第4話 恐怖を乗り越える為に

 遊撃部隊の戦闘が終了後、総次と真から無線で戦闘状況に関する報告が麗華達の元へ入って来たのは、それぞれ三十分後だった。


「第一遊撃部隊は、警察と新戦組の連合戦力を無事に保護し、その上で敵軍を撤退に追い込み、保護したメンバーを各支部に護送できたようね」

「でも問題は……」


 そう言いながら薫はもう一つの報告の方に注視していた。MASTER大師である幸村翼が前線に乱入し、新戦組と警察の連合軍をたった一人で翻弄したに留まらず、崩壊寸前まで追い詰めたということである。


「彼が闘気の実質的な最終形態である創破に目覚めていることは、最早疑いの余地はないわね。それも単身でここまでのことが出来るとなると、昨年の沖田総一に匹敵する力を有していると考えてもいいわね」

「でも麗華、彼に対抗しうるのは……」

「そうだけど、総次君の負担も相当に掛かるわ。今回も味方を救うために狼盾を発動して、かなり闘気は減少してるわ」

「あの技を使ったの?」

「ある程度コントロールできるようになって、多少は闘気が残ってるから短時間の戦闘は出来るけど、すぐに撤退させるわ」

「そうなるような状況に彼を置かないようにしなければならないわね。もっとも、本人が一番その辺りを分かっていると思うけど……」

「本部に帰還したら、あの子と協議する必要があるわ」


 そう言って麗華は目を通した報告書の入ったUSBをパソコンから抜いて保管用の引き出しに入れた。


「他の地域はどう?」

「各地で今回の行動に呼応して起きた他のMASTERの構成員による暴動は初期状態で鎮圧で来たわ」

「でも、妙ね……」


 薫はどこか腑に落ちない様子を麗華に見せた。


「幸村翼の率いる部隊であれば、組織内でもトップクラスの精鋭部隊のはず、にもかかわらず比較的苦労することなく撤退させることが出来たのが?」

「実際、幸村翼が率いて襲撃した目黒区では、総戦力の八割以上を彼と百人程度の部下で一蹴してしまったらしいわ」

「となると、今回の戦いでは先遣部隊による奇襲と同時に、幸村翼個人の戦闘力を誇示し、私達への精神的プレッシャーと人的被害の拡大を図った……」

「そう考えるのが妥当だわ。それに彼の部下にも手練れが多いわ。それらが一斉に二十三区に進行すれば、厄介ね」


 薫の意見に同調しながら、麗華は手元の紅茶を一口啜った。


「それで、麗華ならどうかしら?」

「どうかしらって?」

「今のあなたと幸村翼と、どちらが力として上かってことよ」

「今日の様子を見る限りは、私でも危ないと思うわ」

「そこまで……」

「去年の私なら総次君を一方的に抑え込むことが出来たけど、この一年で総次君もいろんな戦闘に参加して経験を積んだし、総次君ならば可能だと思うけど」

「それは技術的な面? 闘気の面?」

「技術的ならともかく、闘気の面では私の方が差がつけられてるわ。量に至ってはそれこそあの二人とその他では雲泥の差だわ」

「今の戦いは闘気がメインになっている以上、その量や出力を上げられるか否かが戦いに勝つ重要な要素になるわね」

「まあ、ね……」


 そう言いながら微笑む麗華だが、力不足に関して思いつめている様子だった。


「ねぇ、麗華」


 するとそんな麗華を、薫は静かに抱きしめる。


「薫?」

「心配することはないわ。あなたの凄さは私が一番分かっている。どんなに強大な力を持った相手であっても、あなたなら必ず生き延びるわ。そして勝つ。そうでしょ?」

「そうね……薫、あなたは本当に凄いわね」

「どうしたの? 急に」

「ううん。あなたはいつも私のことをこうやって一番近くで支えてくれたわ。どんなに不利な状況であったとしても、いつも私を信じて、そしてみんなを信じてくれたわ」

「それは、新戦組の副長として当然のことをしているまでだわ。それに、私もあなたと一緒に七年間戦ってきたのよ。そして麗華、私はあなたと一緒に……」

「私もよ、薫」


 そう言いながら麗華は、肩に置かれた薫の手に自信の手を優しく添えた。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


