第10話 嘲笑

奈緒の母・美江の前で、健太郎は、奈緒に出会ったお盆の4日間の出来事を詳細に語った。

美江はきちんとした身なりの、隙を感じさせない雰囲気の人であるがゆえ、下手にごまかして見透かされるよりは、隠さずにきちんと自分の体験を話すことにした。


「‥‥以上がこの夏、僕が中川町で体験したことです。奈緒さんと過ごした4日間は、僕にとっては忘れられない日々でした。そして何より、奈緒さんは凄く生き生きして楽しそうでした。彼女はもう10年前に亡くなったことを知った時、大きな喪失感を味わいましたが、彼女は僕にとって最初で最高の彼女でした。彼女はお父さんが亡くなり、お母さんだけが東京に住んでいると聞いたものですから、今日は、どうしてもお礼を言いたくて、こちらに伺いました。」


健太郎は、全てを語り終わると、頭を下げた。


「奈緒さんは、ちょっと天然ボケですけど、すごく明るくて、前向きで、楽しくて‥僕にとっては最初の彼女であり、最高の彼女でした。」


すべて言い終えた時、美江はあっけにとられた表情をしていたが、やがて、手で口を押え、大笑いし始めた。


「あははは、何言ってるのかしらこの人、ちょっと、あなた、大丈夫なの?」


「大丈夫って‥どういうこと、ですか?」


「要するに、あなたは奈緒の霊を見たってことなんでしょ?そして奈緒の霊とデート気分を味わったってことなんでしょ?そのことで、私に礼を言いに来たの?ちょっと、大丈夫なのかな?この人って‥思っちゃった。」


そう言うと、美江は再び声を上げて大笑いした。


「確かに、今の話を聞いた限りじゃ、単なる妄想話にしか聞こえないですよね。この話を信じるか、信じないかはお母さんの自由です。だけど、僕は信じてるんです。そして、彼女のために、自分が出来ることは何かって色々考えたんです。それが‥奈緒さんが生前世話になった人達にお礼を言うこと、そして奈緒さんの本当に気持ちを、みんなで受け止めてあげようということです。」


美江は笑うのを止め、真剣なまなざしで語り続ける健太郎の声を聞いていた様子だった。

そして、しばらく考え込んでから、口を開いた。


「で?奈緒の本当の気持ちって何なの?大体、家族でもない、奈緒の霊を見ただけのあなたに何が分かったの?」


「‥彼女は僕と一緒に釣りをして、お祭りを楽しみ、海で波に戯れてはしゃぎ、大きな花火に見入っていました。彼女は、遊ぶこと、楽しいことが好きなんじゃないでしょうか?それに、好奇心が強いようで、色々なことに興味を示していました。彼女の生前のことは良く分かりませんが、家で勉強ばかりやっていたという話を聞いています。」


「だから、それが何なの?私はね、奈緒には、一流大学に入って、この国のエリートたちと競い合い、切磋琢磨し、社会をリードしていける存在になってほしか

ったの。遊びだの楽しいことだの、大学生や社会人になった後でいくらでもできるでしょ?」

そういうと、美江は小脇に抱えていたチワワをソファーの上に降ろし、椅子に戻ると、健太郎を鬼のような形相で睨みつけた。


「私自身、一流大学に入るよう、小さい頃から親に言われて、大学入学までは遊びなんてほとんどしなかったもの。でも、大学に入った後は、海外留学したし、海外旅行とかも随分したわ。海外では、学んだことが本当にたくさんあった。あんな田舎にいて、一体何を学べるというの?何か楽しいことがあるの?」


健太郎は、自分の生まれ育った場所をけなす美江の言葉に正直カチンときたが、冷静になるよう自制しながら、言葉を返した。


「でも、奈緒さんにとっては、中川での生活が何より一番、好奇心を満たす場所だったんじゃないでしょうか?彼女、本当に生き生きしていましたよ。」


健太郎の言葉に、美江は顔をしかめ、これまでよりもきつい口調で言い返した。


「生き生きしていたって、あなたの見た奈緒の霊が生き生きしていたってこと?バカを言うのも休み休みにしなさいよ。」


なかなか言うことを理解してもらえず、健太郎は、少しうなだれてしまったが、気を取り直し、自分の気持ちを吐露した。


「最初に話した通り、僕は彼女と合唱部で一緒だったんですけど、彼女は大人しい子だったので、僕からもっと話しかけて、彼女の傍に居てあげて、彼女の悩みに気づいてあげるべきだった‥と思います。」


