第70話

「久々に外で食べるのも悪くないわねー。片付けもなくて楽だし。……って言っても、あの家は私なんかが片付けしなくても勝手にされるのだけど」

「だから、昨日手際が悪かったのね。メイドさんたちに甘えすぎよ」

「分かってるわよー」


車の中で、俺のような一般市民には分からない話が繰り広げられている。美鈴ちゃんに財閥系の家ってどうなっているのかという疑問を聞こうと思ったのだが、ご飯を食べてお腹がいっぱいになったのか、絶賛俺の膝を枕にして寝ている。中村さんは運転中だし。

というか、話だけを聞いていると愛美と百合さん、どっちが母親でどっちが子供なのか分からない。別に百合さんがどこか抜けているというわけじゃない。愛美がしっかりしすぎているのだ。言うなれば自立しきっている。けど、愛美らしいといえば愛美らしいのだろう。


「ねぇー、柊くん。この子いつからこんなに口うるさくなったの?」

「はは。初めてあった時からそうでしたよ。……両親のどちらかに似たんじゃないですか?」

「えー。そんなことないと思うわよ。私がこの歳の頃こんな風じゃなかったもの」


この二人性格も違えば顔も全然似ていない。本当に実の親なのか疑ってしまう。そのくらい親子の共通点が無い。


「柊くん、もしかして親子なのか疑ってる?」

「え!?い、いや、まぁはい」

「よく言われるのよね。けど」


そう言い小さなバックから、スマホを取り出して画面を俺に見せる。


なんだ、この親子。人の心を読んだり、嘘を見抜いたり。エスパーの血でも流れているのだろうか。


「はい。私の小さい時の写真。どう?似てるでしょ」


画面に映っていたのはアルバムから切り取られた少し古めの写真。そして、外見なのだが瓜二つ……いや、そのまんまの愛美が映っているように見える。美鈴ちゃんは幼さが残っているから驚くほど似ているわけじゃない。


「これ、愛美じゃなくて百合さんなんですか?」

「そうよ」

「すっごい似てますね」

「そうなのよー。……あっちに似なくてよかったわ。顔も性格も」


少し暗いような顔になる。

あっちとは父の方だろう。今の父、桜崎の理事長とは再婚をしたと前に愛美が言っていた。


「唯一似たのは髪色くらいね」

「でも、百合さんも茶髪じゃないですか?」

「これは染めてるだけ。本当は美鈴みたいに真っ黒なのよ」

「そうなんですか」


確かに、愛美と美鈴ちゃんの外見の大きな違いは顔じゃなくて髪色だ。愛美の茶色の髪はどこか暖かく太陽を感じさせる。一方美鈴ちゃんの黒髪は真っ暗な夜を思い起こさせる。


膝の上で気持ちよさそうに寝ている美鈴ちゃんの頭を撫でると顔から柔らかい表情が溢れる。サラサラとしている髪は、いつまでも撫でていたいと思ってしまう。……ただ、それを見ている愛美は少し不満なようで目を細めて眉間に皺を寄せている。


うわ、怖。そろそろ撫でるのをやめておこう。後から何されるか分かったもんじゃない。


「それより、柊くんレストランでキョロキョロしてたけど、どうしたの?」

「い、いや、初めての場所だったので緊張してただけです」

「本当にー?」

「本当ですって」


あの時、ラッキーなことにレストランで誠たちと会うことはなかった。まぁ、知られるのが早かれ遅かれ愛美と俺の話が広まる結果は間違いなく変わらないのだが。

はぁ、明日のことを考えると胃が痛い。


美鈴ちゃんみたいに心地よく寝ていれたらどれだけいいか。少しだけ美鈴ちゃんが羨ましい。


そんな事を考えているともういつもの家の前だった。


ご覧の有り様の美鈴ちゃんは名前を呼んでも起きる気配がないから、俺がおんぶして部屋まで運ぶことにした。その際百合さんがカメラを構えて、何やら興奮したかのようにシャッターを切った。


「ちょ、何撮ってるんですか」

「我が娘の可愛い瞬間を収めちゃいけないのかしら?」

「ぐっ」

「ほら、早く運ばないと起きちゃうわよ。その子私に似て寝起き機嫌悪いんだから」 


それは俺も理解している。


前一度だけ、愛美に変わって起こしにいったことがあるのだが美鈴ちゃんの機嫌が悪すぎてボコボコに殴られた。女の子だからそこまで痛くないけど塵も積もれば山となるだ。蓄積された痛みが俺を蝕んだ過去がある。さらにその事を美鈴ちゃんは覚えていないのだ。これほどたちが悪いことがあるだろうか。愛美は寝起きいいのに。


「そういえば美鈴ちゃんて進学先どこなんですか?ずっとこのまま……ってことは無いですよね」


別に美鈴ちゃんは学校に行かなくて家にずっといても困ることは一つもないだろう。自分が働かなくても生活はできる。それも貧困な、じゃなくて裕福な生活だ。けど、美鈴ちゃん自身親の脛をかじるつもりは毛頭ないだろう。だってこの子は見た目によらず俺よりずっと大人だ。


「えぇ、もちろん。あなたたちと一緒の高校よ。そっちの方が安心できるし」

「え、そうなんですか。……でも」

「あら、もしかして学力の心配をしているのかしら?」

「まぁ」


身をもって体験をしたことがあるからこそ、分かるあの大変さ。先生の教え方は全国でもトップの分かりやすさだと思う。けど、桜崎はエリートが集まる場所。難しいものは変わらず難しい。

学校に行ってない美鈴ちゃんがついていけるのかと心配してしまう。


と、突然前を歩いていた愛美が「柊」と俺の名前を呼ぶ。


「美鈴は全国模試三位よ。あなたに英語を教えているのは誰かしら」

「ぜ、全国模試三位?それって」

「私たちが学校に行っている間に美鈴が何もしないでゴロゴロしていると思ったら大間違いよ」

「お、おう」


珍しく愛美が熱のこもった言葉を口にする。

美鈴ちゃんの苦労を少なからず愛美が理解している事がうかがえる。

けれど、美鈴ちゃんの苦労は俺だって少なからず分かっているつもりだ。


「とりあえず、寒いから早く暖かい場所に行きましょう。風邪ひいちゃうわ」

「そうですね」


凍てつくような冷たい風が体を震わせる。こんな日には温かいココアが飲みたくなってしまう。


明日は寒くならなければいいなと心から願った。


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