第2話 一分でも一秒でも早く

 大師討ちでは、対MASTERの為の次の作戦の立案に苦慮していたが、その中でも渡真利派は最右翼として武断的な解決を考えていた。

しかし内容が内容故に、それを表ざたにしないよう情報漏洩の対策を講じ、その内容は渡真利派以外の大師討ちにも知らされなかった。


「やっぱりリーダーはあれをやるつもりなのか?」

「十分にあり得ますね。連中の好き勝手をさせない為にも、非情の策は必要でしょう」


 大師討ち専用休憩室のドリンクバーで苦み走ったコーヒーを飲みながら、白金と黒谷は今後の渡真利の方針について話し合っていた。


「地方の時はすんなりできたものが、警備局長の介入で出来ないと来た。いつまでもあの人の管理下では事が遅滞する」

「同感です。警備局長やその息のかかった先代リーダーのやり方で多くの大規模襲撃を未然に防げましたが、去年に入ってからは状況の変化で後手に回ってます」

「……やはり、リーダーのやり方の方が迅速に事を終わらせることが出来る。そうでなければ仇も討てない……‼」


 拳を強く握りしめ、キリキリと歯を食いしばる白金。


「聖翼の命日で殺された、婚約者の一葉さんの為に、ですね?」

「お前もそうだろ? 弟を含めた家族を殺されて……」

「結局二人揃って、当時の渡真利警視正と共に地方へ流されました。東京に戻ってくる日をずっと待っていました。その我々にとってこの参集は僥倖です」

「リーダーだってもどかしく思ってる。新戦組もこの調子じゃあ、もう役に立たないだろう」

「敵が未知の存在だったとはいえ、警察署への援護が出来ず、自分達の拠点すら守れないとなると……古参組はともかく、一緒にいた澤村修一以下三名特に醜態でしたからね」


 黒谷は額に手を当てて呆れ返りながら言った。


「いずれにしても、明後日には例の作戦を決行できます。その時に全ての決着を付けましょう」

「……そうだな」


 そのまま白金はコーヒーを飲み干し、紙コップを握りつぶした。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


 午後八時。MASTERでは次の攻撃拠点の指定と警察・法曹界への圧力を強めていた。同時に以前から懸念されていた問題についての再確認も行われ始めていた。


「例の過激派連中の掃討は、結局大半が新撰組モドキによって行われてしまいました。我々の方で行うことが出来たのは半分程度。それも事が事なので暗殺や隠密行動に限定されています。ここ最近の連中の活発さによってそれも遅滞してしまったからには、我々の足枷になりかねません」


 大師室で翼に報告と進言したのは加山だった。


「その上敵は、昨年以上に情報管理も随分としっかりしました」

「やはり、例の警察の新リーダーの力ですかね?」

「でしょうね。先日勝ちを得ても、油断ならないのは確かです。過激派連中の追跡任務と含めて、こちらも情報関連をの強化を図るのがいいでしょう。御影も忙しいので、その辺りはあなたと財部さんにお任せします」

「ご命令、承りました。早速情報戦略室へ連絡を入れます」


 そう言って加山はデスクに座って内線でそれを伝えに入った。すると大師室のドアが開いて御影が入ってきた。


「警察と検察の様子は?」

「既に組織として は限界に来てると見ていいだろう」

「そうか」

「それにしても、作戦を始めたときはこうも上手くいくとは俺も思わなかったよ」

「法に携わる人間がテロリストの要求に簡単に乗ることはないと、考えてたんだろう?」

「だが連中はそれに応えた」

「矜持を汚されたと考得れば当然だ。もし無視すれば、自分達で信念から目を背けたことに等しい」

「そこをお前は利用した。奴らの限界を民衆に知らしめ、それで自分達の方が優秀であり、より迅速に悪を法網に掛けることが出来るとアピールするんだろ?」

「もう少し持ち堪えると思ってたが……」

「お前、本当に警察を信じてるんだな?」

「……信頼二割、失望八割だな」


 翼の心中は複雑であった。彼は警察組織の現状に失望しているが、真っ当な警察官や検事がいることも分かっているので、ためらいもあった。彼らの正義を奪い取るにはそれしかないことを理解しているが、彼は警察や法曹界の人間に対して完全に失望しきれないでいた。翼の矛盾した感情は彼個人のジレンマにあると言っていい。それを御影も察していた。


「それで、残り二割の信頼が失望に変わる可能性はあるか?」

「分からん。だが今回のを見ても風前の灯火だ。情けないことこの上ない。あれでよく組織を回したものだ」


 不満そうな表情になる翼を、御影は意地の悪そうな表情で見つめた。


「……どうした?」


 そんな御影の表情を不思議そうに眺めながら尋ねる翼。


「どう考えても、あんな量の案件を処理しきれる訳ないだろ? いくら日本の警察や検察が優秀でも限界はある。そしてお前は連中に限界点以上の量を叩きつけた。心身共に追い詰められ、発狂し、倒れたりする連中は数知れずだ」


 御影の言葉に視線をそらしながら口を挟むことなく聞き続ける翼。それを見て御影は更に話を続ける。


「……お前なりの奴らへの批判なんだろう? 辛辣だな。自分達の不始末で自滅するように仕向けるなんて」

「それだけ、連中が信念を支える努力を怠ってたんだ。当然の結果だよ」

「効果はあったが、あの新リーダーが次にどう動くかが気になるな。この間出て来た新手の闘気使いもなかなかの実力者だったし。多少力をコントロールしていたとはいえ、あの両師団長と互角にやり合ったのは事実だ」

「だがその二人も新撰組モドキの連中も、誰一人としてあのお二人に手傷を負わせるに至らなかった。無論、お二人への懸念はあるから油断は出来ないが……」

「油断せず、しかし構えすぎず、ってことか?」

「それに赤狼七星もよくやってくれている。その点は本当に感謝している」

「今更そこまで言わなくても大丈夫だ。むしろ俺は今回いささか謝らければならない」

「謝る?」

「次の敵拠点攻撃だが、まだ低リスクで落とせる拠点が割り出せていない。多少のリスクがあっても落とせる拠点も少なくなっていて、ある場所も敵の警戒が厳しくなっているんだ」

「これまでのことや、二週間前の件もある。警戒が更に厳しくなっていても不思議ではない。全体の八割の戦力は本部にあるから拠点を攻め込まれても過ぎに反撃に転じられるだけの力もある。そこまで言わなくても大丈夫だ」

「そう、なのか?」

「ああ。それも敵はこちらの出方をうかがってまだ行動を起こしていない。長くはないにしても時間は確保できてる。ある程度余裕をもってやればいい」

「分かった。情報戦略室の連中にもそう伝えておく」

「そうしてくれ」


 そう言った翼に、御影はにこりと微笑みながら敬礼した。真面目ではあるが、このように味方には無茶を強いることを絶対にしないという、彼の不器用さをらしいと思ったからである。


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