第2話  蛇の恩返し

 週末になると辰也も御多聞に漏れず車で出かけてゆく。特に行くあてもなく足の向くまま気の向くまま車の向くまま、走れそうな道をただボーッと進むのである。

 

 この日もいつもの様に車で出かけて行った。家から出てあてもなく西に向かって走って行きどれくらい経っただろうか、コンビニに寄ってタバコとコーヒーを買って一息つこうと思っていると段々道幅が狭くなってきた。

 何処かでUターンしようと思うが適当な場所がない。しばらく進むと左に下る脇道が見えたのでそっちに行ってみた。道を下り終えるとそこは河原だった。


「何だ、河原かぁ~。まあいいやここならUターンして戻れるな」安心した辰也はそこで何気なく車を降り、あくびをしながら大きく背伸びをした。川まで近づきしゃがみ込んでタバコに火をつける。せせらぎを眺めながら一息ついていると何やら後ろで子供たちの声がする。


「うぇ~、スッゲー何これー」などとはしゃいでいる。

「子供って元気でいいなぁ~。何で元気なんだろう? 羨ましい、その元気を3分の1.5でいいから分けて欲しいなぁ~。」と辰也が呟く。 やっぱりこの男はバカである。


 段々と子供達の声と騒ぎが大きくなり否応なしに話し声が耳に入って来る。

「白いの初めて見た」

「捕まえてみんなに見せようぜ~」

「俺嫌だよ、咬まれたらどうするんだよ」

「毒があったらやばいぜ~」 


 何の事かと不思議に思った辰也は立ち上がり子供たちの所へ近づいて行った。

「ほー、アルビノの蛇か。珍しいなぁ~」辰也が近づいて行くと、子供たちが容赦なく声をかけてくる。


「おじさん、この蛇捕まえて~!」 子供はいつもカッコいい無茶を言う。

「捕まえてどうするんだい?」答える辰也に子供達が畳み掛ける。

「学校に持って行ってみんなに見せるんだよ、おじさんは大人だから捕まえられるでしょ? 大人は咬まれても平気なんでしょ?」


 このガキも辰也に負けず劣らず見事なまでにバカである。


「白い蛇は神様の使いだから、虐めたり捕まえたりしちゃだめだよ。そんなことをしたら祟りがあるぞ!」

「え~嘘だ~、祟りってどんな祟り?」

「蛇の祟りは怖いぞ、みんなが寝ているときに大蛇が仕返しに来るんだよ。大蛇が大きな口を開けてみんなのおちんちんに咬みつくんだよ。」

「アハハハハ~、うっそだぁ~! 咬まれたらどうなるの?」

「おちんちんが真っ赤に腫れ上がって、おねしょが治らなくなるんだよ」

「うぇ~、おもしれ~。アハハハハ~」

「いいかいみんな、動物の命もみんなと同じく大切なんだよ。虐めたりしちゃダメなんだよ、だから逃がしてやりなさい‼」

「チェッ、つまんねえの~」「帰ってゲームやろうぜ!」「うん、そうしよう」 


 子供たちは辰也に促され、蛇を諦めて帰って行った。


「白蛇さんよ、もう子供に見つかるなよ。元気でな!」 辰也はそう言って蛇と別れて車に乗り込んだ。 


 近くにコンビニは無いかとスマホで検索する。

「無いなぁ~。もう少しエリアを広げてみよう」エリアを広げるとコンビニと同時に神社のマークが表示された。気になってその神社をタッチすると聞きなれない名前の神社が出てきた。


「“蛇宮神社(じゃぐうじんじゃ)” 妙な名前の神社だな、蛇神様でも祀っているのかなぁ??」 ますます気になった辰也は夢中になって色々とググりだした。


『蛇宮神社』 御祭神は『高龗(たかおかみ)の大神』 蛇宮神社と名乗っておきながら、祀られているのは龍神様だ! 社殿の近くには御神体とされる『龍の爪かき石』がある。伝承によれば、地域や川を守ってきた白蛇が役目を終えて龍になって天に昇る時に蹴った石で、石にある穴はその時の爪痕とされている。


