう事も分からない人間が、何も分からないんですなんて言いながらやってきたら、俺だったら本当か? って疑うに決まっている。
「ん~、私だったら間者にはもっと分かりにくい者を使うかな。君の容貌は特徴的すぎるよ」
はい、顔平たいです。実は道歩いてる時めっちゃジロジロ見られてました。
「さて、それじゃあ次はアウロラの事を片付けちゃおうか。さっきの話だと君たち二人で協力してゴブリンを倒したんだよね」
シュナイドの言葉で思い出したのか、アウロラが木札が入っているのとは逆側のポーチを探り、ゴブリンを焼いて取り出した魔石を6つ、手のひらの上に並べる。
「はい、シュナイドさん。これが証拠です」
「うん、よく頑張ったね。はい、報酬」
シュナイドはアウロラから魔石を受け取ると、代わりにポケットから取り出した革袋を渡す。
「ゴブリン討伐はあまり報酬が高くないから少ないけど色をつけておいたよ」
「やたっ」
アウロラは早速革袋をひっくり返して嬉しそうに銅貨を数え始める。
ちなみに銅貨は一枚でパン一個くらいの値段らしい。多分、100円ぐらいの価値だと考えればいいだろう。
アウロラは8枚銅貨を持っていたので、800円しか持っていなかった計算になる。今日び小学生だってもう少し持っていそうではある。
「わぁい、30枚だ~」
それでも3000円だからね。死にかけたのに3000円っておかしくない? 絶対もっと貰っていいと思うよ?
なんて考えていた俺を他所に、アウロラはきっちり15枚ずつ銅貨を分けると、その半分を両手に包むように持って、俺の目の前に差し出して来た。
「はい、ナオヤの分。きっちり半分こね」
「え?」
いくら俺が協力したといえど、このクエストを受けたのはあくまでもアウロラだ。
それに色々と教えてもらったしここまで連れてきてくれた。どちらかと言えば俺が払った方がいいくらいなのだが。
「いいよ、貰えないよ」
「でもナオヤも戦ったんだから、ナオヤも貰う権利あるって。それにナオヤは一文無しでしょ? 今日の晩御飯も食べられないよ?」
それを言われると痛いな。
「ちょっとくらいなら食べなくても平気だよ」
「だめだよっ。というかお姉ちゃんの言う事聞きなさいってば」
「誰がお姉ちゃんだよ。たった2カ月先に産まれたってだけじゃん」
俺はアウロラの両手を押して中身ごと突き返すと、それに負けじとアウロラも突き返してくる。
しばらくそうやって報酬を押し付け合ったが、決着はつきそうになかった。
さすがに疲れて来た俺は諦めて抵抗を緩める。
「分かった。これは受け取る」
「もぅ、始めからそうしてればいいのっ」
なんで怒られなきゃいけないんだ、なんて不満は呑み込んでから、アウロラの差し出してきた銅貨を……受け取らなかった。
「その代わり、お菓子を貰って欲しい。それが条件」
どうだ? と尋ねると、アウロラはおとがいに小さな人差し指を当てて考え、
「うん、それならいいよ」
そう答えてくれた。
値段的には15枚の銅貨、すなわち1500円くらいの価値の物と、百円ちょっとのお菓子では釣り合いが取れていないだろうが、気の持ちようというものだ。
早速俺はリュックから箱に入ったチョコナッツを取り出してアウロラに手渡した。
「ありがと。はいこれ」
「ん」
一応これで報酬に関する決着はついたと思ったのだが――。
「これ、よく見るとすっごい箱だね」
アウロラは手に入れたばかりのお菓子の箱を、光に透かすようにしてしげしげと見つめている。
「そう? そんなものだと思うけど」
箱には青い色で商品名が書かれ、その隣に半分に割れて中のアーモンドが露出している写真が載っている、ごくごく普通のお菓子でしかない。そんなに驚くようなものではないと思っていたのだが……。
そういや異世界だったか。包装紙は結構派手に見えるだろうなぁ。そういえばフィルムとか食べる時に取ってあげた方がいいかな。
「アウロラ、それ食べ――」
「少し……いいかな?」
はい、と言おうとしてシュナイドへと視線を向けると――。
「げっ」
思わず引いてしまいそうなほどの目力で、俺の方を凝視していた。
え、なんか拙い事しちゃった? ってそうか、チョコレートって地球じゃ嗜好品で場所によっては酒やたばこなんかと同じ扱いで、税金も高かったりするんだっけ。
そんな物をギルド長であるシュナイドの目の前で取引みたいな事に利用するって……ヤバいかもしんない?
「あ、あの、すみま……」
「それはチョコ―レートかな?」
「はい」
謝ろうとしたのだが、有無を言わせぬ雰囲気で尋ねられて押し切られてしまう。
心臓はバクバクとビートを刻み、暑くも無いのに汗が頬を伝っていく。
「実は私、甘いものに目が無くてね」
「そ、そうですか。じゃあおひとつ……」
俺は慌ててリュックの中から同じものを取り出す。母さんに言われてちょうど五箱まとめ買いしたところだったので、二箱なくなったところでまだ三箱あるし、飴などのお菓子もまだ持っている。
でもポテチは勘弁してください。
「いや、ギルド長たるもの、賄賂を禁止するために何も受け取ってはならないという規則があってね」
「はぁ」
「是非買わせて欲しいと言いたいところだが、君は商人ではないからそれも拙い」
「そ、そうですね」
な、何が言いたいの? どうすればいいの?
え? え? つまりだから……?
