第十五話 グリシャ・G・クリスタの憂鬱

 ――最近姉の様子がおかしい……。


 それが、クリスタ王国第四王女。グリシャ・G・クリスタの悩みだった。


 最初のきっかけは、姉が貧民街掃討作戦の指揮官として行った時から約三週間も経ったころだろう。


 なぜか! よく王宮を出て王都の方に出かけていくのだ。

 もちろん今まで王都まで行かなかったわけではない。しかしそれも数か月。多くても一か月に一度だ。

 それがなぜか短い間に何度も行く。


 国も最高戦力のハクアが何をしているのか把握しようと監視をつけるも、一瞬で気づかれて撒かれてしまう。直接聞くにもはぐらかされる。無理に聞き出す事も出来ず、姫騎士がよく王都に行くという事しか分からなかった。


「姉様。姉様が心配なので、私はちょっと調べさせてもらいます」


 グリシャという少女は、姉が好きだった。

 もし、何かに騙されているのではないか。何か危険な事に巻き込まれているのでは。そう考えると居てもたってもいられない。秘密裡に調べる事にした。しかし――。


「くっ。姉様は凄すぎます」


 姉が出かけるところをつけようにも、なぜか知らぬまに消えている。かなり距離をとったハズなのに撒かれてしまう。姉の凄さを感じながら、でも今回ぐらいはポンコツなところを見せて欲しいと思ってしまう。


 ――しかし。諦めない!


 尾行が出来ないならば聞き込みだ。まずは王宮の召使いたちに、最近なにか姉の変わったところはないかと聞くが、誰ひとりとして知らない。そもそも、姉はあまり交流をしない孤高の戦士だったと思いだした。


 ならば、王都まで降りて目撃証言を探そう!

 しかし王都という場所は広すぎて、人一人の目撃証言なんて砂漠で米粒を探すような物。


 いろいろ考えるがどれも上手く行きそうにない。もうあきらめるしかないのか……。そう思った時だった。


 ――姉が消えた。


 最初のきっかけは朝起こしに行った侍女で、ベッドの上に誰もいない事に気づいて大パニック。城中の侍女に執事に騎士すべて導入して探すも、見つからない。

 一万の兵と同等の力を持つ姉の失踪は、国が大打撃を受けるほどの事だ。

 混乱の中、ひょこんと姉は戻ってきた。


「どうした、の? たくさん人がいて」


 姉の捜索に王都まで騎士を出そうとしたところで、姉はきょとんとした表情で帰ってくる。

 さっそく姉は、国の宰相や騎士団長。王に、どこか行くならば護衛をつけてから行ってくれと頼まれていた。

 一瞬で断ったそうだが。


「姉様。……心配しておりました。どこに行っていたのですか?」


 姉はどこに行っていたかなど一言もしゃべらなかったが、グリシャはそうですかと引きさがらない。


「ちょっと王都」

「夜中に抜け出して、王都に?」

「そう……」

「王都のどこに行っていたのですか?」

「ひみつ」


 これだ。姉はこれ以上を言おうとしない。王に命令されても、口をつぐんだままだった姉に、この程度で聞き出せるわけがない。


「そうですか。分かりました」


 口ではそう言う物の、グリシャは諦めない。どうしてか。何があったのか。気になって夜も眠れそうにない。


「……あれ。……そういえば」


 ふと最近、ある噂が流れた事を思い出す。

 姉が戦場で男と抱き合っていたというもの。もし、その男が姉を騙す悪い奴で、姉はそいつに騙されているのではないか。


 一度その案が湧き出れば妄想は止まらない。クソ野郎の最終目標は姉の純潔なのでは。などと想像を膨らませたグリシャは、もう軍を総動員して叩き潰すべきだと奮起する。


 しかし、国の上層部は、今回のハクアの件をあまり重要視していない。17年間なにもなかった。ハクアはずっと言うことを聞き続けたから反抗の心配はないし、なにかあっても姉ならどうにかするだろう。と楽観視している。