 なるほど、そう言う神社か。さっきの白蛇といい、これも何かの縁だろう。ここに行ってみよう。そう思った辰也はコンビニに寄ってから目的の神社へと車を走らせた。


 ほどなくして目的の地へたどり着くと駐車場を探して車を停めた。フゥ~ッと一度深く息を吐いてから車を降りると神社の境内へと入って行った。 鳥居で一礼をしてから参道を進み、手水舎を探して近づいて行くと・・・。


「あれ~、何だよ水が無いなぁ~。水神様の神社の手水舎で水が無いなんて、タコの入ってないタコ焼きを食わされたような気分だ、見たところ社務所も神職もいないようだし・・・」

などとブツブツぼやきながら拝殿へと向かう。


 貧乏な辰也は大奮発して賽銭箱に五百円も入れた。“二拝、二拍手、一礼”そして○○市○○町 高草木辰也です、と名乗ると

「神様ごめんなさい。どうぞ許してください。悪気はなかったんです、申し訳ございませんでした・・・」

神に感謝を捧げるでもなく、願い事をするわけでもなく、いきなり懺悔を始めたのである。


 今から20年近く前の話である。 夏真っ盛りと言ったある日、仕事から帰ると玄関先にそこそこ大きな青大将が夕涼みをしていた。それを見た辰也は大喜びして蛇を捕まえた。


 還城楽(げんじょうらく)じゃあるまいし、それほど喜ばなくても良さそうなものだが。 貧乏な辰也の目当ては脱皮した蛇の抜け殻である。抜け殻を手に入れ、財布に入れて金運UPを図ろうと言う魂胆だ。早速、ケージの代わりにカブトムシ用のプラスティックの箱を買ってきた。虫やカエルを適当に捕って来て餌にして世話を焼いたが全く食べてくれない。


 そして数日が過ぎた日曜日である。今日は気合を入れて掃除をしようと、朝から掃除機をかけ始めた。 


 掃除機をかけていると何気に蛇の箱が邪魔になった。そこで辰也のバカの本領が発揮される。

「そうだ! 蛇だってたまには日光浴が必要だろう。よし、暫くベランダに置いてあげよう」


 太陽が燦々と降り注ぐベランダに迷うことなく蛇の箱を置いたのだった。 いい気になって掃除機をかけていると、何やらベランダの方がガサガサゴソゴソとうるさい音がする。行ってみると青大将が暴れまくっている。


「おーー! 元気がいいな~。こんなに元気がいい蛇ならさぞかし立派な抜け殻が採れるに違いない。もう少しで掃除が終わるから待ってろよ~!」


 あ~~、あーー誰かこのバカを何とかしてやってくれ~~! 熱さで蛇がのた打ち回っているのが分からんのか?


 ようやく掃除が終わり掃除機を片付けると、ベランダの方が静かになっている。

「あれ~、なんだ静かになったと思ったら蛇のくせに仰向けになって腹出して寝てやがる。 お~い、起きろ~~‼ もう昼になるぞ~~!」 


 この男のオツムは料金未払いで血液が止められているらしい・・・。


「お~い、何で起きないんだよ。起きろよ! ・・・? し、死んでる・・・。死んじゃった。 えーーーッ!死んじゃったの? 蛇の抜け殻が~、俺の金運がーー。トホホホーー」


 手の施しようのないオツムだ! もはや何も言うまい。


 残念がった辰也は、蛇を弔うわけでもなく死骸を河原の藪に捨てに行った。その後も今まで通り金運に見放され続ける事となったのである。


 こうした過去があったので、年月が経ち十分反省した辰也は、機会があったらいつか蛇に謝ろうと常々考えていた。今日、この神社を見つけたのも何かの縁。丁度いい機会だからと思い拝殿の前で心の底から懺悔したのである。懺悔と参拝を終えた辰也は、ノー天気なオツムと心もなお一層晴れ渡り心穏やかに帰途に就くのであった。