アウロラの方に視線で助けを求めてみても、アウロラはほえ~って感じで小首を傾げて呑気に私も甘い物好き~なんてほざいていてまったく頼りにならなさそうだ。
「そこで、だ。私は君たちを私の家に招こうと思う。好きなだけ泊って行ってくれ」
それはつまり、今晩から泊まる家を手に入れたってこと? そういえば君たちって……アウロラもしかしてホームレスだったの?
色々な思考が頭を駆け巡る。
その答えを呑気にやたーっと諸手をあげて万歳しているアウロラから得るのは不可能そうだった。
「そ、それはありがたいですけど、それとお菓子に何のつながりが……」
「うむ。そのだね……ほら、祝い事で色々と料理やお菓子を持ち寄る事、あるだろう?」
なるほど……みんなで持ち寄ってご飯やお菓子食べてるだけだから受け取ったんじゃない理論か。そう言えば先生も昔家に来たときにお茶とお菓子を断ってたっけ。規則だから食べられないとかなんとか……。
大人って大変だなぁ……。
しみじみとそう感じつつも、とりあえず俺はお菓子で当分の寝床を確保できたことを喜んでおいた。
「分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」
「うんうん、是非甘えてくれたまえ」
そしてお菓子を寄越しやがれください、と顔に書いてあった。甘いものに関しては嘘が付けない人らしい。
この情報は今後役に立ちそうだったので、しっかりと記憶しておいた。
「さて、アウロラ。君の今後の身の振り方についてだけど、君を受け入れてくれそうなパーティに話を付けてある」
「は、はいっ」
話題が変わって急激に元の真面目な顔を取り戻したシュナイドに戸惑いつつもなんとかという感じでアウロラが返事をする。
「数日後にはそのパーティが帰って来るから顔を合わせてみるといい。サラザールの様な男ではないから期待していてくれ」
「あ、ありがとうっ!」
……そっか、このままアウロラと一緒に居られるのかなって思ってたけど、実際には別れる可能性の方が高いのか。
せっかく仲良くなれたのに、ちょっと残念だな。
未来への不安が解消されたからか、アウロラの横顔は先ほどよりも更に晴れやかなものになっている。
俺は置いて行かれてしまったような気がして、少しだけ胸の奥がチクリと痛んだ。
「それでナオヤ……でいいかな。君の事はとりあえず警邏に連絡しておくよ。多少時間はかかるかもしれないが、君の故郷にまできちんと送り届けるから安心して欲しい」
そうだ、それが普通の対応だ。
でも俺にだけはそれが当てはまらない。だって俺の故郷はこの世界に存在しないのだから。
俺はこれからどうすべきなんだろう。どうやって生きて行けばいいのだろう。
「チョコレートに誓って」
「本音漏れてますよ」
どんだけ甘い物好きなんだこの人。
余計な突っ込みのせいで少しだけ気が抜けてしまったが、もしかしたらそう気遣ってのことかもしれない。
少しだけ余裕の出来た頭でこれからの事を考える。
持ちものや現状を考えて……結論は、出た。
「……すみません。故郷に帰っても大したことは出来ないと思うので、こちらで働かさせてもらうわけにはいかないでしょうか?」
「ふむ、何か事情があるのかい?」
異世界から来ました。なんて言ってどうなるものでもないだろう。どうしたらいいんだろう。どういうのが正解なんだろう。
「そう……ですね。帰るというか帰れないといいますか……」
「……そうか。ギルドには色んな事情を持った者も居るから気にしなくともいい。ただ、君の事を保証してくれる人物が必要になるのだが……」
「なるなる! 私ナオヤの身元保証人になるわっ!」
元気よく返事をする学生の様にアウロラが右手をあげて名乗り出てくれたのだが、俺は聴きなれない言葉に不安の方が先に立った。
「身元保証人ってなんですか?」
「なんてことは無いよ。この人は信用できる人ですって保証をする人さ。ただ、保証された人、この場合はナオヤが、逃げたり迷惑を掛けたらアウロラがその責任を取らなくちゃいけないってだけだよ」
「それって体のいい人質みたいなものじゃ……」
「ナオヤはそういう事をするつもりかな?」
「いいえ、絶対しません!」
何か俺を見通すような目でそう言ってくるシュナイドに、即座に答えを叩きつける。
アウロラを傷つける事は絶対にしない。これは誓いとかそんなんじゃなく、それ以前に当たり前のことだ。
助けてくれて、心配してくれた。その恩をあだで返しちゃいけない。
「うん、その態度と目なら信じられるかな」
俺の目をじっと見返したシュナイドが満足そうに頷くとソファから立ち上がる。
「……試したんですか?」
「いや、身元保証人はギルドに入るなら全員見つけてもらう事になっているだけだよ」
軽くそう言って、ソファの奥にある机――今は書類に埋もれてしまっているが――に向かい、引き出しをひっくり返し始める。
「私はお父さんが身元保証人になってくれたんだよ」
「そうなんだ」
なんか俺、過剰反応しちゃったのかな。
うわー、ちょっと恥ずかしい。
「ねえねえ」
つんつんっと脇腹を指先で突っつかれる。
その先のアウロラは、にへらっとしか形容の出来ない笑顔を浮かべていて……。
「さっきの、ちょっと嬉しかったよ」
こっそりとそんな事を耳打ちしてくるものだから、俺は余計恥ずかしくなってしまった。
思わず顔を覆って言わなきゃよかったと後悔する。時すでに遅し、というヤツだが。
「さて、ナオヤがギルドの一員になってくれるという事で……字は書けるかな?」
照れている俺の前に、シュナイドが一枚の羊皮紙を突き出してくる。その表情は、何故か意味もなくにやにやしていて……。
「これをアウロラと二人で完成させるのが、君の初仕事だ。頑張り給え」
俺は多少乱暴にその羊皮紙を受け取ったのだった。
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