 それはあまりにも怠惰。姉を言葉巧みに騙すクソ野郎がいる。戦士である姉は、一見善人に見える様なクソ野郎に手出しは出来ない。それに漬け込んだ犯行。


「姉様。今から助けにいきます!」


 もはや国は頼れぬならば自分が動いて姉を助け出すしかない、と妄想したグリシャはすぐに情報収集に入る。

 権限をフル活用して姉にはバレぬよう捜査をすると、偶然一件の目撃証言があった。


「へぇ。うちの店でリンゴを買おうとしていた貴族さまがその特徴と一致しやす」


 へこへこする露店の主人から情報を聞き出し、姉はこのあたりに来ていると推測。

 もう少し調べれば、王都の南門から、良く銀髪の美少女が出ていくという情報をキャッチした。


「ふふふふふ。姉様もツメがあまい」


 ポンコツな一面を知って、変な声を上げるグリシャは、証言を頼りに進むと貧民街に辿り着いた。


「……まさか。姉様はここに」


 こんな所、高貴な姉が来ていい場所ではない。すぐに姉を騙す悪い男を成敗して姉を呪縛から解放しなければいけない。


「おい、きさま。ここいらで銀髪の美少女を見かけなかったか?」


 フードを被ったグリシャは、道を歩いていた一人の男に高圧的に話しかける。どこか下っ端的な雰囲気を漂わせる男だ。


「なんすかー? ……怪しい奴っすね。さっさと帰るっす」

「なっ! きさま、私が誰だか分かっているのか?」

「知りゃあせんよ」


 こうなればフードを取って、自分が誰かを知らしめなければならない。

 しかし、フードを取ろうとしたところで手を止める。気づけば、まわりに野次馬が沢山集まっていた。


「や、やはりここらで引き上げてやろう」

「はあ」


 ここまで人が集まった中で顔を晒すのは躊躇してしまい、その日はとりあえず引き上げる事にした。




 ――姉の様子がおかしい。

 翌日、まだ侍女も寝ている早朝から、厨房でレシピとにらめっこする姉の後ろ姿を見ながらグリシャは思った。


「サンドイッチ。……好きかな」


 ひとり言が聞こえてくる。それによると、誰かにあげるつもりらしい。

 絶対に姉を騙すクソ野郎だ。ついに姉は騙されて貢がされているらしい。


「絶対に殺す」


 クソ野郎を切り刻むと近い、すぐに準備することにした。

 朝、出かけた姉を尾行するが、すぐに撒かれる。だが何の心配もない。行き先は分かっているのだから。


 姉を見失っても。グリシャは貧民街へと向かった。


「こ、こまったな」


 しかし問題が発生する。貧民街は思った以上に広く入り組んでいて、姉を探すどころではない。

 誰かに聞こうにも、全員グリシャを怪しんで口を開かない。


「今回だけは引いてやろう」


 もう一度だけ引く事にした。





 二度ほど引いてしまったものの、諦めるグリシャではない。騙されている姉を救わなければならないから。


「ほ、ホントに知ってるのか?」

「うん。ハクア姉ちゃんでしょう。それならグレイ兄ちゃんのとこだよ」


 純粋な子供達ならば話してくれるかもしれないと話しかければ、ビンゴだった。


「そのクソ……グレイという男はどこに?」

「この細い道をまっすぐ行けばいると思う」

「そうか礼に、このアメをやろう」

「ありがとうー」


 家と家の隙間。道とも言えない様な道を歩き、そこをやっと出ると一軒の家の裏に出た。

 そこの小さな庭に、二人の男女がいた。


「おっと」


 自分が丸見えな事に気づいてすぐ物陰に隠れる。

 良く観察すれば、それは姉と一人の男だった。

 灰色の髪をした男。剣を振るっている男を、熱っぽい瞳で見ているのが姉だった。


「あれがグレイという男。姉は、あいつに騙されているのだな」


 妄想を拗らせたグリシャは目前の光景を見ながらさらに変な想像をする。


「俺の剣なんてみて楽しいのか?」

「うん。剣を振るってるグレイ。かっこいい」

「そ、そうか」


 その甘い雰囲気に、グリシャは怒気を現す。気高く、高貴で、孤高だった姉が、あんな笑顔で男を見つめるなんて。姉の新たな一面を見れて少し得した気分だが、グレイは殺す。