 あれから数日が経った晩のこと。


 辰也がベッドですやすやと眠りについて就いていると、突然辺りが眩い光につつまれた。驚いて目を覚ますとベッドの横で輝く光の中に絶世の美女が現れた。


「こんばんは!」 美女はにっこりと微笑む。

「え??、あ、・・こ、こ・・・。」 驚きのあまり言葉にならない。

「私は、先日あなた様に助けていただいた“白蛇”でございます」

「えーー! あの時の・・。」


「その節は誠にありがとうございました。私は、役目を終え龍になって天に帰るところで、あのクソガキどもに見つかってしまい、危うく命を落とすところでございました。」


「クッ、クソガキって・・・」

「はい、そこへたまたま通りがかった何の縁もゆかりもない真っ赤な他人の辰也様がやって来て、私を救ってくださいました。そこで、今宵は辰也様にあの時の感謝を伝え、御礼を致したくまかりこしました。」

「え~、お礼だなんてそんな・・・。あの時帰りに神社に行って懺悔したんですが、私は昔蛇を殺してしまったことがあるんですよ!」

「ええ、聴いておりました。たしかに、蛇を殺してしまったのは良くない事でした。ですがあの青大将は我ら蛇神とは違いただの蛇です。〈あの時は熱くて苦しかったぜ!〉などと文句を言っておりましたが、辰也様の真心のこもった謝罪が伝わり、何より賽銭の五百円が相当効いたらしく〈あの時の事は水に流そう〉と言って許してくれたようです。今は安らかに眠っておりますのでご安心ください」


「あ~、良かった。そうですか、安心しました。(って、結局五百円かい・・)」


「我ら蛇神は川と地域を見守る役目を担っておりますが、神力も弱く体も小さく、か弱き者にございます。眷属であるような、そうでもない様な・・・」

「眷属??」

「神の使いのことでございますよ!」

 

 眷属の中で神格が高く、神力が強大で知られているのは“白狐”であろう。

お稲荷様で知られる稲荷神、『宇迦之御魂神』(稲と農業の神、五穀豊穣を司る神)の使いである。白狐の神力は強力で、その力は神にも匹敵するとも言われている。ゆえに、しばしばお稲荷様とお狐様を混同される事があるようだ。稀に稲荷神社に参拝の際、油揚げをお供えする愚か者もいるらしい。


 また、言霊、音霊により狼は“大神”に通じると考えられ、古くから狼や山犬は眷属として崇められてきた。この国には古来より様々な眷属達が人々を見守って来たのである。


 近年、ペットブームか何か知らないがペットや家畜を眷属と同列に考える不届き者が増えていると聞く。神に対する冒涜で言語道断である。


 さて、蛇神はと言うと諸説あるようだが眷属と言うわけでもない。


 蛇神は務めを果たし終えると龍になって天に昇るとされている。つまり、“龍神見習い”の様なものである。だが無事に務めを果たし終えて天に昇れるのは僅かしかいない。多くは志半ばで病気や不慮の事故、または殺されたりして龍神になれずに無念の死を遂げる。このため蛇の怨念はすさまじく極めて執念深い。時として強大な祟りを起こすこともある。


「私は幸い辰也様のお陰で天に昇ることが出来ました。見習いを終え、晴れて“龗(おかみ)”の一員となることが出来たのです。」


「龗(おかみ)???」


「“龗”は龍の古語。 龍(竜)は漢語的表現、辰は和語的表現、それらの古き言葉、古語が“龗”でございます。 古来[“龗”とは、龍神、蛇神の類なり。龍神、蛇神は水の神なり]とあります。龗は、神や人を含め全ての生命が生まれるずっと以前から存在し、雨を降らせ大地を潤し生命を育んでまいりました。龍神は根源的な神であり自然神なのです。」