 午後四時。任務を終えた総次と真が帰還し、麗華と薫に報告を終えていったん組長室に戻っていた。


「また使ったんだね。狼盾」

「状況が状況だったので、闘気の大半を使い切ってしまいましたが……」


 今回の戦いで一気に大半の闘気を使い切ってしまったことを謝罪する総次だったが、真はそれに対してそこまで重篤に思っていない様子だった。


「でも戦いには支障はなかったね。それに闘気は明日には全回復するんでしょ?」

「ええ」

「なら問題ないね。明日からも活躍を期待してるよ」

「その件ですが……」


 すると総次は何かを懸念するような表情になる。


「どうかしたのかい?」

「……第一遊撃部隊を、最前線から外そうと考えているんです」


 総次はその場に立ち止まってそう話し、真も足を止めた。


「どういうことだい?」

「霧島さん達と同様に、都内各地の路地裏や細い道に潜んでいるであろうMASTERの増援部隊の殲滅に任務を切り替えようかと思っています」

「君の力は前線でこそ最も効果を発揮するものなのに」

「……どうも警察の人達と一緒に戦っていると、彼らの方が委縮してしまうようなので、それだと部隊全体の指揮にも関わるかと……」

「やれやれ、まだ警察は沖田総一の亡霊に怯えているんだね」


 申し訳ない心境で語る総次に、真はあきれ返ったような表情になる。


「いい加減にしてほしいものです」

「それだけ色濃く残った出来事だったのも事実だからね。まあそれはさておき、その旨をどうしてさっき麗華に伝えなかったの?」

「伝えようとは思ってましたが、迷ってしまいまして……」

「戦略上、総次君の力が大きなアドバンテージになっているのが事実だから、断られるんじゃないかって思ったの?」

「遊撃部隊は自由に行動を起こすことは出来ますが、それでも今の新戦組の基本方針に背くやり方になる。そうまでしても警察に配慮しなければならないと思うと、どうすべきかどうかが……」

「だから、考える時間が欲しくなったってことなんだね?」


 真の指摘に対して総次は無言で頷いた。


「ただ、やはりそうすべきだと今になって思いました。なので、後で時間を見つけて局長には報告しようと思います」

「でも麗華達が素直に賛成するかな?」

「遊撃部隊には自由な裁量で行動を起こすことが出来る権利があります。理由を説明すれば許容してもらえるでしょう」

「まあね。麗華はともかく、薫の反発は予想できるけど」


 真は総次の説明に対して一定の理解を示しつつ、薫の反応を考えて些か心配げな表情になった。


「そう言えば、鳴沢さんと剛野さんは警視庁に向かったんですね。先程局長の話で知ったんですが」

「保護した警察官を所轄署や本庁に返したって言う報告があってね。後で二人はこっちに帰還する予定だよ」


 多少驚いた様子でこの報告を受けた総次と対照的に、真はこの件について特にリアクションを取ることなく堂々とした態度で聞いていた。


 だが真のこの発言は確かで、正規部隊を一部隊に付き五百人規模に拡大して各地に散らした関係で、本部に残った実働部隊のメンバーは遊撃部隊と陽炎のみ。それだけでは万一本部に攻め込まれた場合の防衛戦力としては力不足に陥るので、佐助と助六の部隊それぞれ五百人と麗華が新たに編成した独自の部隊五百人の計千五百人を残すことで最低限の防衛力を確保したのだ。


「まだこの場所のことは、警察の情報操作や情報管理室による妨害でまだ敵も感知していないはずですが、やはり翼が相手となると難しくなりますね」

「これまで幾度となく官僚や政治家、権力者達の不正や違法行為を明らかにして制裁を下してきた彼らの情報収集力は馬鹿にならない。しかも彼らが暴いた不正の中には、警察も公安関係の組織も全く掴んでいなかった連中の情報が四割以上を超えていたからね」

「翼が大師となり、組織の全権を担う立場になれば、今までのように燻っていることはない。あらゆる手段を用いて、じわじわと力を削っていくでしょうね」


 翼の脅威を誰よりも知り尽くしている総次だからこそ、そう言いながら不安で微かに手が震え始めていた。


「怖いのかい?」

「……組織のトップとしてのあいつを考えると、別の意味での恐怖あります」

「つまり、自分達も弱みを握られる可能性があるって言いたいんだね?」


 真にそう尋ねられた総次は静かに頷いた。


「新戦組もMASTERの関係者に限定し、かなり非人道的な手段でターゲットを暗殺していたというものがあります。陽炎以前の特殊部隊にも、謀略を用いて本来なら拡大させてはいけない被害を出してしまったと。それこそ、暴かれれば新戦組の正当性が根底から覆されかねないこともあると」


 途中から詰問するように尋ねる総次に、真は些か口籠った後に口を開いた。


「陽炎が結成される前の特殊部隊には、MASTERへの敵対心からかなり過激な行動をとることは多かったよ」

「今となってはそれらの部隊は悉く逮捕されたと聞いていますが」

「事後処理に近い感じだけどね。それを知って君はどう思った?」

「これだけ大きい組織である以上、不正や違法行為はあると思いましたが、納得いかないものがあります。椎名さんはどう思われてますか?」

「……いくら特殊部隊を中心に法規粛正をしたとしても、そのあとの渡真利警視長の件もある。でもこの事実はいずれ自分達で明らかにするつもりだよ。いつまでも隠し続けるようなことはしない」

「公表するタイミングは、考えていらっしゃるんですか?」

「薫と僕、そしてみんながこの国を再生することが出来たとき」

「となると、かなりの期間は隠すことになりますね」


 総次は些か不満げにつぶやいた。


「確かに、ね。でも必ず公表するよ。いつまでも自分達にとって都合の悪いことを隠す訳にはいかないからね」

「そうであると信じています」


 そう言いながら総次と真は再び司令官室へ向かって歩き始めた。



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