第12話 復活と、憎悪と

 本部に帰還してからの修一と花咲姉妹の精神はボロボロであった。一通りの報告を終えてフリールームで一休みしていても、表情は暗いままだった。昨年の東京襲撃の際に沖田総一の幹部を葬った実力がありながらも、相手に傷一つ負わすことなく敗北したことで自信を喪失しかけていた修一。

 昨年のBLOOD・Kの時と並び、再び支部を守り切れなかったという自責の念に駆られていた花咲姉妹。両者共に、己も無力さに嘆いていた。


「……俺達は役立たずかよ……」


 悔しそうにつぶやく修一。それは真正面の椅子に座って自信なさげに頷く花咲姉妹。それはこの時の三人の気持ちと言っていいものである。


「考えてみたら俺達。訓練の時、いっつも総次に負けてた。一対一でも三対一でも」

「どんな状況にも対応できてるし、頭もいいし剣も強いし、今じゃ私以上の闘気もある。なのに私達はあの子に頼りっきりで、色々背負わせて……」


 総次のことを思い出してますます自信を無くす修一と冬美。修一の言葉は確かに事実だった。もっとも、これは三人の戦い方が連携を重視したものであり、あらゆる状況や相手、距離を問わず戦え、尚且つ桁違いの機動力を武器にする総次との相性の悪さ故で、そこまで気にすることはない。だがこの時ばかりは、二人はそう考えられなかった。


「……こんなんで俺達、総次を支えられんのかよ……」

「なに落ち込んでんだ。お前らしくない」

「そうよっ‼ そんなのいつもの修らしくないわっ‼」


 そこへ冷めた女性の声と、芯の通った女性の声がフリールームに木霊する。三人が出入り口に目を向けると、やや怒り気味の勝枝が仁王立ちし、その隣に立っていた未菜はいつになく険しい表情で修一を叱責した。


「勝枝ちゃん、未菜さん」


 その姿を見て、冬美が二人の名を弱々しい声でつぶやいた。


「いつまでも過ぎたことを気にしてても、何も始まりはしないし、戻って来ない。反省すべきとしても、いつまでも引きずるな」


 そう言いながら修一の右隣の席に座る未菜。


「分ってるよ‼ でも支部も守れない上に多くの仲間を死なせちまって……‼」


 ムキになって未菜に吠える修一。


「それはあたし達がこれまで何度も経験したことだろ?」


 勝枝の冷淡で、しかし正論を聞いて三人は黙ってしまった。


「あたし達はこれまでいくつかの大規模襲撃を防げなかった。夏美ちゃん達の時も修一の時も、美ノ宮大学の時もだ。どんなに誓っても、どんなに力を尽くしても、虚しく決意を無にされちまう時がある」


 思い出したくもないことを思いすかのように表情が強張りながら話す勝枝。そんな彼女の話に、三人はいつの間にか俯きがちに聞いていた。


「それでもあたし達は立ち止まっちゃいけないんだよ。死んでった連中の為にも、今を生きている皆の為にもだ」


 そう言い終えた勝枝はすくっと立ち上がり、花咲姉妹の頭をそれぞれ短く、だが優しく撫でた。


「修、悔しいんでしょ? だったらどうするのか、もう分かってるでしょ?」

「未菜……」


 未菜の言葉に、八つ当たり気味だった修一は少々落ち着きを取り戻した。


「ま、そう簡単に割り切れないだろうけど、早く立ち直れよ」


 すると三人は静かに立ち上がり、勝枝にお辞儀をしてその場を立ち去ろうとする。すると修一が左右にいる花咲姉妹の顔を見てこう言った。


「二人共、行こうか」

「何処へですか?」


 その言葉に首を傾げながら尋ねる冬美に、夏美はこう言った。


「決まってるでしょ? 訓練場よ。今の時間ならまだ使えるわ」


 夏美のその言葉に無言で頷いて肯定した修一に、二人は付いていった。


「修‼」


 すると未菜が修一の背に声をかける。


「明日も特訓するんだったら、あたし、皆にお弁当持ってくるから‼」

「ありがとう。頼むぜ」


 そう言って修一は大手を振って未菜の心遣いに応え、訓練場へ向かっていった。


「……簡単じゃないことだからこそ、乗り越えないといけないんだ。それが必ず次に繋がる。忘れんなよ」


 そう言って勝枝は立ち去る二人の背中にエールを送った。



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 午前零時二十分。現場から警視庁に帰還した黒谷と白金は、大師討ちリーダーの渡真利への報告の為に即座に大師討ち本部に到着していた。


「随分と失態だったようだな」

「このような醜態をさらし、無数の仲間が死ぬのを阻止できなかったのは我々の力不足故、申し訳ありませんでした」


 デスクから立ち上がっていった渡真利の言葉に、黒谷は申し訳なさそうな表情で答えた。


「白金。敵の様子はどうだったのか分かるか?」

「闘気の扱いに慣れ、力も相当なものです。例の新戦組ですら手こずっていました」

「新戦組もか……」


 そう言いながら着席して考え込む渡真利。そんな渡真利に対して不満げな白金は更にこう尋ねた。


「リーダー。あんな素人連中にこれ以上任せっきりでは、警察の威信も正義も無力と思われます。それがMASTERの蛆虫共を調子に乗せる理由になっていると思うのですが……」

「戦闘経験では彼らの方に一日の長がある。まあ、確かにここ最近の敵の力に比例してその優位性が落ち始めているように見えるのは事実か……」

「私も似たような感想を抱きました。ここは大師討ちの力を更に強化して一気に……」

「組織や地形の都合で遅滞している拠点に対して、いよいよあの作戦を使わざるを得ないか……」


 そう言いながら改めて考え込む渡真利。するとデスクを立って司令室のドアに向かって歩いていった。


「リーダー?」

「少し外の空気を吸いたい。一人にしてくれ。それと、一応例の作戦を実行に移す場合を考え、東京全域の連中の拠点の確認を頼む。今から行けば恐らく二週間以内に全ての準備が整うだろう。その責任者としてお前たち二人をたった今より任命する」


 突然の行動に驚く白金と黒谷に、渡真利は静かに答えて外に出た。


「……ふう……」


 ため息を一つつきながら、首元に掛けていたロケットペンダントを取り出した渡真利は、それを開けて中の写真を眺めた。そこには彼と同年代の女性と十九か二十歳の女性の姿が、渡真利と共に映っている。


「裕子、絵美里。分かっている。今私が考えていることを、実行しようとしていることをお前達が望んでいないのは。だが国家のガン細胞の完全なる排除の為にも、どんな犠牲を伴おうとやらねばならないことがある。罰を受ける覚悟はできている。もう私はお前達と共にいることは出来なくなるだろう……」


 神妙な面持ちでそう言う渡真利は、そっとロケットペンダントを外してポケットにしまった。


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