「なるほど、そうだったんですか知らなかった。毒龍とか、悪龍とか龍は恐ろしい神で暴れまくる神の使いとか聞いたことがあったので」

「それは、人や外国の宗教が創作した作り話です。それに、龍は眷属ではありません。“神”そのものなのです。古参の神々達よりもずっと古く、遥か昔より居た神でその力は最強です! まぁ、神道でいう造化三神の様な創造神の使いと言えば言えなくもありませんが・・・。」

「へ~、すごいなぁ~。最強なんですか?!」


「最強です!!」(にっこり)


「今宵は辰也様に、ささやかですがあの時の御礼の品を持参いたしました」

「え~、お礼だなんてそんな勿体ない。」

「龍神のお守りです、これがあればあなたは全ての災難を祓い除け、運が開けます!」


 そう言って彼女は差し出した。


「ゲッ、デカッ! 直径10M位あるんじゃないですか? 何ですかこれ??」

「あッ、間違えました。これは大御所様のでした。こちらをどうぞ!」

「ウッ、ちっちゃッ! 何ですかこれ?」

「龍の鱗です。これを身につけておけば龍神の加護が得られます!」


「身に着けろって言ってもこんなにちっちゃいのをどうやって・・?」


「身体のどこでもいいですから貼っておけばいいんですよ。肩に貼れば肩こりが、腰に貼れば腰痛がたちどころに・・・」

「それじゃ湿布じゃないですか!」

「ははは、冗談です。何処でもいいから貼ってください」

「ハ~、何処でもって・・・。あッ、ワワッ・・・」


 辰也が鱗を摘まみ取ろうとすると滑って左手首の甲に張り付いてしまった。すると見る見るうちに溶けるようにして手首の甲に浸み込んで行き、龍の形に似た痣の様になった。


「丁度良い所に貼れましたね。腕時計の所ですね」

「丁度良いって・・、こんなところで良いんですか? でも何かこう、身体の芯から力が沸いてきたような気がするなぁ~。龍神パワー!」

「それは気のせいです! でも、これであなたは龍神と深い絆で結ばれました。もう何も心配することはありません。龍神に加護され全ての災難を祓い除けます」

「本当ですか? ありがとうございます!」

「ちなみにその印で龍神の私と交信することも出来るんですよ! 辰也様が助けを求める時や私から連絡事項があるときなどに使います。試しに何か言ってみて下さい」


「えッ、はぁ~?。 ≪もしもし~?≫」

「ハイハイ!」

「うわぁぁぁーー、スッゲー。カッコいいーー。 科学特捜隊みたいだ!」

「ホホホホホ。お気に召して頂けたしょうか?」

「それはもう! こんな御守り初めてです。有難うございます」

辰也は舞上がって大喜びした。

すると龍神は、

「それは良うございました!」と言ってから、


 小声で「しめしめ」と呟いた。


「?? ≪しめしめ≫???」


「いえ、何でもございません。お気に召して頂ければ幸いです、本日はこれにて失礼いたします。いずれまたご縁があったらお会いしましょう。辰也様のご多幸をお祈りいたします!」


 女神はそう言って後光のさすような華々しい登場とは裏腹に、用が済んだらそそくさと帰って行ってしまった。


 翌朝、辰也が目を覚まし・・・。


「あ~、何か変な夢だったなぁ~。龍神のお守りか、えッ、ワワワッ! この痣は、・・・夢じゃなかったんだ‼」


 夢ではない。紛れもなく現実である。辰也の左手首の甲にはしっかりと痣が残っている。


 それにしても ≪しめしめ≫ とは、辰也は気になって仕方がなかった。


 この日を境に辰也の冴えない人生は360度大転換して行くのである。

(って、おい!)

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