第63話 尻尾の毛を毟らないで!

―― ヒュン!

ぶち!

「キャン!」


鳥居ちゃんの悲鳴に驚いたミカエル君が振り返ると、運動神経バツグンの鳥居ちゃんが転がって、尻尾を抱えてうずくまっていた。


「鳥居ちゃん!」

駆け寄ると、尻尾を抑えて痛みをこらえていた。


「あいつら……!」

ミカエル君が上を見上げると上空で二羽のカラスが旋回していた。

どうやら、あのカラスたちが鳥居ちゃんの尻尾の毛を狙ったようだ。



―― 鳥居ちゃんの尻尾に10円ハゲが出来た。


心配したミカエル君に連れられて薬師如来様のところに来た。薬師如来の神通力治療によって、もう痛みはなかったが毟られた毛は戻らない。鳥居ちゃんのフサフサの尻尾に10円ハゲが出来てしまった。


ハゲた尻尾を抱えてしょんぼりと落ち込む鳥居ちゃん。

お耳も倒れてしまった。

「僕、あのカラスを許さない!捕まえて食べてやる!」


「ミカエル君、この島で殺生はだめだよ」

「鳥居ちゃん……。」

「それに尻尾の毛は、また伸びてくるから」

それまではハゲが残るようだ……。


「鳥居!」

「鳥居は、ここか?」

「鳥居はどこじゃ?」

薬師如来から知らせを受け、鳥居ちゃんの生みの親である祭神たちが駆けつけた。


市杵島姫命様いぢきじまひべのみごどしゃば田心姫命様たごりひべのみごどしゃば湍津姫命様たぎじゅひべのみごどじゃば…うっぐ……えぐえぐ」


祭神たちの顔を見た途端、鳥居ちゃんが泣き出した。


「鳥居…」

市杵島姫命いちきしまひめのみこと様が鳥居ちゃんを抱き上げ、優しく背を撫でる。


「と、鳥居の尻尾が……」

田心姫命たごりひめのみこと様と湍津姫命たぎつひめのみこと様が10円ハゲの出来た鳥居ちゃんの尻尾を見て青ざめる。


「さあ、これで尻尾は元どおりじゃ」

市杵島姫命いちきしまひめのみこと様が鳥居ちゃんの尻尾にできた10円ハゲを撫でると、もとのフカフカな尻尾に復元された。



「ねえ、僕は見たんだ」


「ミカエル?」

「鳥居ちゃんの尻尾を毟ったのは二羽のカラスだったよ。この島では殺生を禁じられているけど島の外でならいいんだよね?

僕、あのカラスたちを捕まえて海に沈めて溺死させてから丸焼きにして食べるよ。

それなら良いでしょう?」


「ミ、ミカエル…」

静かに怒るミカエル君は怖かった。美少年なミカエル君が怒った顔は凄まじく、祭神たちもゾッとした。

しかしミカエル君がカラスを食べるのはダメだ。


―― なぜなら祭神たちには犯人のカラスに心当たりがあったのだ。


「ミカエル、鳥居を想う其方の気持ちはよく分かった」

「ありがたく思うぞ」

「しかし、この件はワシらに任せておくれ」


「でも!」

自分の手で懲らしめたいミカエル君は納得出来ない。


「ちゃんと罰する」

「だから我らに任せておくれ」

「……。」

「ミカエル?」

「…分かりました」


「さあ、今日はもう遅い。ミカエルと鳥居を送ろう」



ミカエル君を大聖院の聖ミカエル像に送り届けた後、鳥居ちゃんを子育て観音に預けた。



厳島神社に戻った祭神たちは頭を抱え、ため息をついた。


「鳥居の耳が倒れっ放しじゃったな…」

「尻尾も下を向きっ放しじゃった」

「……其方たちはなんということを、しでかしたのじゃ!」


祭神たちの前に反抗期のカラスの兄弟が不貞腐れたように座っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る