「余計なことをしないでくれる?あの子は芯が強いから大丈夫よ。」


「いや、芯が強かったら、自殺したでしょうか?家出とかしたでしょうか?彼女は、色々な形でSOSを出していたんですよ。それに、何で家族の皆さんは気づかなかったんですか?」


「家出?自殺?誰からそんなこと聞いたの?」

美江は、健太郎の口から出た言葉に驚いた表情を見せた。


「金子さんって知ってますか?中川町に唯一あるコンビニの店長さんです。」


「ああ‥奈緒に余計な手出しばかりしてた人ね。奈緒が家出した時に、私に何も連絡もよこさず、勉強もさせず、あっちこっち連れまわしてたのよ。しかも、実の親である私に奈緒を渡そうとせず、自分の娘にしようとしてたのよ。最低な男よ、本当に。告訴してやろうかと思ったわ。」


美江から出た言葉は、金子の話した内容とほぼ正反対であった。

美江からすれば、自分の娘を金子に取られそうになったと感じていたのであろう。

しかし、奈緒が東京から家出して中川町に来たという事実は認めているようだった。


「奈緒さんが家出したのは、やっぱり、その当時の生活に無理をきたしていたからではないのですか?」


「だから何だというの?あの子が私の気持ちを知らず、勝手にやったことよ。私は、あの子が快適に勉強できるよう、自分に出来ることは精一杯やっていたわよ。その頃はもう旦那がいなかったから、日中は仕事して、予備校のお金も何とか工面したし。」


「‥‥奈緒さんの本当の気持ちは確かめたんですか?」


「したわよ。彼女はいつも私に、一流大学に何が何でも受かりたいって言ってたわ。それ以外には何も言ってないわよ。」


「‥‥」

健太郎は、ため息をついた。

これ以上話しても、平行線のまま、かみ合わないまま、時間ばかりが過ぎていきそうである。

立ち去る前に、健太郎は、この部屋に入ってからずっと気になっていた、この部屋のテーブルのことを尋ねた。


「お母さん、1つだけ聞いていいですか?下世話なことですけど・・この家、今はお母さんだけお住まいのはずなのに、何でこのテーブルは4人掛けなんですか?」


「私、今は3人で暮らしてるのよ。娘が亡くなった後すぐ、再婚したの。新しい旦那とは、今の仕事で出会ったんだけど、奥さんを亡くして、1人娘を連れて私のところに来たのよ。すごく勉強する子でね、以前、奈緒が目指していた大学に現役で合格して、今は大学院に行ってるのよ。そして、来年からは国の研究機関から働くことになったのよ。」


美江は、再婚し連れ子として自分の娘になった子の話を、自慢げに語ったが、一息置いて、自分に言い聞かせるかのように語りだした。


「確かに、奈緒には色々無理難題を言ったこともある。泣かせてしまったこともある。けど、それはすべて、彼女の将来の幸せにつながることだから。今の娘は、勉強を頑張った結果、将来を嘱望される立場を手に入れたわけだし。」


そう言って美江は椅子から立ち上がると、テーブルの上の紅茶を片付けながら、訥々と語った。


「私は‥中川にいる頃、毎日が退屈だし、憂鬱だった。旦那の田舎だったんだけど、私のようなヨソ者にとにかく冷たくてね。着ている服とか、話している言葉とかを、興味半分でネタにされて、陰口叩かれて‥。おまけに地元の婦人会に無理やり入れられてね、姑ぐらいの歳のおばあちゃん達に色々いびられたり、毎週、懇談会という名前のお茶のみ会に付き合わされたり‥もう、思い出すだけでも、腹が立って仕方がないのよ。おまけに、ろくな学習塾も無いし、周りの子達も勉強しない子が多いし。奈緒がずっとあそこにいた方が、不幸になったと思うわ。」