 姉の目の前で殺すのはしのびない。姉が去った後、秘密裏に殺して死体は埋めておけばいい。

 あんな、貧民街の男と姉は釣り合わないのだ。あいつを消せば、姉だって目を覚ましてくれる。


「そろそろ。帰らないと」

「そうか。じゃあ、また会おう」

「うん。また……明日くる」

「おう。最近はよく来るな」

「……迷惑、だった?」

「なわけないだろ。嬉しいってことさ。いつでも来い」

「うん……」


 名残惜しそうにする姉。どうやら別れるらしい。姉がいなくなったあと、お前の最後だと剣を抜きながらグリシャは睨む。


「またな」


 なんとグレイは、そう言って別れ際に姉を抱きしめた。

 殺意がわいた。もう殺すしかない。

 しかし、姉はうれしそうに胸板にスリスリしている。


「バイバイ」


 幸せそうな顔をして去っていく姉を見ながら、グリシャは物陰から姿を現した。

 姉をあんな表情にするグレイに嫉妬しながら、殺意をあらわにしながら近づく。


「お前。さっきから、その物陰でコソコソやってた奴だよな」

「なんだ。気づいていたのか。ならば、話が早い。死ね」


 グリシャは剣を構えてグレイに切りかかった。


「ちょっと待て。なぜ俺は殺されようとしているんだ」

「問答無用。姉様を騙す悪い男を成敗してくれる」

「姉!? もしかしてお前はハクアの妹か?」

「気易く姉様の名を呼ぶなあああ!!」


 何度も切りかかるが、全ての剣はグレイに受け止められる。


「ちょっと待って。俺達は話しあえるはずだ」

「お前みたいな男と話すことはない。そもそも姉様とお前はつり合わない! 学も、力も、地位も、金も、全て無いような男と姉様が一緒にいて良いはずがない」

「っつ 耳が痛い話だ」


 グレイとしても、理解していた事だ。ずっとハクアと一緒にはいられない。その間に圧倒的身分差があるかぎり、これはいずれ来ていた未来だ。それにしても、早すぎる。もう少し、一緒にいさせてほしかった。

 分かれなんて覚悟していても、いざ来るとなんでこんなに――。


「そこまで……!!」


 グレイとグリシャが打ち合う剣の間に、割って入るように斬撃が飛んでくる。

 斬撃が飛んできた方向をみれば、木の枝を握った姉が怒りの表情で立っていた。


「グレイに夢中で気づかなかったけど、グリシャさっきから隠れてたよね。……なにしてるの?」

「こ、この男を成敗しようと!」


 その怒気に思わずへたり込みそうになるが、なんとか弁解しようと姉にむかってしどろもどろに話す。


「あ、姉様はこの男に騙されています! こんな、何も持っていない貧民街の男と姉様は一緒にいてはいけません。目を覚ましてください」

「……そんなの、私のかって。指図しないで」

「し、しかし。この男といても良い事なんて」

「グレイは……からっぽだった私を人にしてくれた。一緒に戦って、いずれ守ってくれるって言った。たくさん、良い事がある」


 それ以上なにかしゃべろうにも、姉の覇気の前に、思いの前になにも言えない。

 

「姉様は騙されてる。この男を殺せば、目を覚ましてくれる!」


 姉妹のやりとり呆気にとられ、剣をおろしていたグレイにむかってグリシャは切りかかった。



 ◇



「痛い……」


 グリシャは、腫れた頬とたんこぶが沢山ついた頭を触りながらとぼとぼと歩く。

 グリシャの一撃は姉によって止められて、この傷を負った。


 もし、グレイが止めなければもっとひどいことになっていただろう。


「姉様……」


 グレイを殺そうと振り下ろした剣。それを止めた時の姉ほど、恐ろしいものはないと思った。

 あれほど怒っていて、恐れるような姉を初めて見た。自分には、姉の目を覚まさせる力がなかったのだ。


「そうだっ!」


 グリシャはふと思いつく。もっと力のある人に、頼めば良い。

 姉の目を覚まさしてくれるほどの人。


「お兄様に相談しよう」


 第一王子。である兄の元にグリシャは走った。

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