第19話 再会
翌日、中川町のお盆の恒例行事である盆踊りの準備のため、健太郎は朝早くから、幸次郎と共に櫓の準備や、提灯の取り付け、駐車場の整備を行った。
朝、時間を見繕いながら、健太郎はみゆきにLINEを送った。
『藤田です。まだ中川にいるかな?今夜、奈緒が盆踊りに来るそうです。俺、会場準備で忙しいから、俺がいない間は、奈緒の話し相手になってもらえないかな?』
しばらくすると、みゆきから返事があった。
『良いですよ。私も久しぶりに奈緒ちゃんとゆっくり話がしたいな』
その夜、多くの人が会場を埋め尽くす中、盆踊り大会が幕を開けた。
健太郎は、駐車場の誘導で、なかなか会場に顔を出すことが出来なかった。
そんな中、スマートフォンからLINEの着信音が鳴った。
『みゆきです。奈緒ちゃんに会えました。昔話でひたすら盛り上がってまーす』
みゆきから、写真付きの本文が送られてきた。写真には、浴衣を着た奈緒と、黒ずくめの洋服のみゆきが、並んでピースサインをしていた。
開始から二時間が過ぎ、ようやく駐車場が空いてきたので、健太郎は休憩を取り、櫓の周りをぶらぶらと歩いた。まだまだ多くの客が場内を歩いたり、お囃子に合わせて踊ったりしていたが、かき氷の露店の前で、奈緒とみゆきの姿をみつけることができた。奈緒は、朝顔の絵の入った可愛らしい浴衣を着て、長い髪をアップにし、艶めかしくうなじを見せていた。
「あ!健太郎くんだ。お疲れさま。私たち、先にかき氷頂いてまーす」
奈緒はみゆきと一緒に祭りを楽しむことが出来て、上機嫌な様子でレモン味のかき氷を美味しそうに口に入れていた。
「良いなあ。俺、まだまだ仕事があるみたいだ。でも、もうすぐ終わるから、それまでちょっと待っててね」
「うん。がんばって!私たちも昔話しながら頑張って待ってるからね」
奈緒は、にこやかに手を振って健太郎を送り出した。
「先輩、無理して早めに切り上げなくてもいいですよ。私、まだまだ話足りないんで~。奈緒ちゃんともう少し楽しい時間を過ごしたいんで~」
みゆきは、けだるそうな声で健太郎に手を振った。健太郎は、みゆきの言葉に呆れながらも、手を振り返し、再び駐車場へと戻っていった。
夜も九時を回った頃、ようやく盆踊りが終わると、客は一斉に帰宅し、櫓や露店は解体作業が始まった。健太郎は駐車場整理が終わると、今度は櫓の撤去作業を手伝った。
タオルで汗をぬぐいつつも資材をトラックへと積み込み、時計が十時を指す頃にようやく作業が終わった。
ふらふらになりながらも健太郎は奈緒を探したが、会場内には居なかったので、奈緒の携帯へ電話した。
「もしもし」
「奈緒?俺、作業終わったよ。今どこなの?」
「私、すぐそこにいるよ」
「え?どこ?」
すると、後ろから突然、誰かが手を伸ばして、健太郎の目を覆い隠した。
「うわあ、だ、誰だよ」
「フフフ、だーれだ?」
「その声は……奈緒かな?」
「ピンポーン。大当たりィ!グッジョブ!」
そう言うと奈緒は、健太郎の頬にキスし、目を覆っていた手を外した。そして、健太郎の横に並ぶと、そっと手を掴み、指と指を絡めてきた。
「遅い時間になってごめんな。さ、帰ろうか」
「うん」
奈緒は、下駄でコロコロと音を立てながら、真っ暗な夜道をそぞろ歩いた。
途中、奈緒は、盆踊りの会場でみゆきと時間を忘れて語り合ったことを、嬉しそうに話してくれた。
「みゆきちゃん、すっかり大人になったよね。来月は仕事でイギリスに行くんだって。私も行ってみたいなあ」
「大人になって仕事を持つと、良いこともあれば悪いこともあるよ。俺なんか、毎日上司から何かしら怒られるしさ。奈緒は、ずっと二十歳のままでいいと思うよ」
「そうかなあ?私も、何か仕事したい。大人になりたい。でも私は、なりたくてもなれないんだよ」
「まあ、そうだよな……」
健太郎は奈緒からの返答に何も言い返せなかったが、雰囲気が暗くならないよう、明るい話題に変えようとした。
「奈緒、お盆も明日までだね。明日は、二人でどこかに行こうか?」
「うん!また海に行きたいな。あ、今年は花火見物はいいからね。夜遅くなっちゃうし」
去年、奈緒と健太郎は花火大会を見てから帰路につき、結果的にお盆が終わろうとするギリギリの時間帯に到着し、奈緒が瀕死の状態だったことを思い出した。
「そうだな。じゃあ明日は早めに帰ろうか」
「うん。あ、それから明日、一緒に行ってほしい所があるんだ」
「ど、どこ?」
「ウフフフ、それは明日までナイショね」
「も、勿体ぶらずに教えてよ!」
やがて、二人はいつもの墓地に通じる小径の前にたどりついた。
「じゃあ、今日はお別れだね。ごめんね、二人でいられる時間が取れなくて」
「ううん、いいのよ」
そう言うと、奈緒は足を伸ばして健太郎の肩に手を回し、ブチュッと音を立てて健太郎の頬に口づけした。
突然の熱い口づけに頬を押さえて照れる健太郎を前に、奈緒はいたずらっぽい笑顔を見せると、アヒルのように唇を前に突き出した。
奈緒と健太郎の唇が重なりあったその時、暗闇の中から、一人の女性がカツカツと靴を鳴らしながら、二人の元へと近づいてきた。
その姿は、健太郎と奈緒には見覚えがあった。
「お。お母さん!!」
奈緒は、健太郎から身体を離すと、悲鳴のような声で、闇に浮かんだ人影に向かって叫んだ。
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