美江は、怒りに震えながら、中川町に居た当時のことを回顧していた。

奈緒が、東京での勉強漬けの生活が苦痛だったように、美江にとっては中川町での生活が苦痛だったようである。


「わかりました。僕らはそろそろ帰ります。突然の訪問、大変失礼しました。ただ、このお盆休みに、楽しい思い出を一緒に作ってくれた奈緒さんには、心から感謝しているんです。一言、お礼を言わせてください。ありがとうございました。」

そう言うと健太郎は立ち上がり、深々と頭を下げた。


「奈緒さん‥また、来年のお盆にはこの世に戻ってくると思います。その時、良かったら、会いに来ていただけますか?ただ、その時は、余計なことは言わず、ありのままの奈緒さんの気持ちを聞いてあげてくださいね。」


そう言うと、健太郎は同席していたみゆきの背中を叩いた。

「じゃあ、みゆきさん、帰ろうよ。すみません、どうもおじゃましました。」


「お、おじゃましました。すみません、先輩がどうしてもお母さんに会いたいというから‥‥」

みゆきは、申し訳なさそうな様子で、健太郎と一緒に頭を下げた。


「全く‥合唱部には変な人がいたのね。付き合わさせられたみゆきちゃんも、大変だよね。」

美江は、腰に手を当てて呆れ顔で話すと、みゆきは頭をかいて苦笑いした。


「それではこれで‥あ、ありゃ!?‥ま、まずい」

健太郎が入り口のドアを閉めようとした丁度その時、突然強烈な尿意に襲われた。


「どうしたんですか?」

みゆきは、突然青ざめたような顔をした健太郎を、目を丸くして見つめた。


「ト‥トイレ‥行きたい。すみません、トイレお借りしてよろしいですか?」


「まあ、トイレ位なら、良いですけど、どうぞ。」

そう言うと、美江はトイレのドアを開けてくれた。

健太郎は、せっかく履いたばかりの靴を脱ぎ、トイレに駆け込んだ。


用を足しながら、健太郎は真正面にある、飾りや写真などが置かれた棚に目が行った。

何枚かの写真のうち1枚はちょっと画像が古く、その他は健太郎の見たことのない女の子‥おそらく再婚相手の連れ子を撮影したと思われる、比較的最近の写真のようである。

たった1枚の古い写真‥そこには、若かりし日の美江と、当時の旦那である剛、そして父母に手をつながれた女の子が中央に写っていた。

写真の真下には、「1995年 奈緒・小学校入学」とだけ書いてあった。

美江には、まだ、奈緒への愛情が残っているのだろうか?十分な確信はないが、それだけが美江と奈緒を繋ぐ、細い命綱であるように思えた。


トイレを出ると、健太郎は美江に一礼し、出口へ向かった。

すると、美江は腕組みしながら、健太郎を睨みつけながらつぶやいた。


「あの‥去り際に申し訳ないけど、お兄さん、やっぱり一度病院に行った方がいいと思うわよ。奈緒の霊を見て、霊と一緒に遊んでたなんて・・しかもそのことを、わざわざ私に言いにくるだなんて。常識じゃ考えられないからね。」


健太郎は、とどめを刺すかのように投げつけられた美江の侮辱的な言葉に、震える拳を握りしめ、グッと怒りをこらえながらも、笑顔で美江の方を振り向いた。


「まあ、そうかもしれませんね。ただ、僕としては、僕が真剣に話をしているのに、あなたには全然分かってもらえなくて、それがすごく残念です。・・とにかく、来年のお盆、中川にある金子さんのコンビニにいらしてくださいね。そこで、全てがわかると思います。」


それだけ告げると、玄関のドアを閉め、部屋の外で待っていたみゆきに声をかけた。

「さ、帰ろう。悪いな、時間を取らせちゃって。」


「は、はい‥先輩、眉間にしわが寄っていて、ちょっと怖いですよ。」


「良いんだよ。俺が言いたいことは皆話したから。あとは、お母さんがどう解釈するか、だ。僕の話を分かってくれると、良いんだけどな。」


それだけ言うと、健太郎はポケットに手を突っ込み、スタスタと南阿佐ヶ谷駅へと急ぎ足で歩き去っていった。


「ちょ‥ちょっと先輩、私を置き去りにしないでくださいよ!」

みゆきは慌てて、駅へと急ぐ健太郎の背中を追いかけた。

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