第二十八話 ごめんな

 突然水がぶっかけられた様な感覚がきて、慌てて俺は起きる。


『よォ。生きてたか』

「……俺は、魔法に巻き込まれたんだよな」

『ああ。俺が放った魔法でおめェは死んだ。この神域って場所は下界と切り離されていて、死んでもすぐに蘇生すれば生き返る』

「俺は生き返ったのか……」


 死んだ、という感覚はない。光に撃たれた時の痛みもなかった。上から降ってくる光を見ていたらいつのまにか、今の状況になっていたからだ。


『おめェの課題はあれを防ぐことだ』

「無理だろっ!? どうやって防げと? 俺は防御魔法も使えないんだ」

『そりゃ斬れ』

「斬る?」

『魔法を斬るんだ』


 魔法を斬る。魔法を真っ二つにするこの技術は師匠から教わったものだが、できるのは火の玉とか小さなものぐらいだ。

 あんな高速で降り注ぐ上にあそこまで範囲の広い魔法を斬るなんて不可能。


「無理だ」

『いいや、できろ』

「どうやって?」

『やりかたは教えてやる。だが、それさえできれば姫騎士に近づける』

「……本当か?」

『ああ。この世界において魔法とは最大の攻撃だ。それを全て真っ二つにできるなら最強だろ? あの姫騎士だって剣は上手くねェ。魔法を防げて、剣で最強になればおめェに敵う者はいない』


 魔法。俺にはあまり縁のないものだが、その凄さは分かる。ハクアは戦場に雷を降り注がせ、帝国軍を混乱のふちに叩き込んだ。姫騎士の本領は魔法だと聞いた事がある。あの姫騎士がメインとしている武器を封じれるなら、もうどんな攻撃だって封じれる気がする。

 ……というかハクアって剣が得意じゃないんだ。俺は小さなナイフを持ったハクアに勝てる気がしなかったんだけど。


「分かった! やる! 強くなるためには何だってやってやるよ!」

『その意気だ。魔法を斬れる様になればおめェに斬れねえもんはなくなる。つまりは、最強って事だ!』

「最強になってやる。何があろうとハクアを守れるぐらいに」

『よーし。じゃあ死ね!』


 天から魔法が降り注いだ。俺は死んだ。


 時には無数の業火に焼かれ、時には無限にわき出る水で溺死し、時には即死の毒が降り注ぎ、時には逃げ場のない光によって何度も死んだ。

 もうやめたいと何度思った事か。そのたびに泣いているハクアの顔を思い出せば心が奮い立つんだ。


 時間の感覚というものが曖昧で、あれからどれだけ経ったのか分からないが、俺は押し寄せる水と対峙していた。


 押し寄せてくるのは津波というものだろう。逃げ場なんてもちろんない。俺に待ち受けるのは死だけだ。

 しかし俺の心は落ちついている。津波にむけて、まっすぐ剣を握った。


「……ふっ――」


 剣を、振り下ろす。それだけで、津波は激しい音を立てて真っ二つになった。

 俺の左右を水が通り過ぎ、俺自身は濡れていない。この剣の斜線上だけ何かが起こったかの様に不思議な事が起こっていた。


『はっ合格だ。これだけ切れればどんな魔法だって、魔法以外だって斬れる』

「……はあ。ハクアに会いたい」

『何だせっかく褒めてやったのに。女々しいやつだなァ』


 俺は多分凄い事をしたんだろうけど、あまり達成感はない。今はハクアに会いたかった。あれからどれだけ経ったのか分からない。この空間ではいろんなものが曖昧になるから。でも、その分だけハクアの愛おしさが増すのだ。


『まあ、これで俺から教えられる事はない』

「本当か!?」

『ああ。自信をもって、剣では世界最強だと俺が太鼓判を押してやろう。今のおめェなら姫騎士を、守れるんじゃねェか?』


 ここまで長かった。気がする。時間の感覚が分からないから確かな事は言えないけど、多分長かった。だがやっと、ハクアに会いにいける。


「いままでありがとう。あなたのおかげで、俺は強くなった」

『はっ。おめェに才能があって努力したからだ。目的を果たしたならさっさと消えろ』


 光の玉は、口悪く。けど照れくさそうに言った。


「ありがとう。感謝してる」


 俺は光の玉にもう一度そう言ってから、祈る。そうすると、ゲートの様なものが現れた。


「じゃあな」

『ああ。最後に言っとくが、下界じゃあれから一年経ってるからな』

「えっ!?」


 光の玉の声を聞きながら、俺はゲートに飲み込まれた。




「一年か……」


 それぐらいは覚悟していた。でもなー。いや、一年でこれだけ強くなったんだ良かったと思おう。


「はあ。……ここは、貧民街か」


 俺はいつのまにか、懐かしの貧民街にいた。一年ぶりでも変わりはない。……いや、変わっていた。


「王都。広がってる」


 俺が国に奪われた土地には、家が立ち並んでいる。元貧民街だった所は綺麗に整備された王都になっていた。


「一年って。長いな」


 思えばあっというまだった。でも、一年経てばいろんなものが変わる。ハクアもどうなってるんだろう。消えた俺に愛想をつかせて新たな恋とか……そんなだったら俺は死ねる。いや、何も言わずに消えた俺が悪いんだけど。


「あーっ! 兄貴だ!」

「えっ?」


 ふと、遠くから声が聞こえる。よく見れば、猛スピードでこっちに走ってくる人影が。


「ゴーズじゃないか」

「兄貴ー!! ひさしぶりっすぅ!」


 ぜえぜえと息を切らしたゴーズは俺を見て涙を浮かべる。


「帰って来たって事は、強くなったんすか?」

「ああ。一年も留守にしちゃってすまんな」

「いえいえ。なんとか回してるので、それよりすぐ来てください。兄貴を凄い剣幕で探している人が」

「俺を?」


 誰だろう。心当たりがあるのは……ハクアだろうか。でもそれならゴーズは名前を出すはずだし。

 案内されるままに貧民街を進む。一年ぶりであろうとも大枠変わっていない。ゆっくりと景色を楽しむ間もなく、俺は懐かしのバー苗木の夢にたどり着いた。


「きさま。グレイだな。やはり生きていたのか」

「……グリシャ様?」


 開店前の苗木の夢にて何かのお酒を飲んでいたのはハクアの妹グリシャ様だ。


「生きていたなら話が早い。さっさと姉様に会いに行け!」

「そりゃ今すぐにでも会いたいが」


 ハクアがいるのは王宮だろうか。それならば俺は会いに行けない。


「姉様はな、きさまが消えてからボロボロだ」

「どういう事だ?」

「笑顔なんてもう一年浮かべていない。きさまの名前を呼びながら泣いている日々だ」

「……それは。本当か?」


 一年いなくなってもハクアならば大丈夫。というか忘れられるかもしれないなんて思っていた。


「姉様にとってきさまは居なくてはいけない存在だった。今の姉様は見ていられない」

「…………」


 俺は本当の意味でハクアを知らなかったのかもしれない。一年間いなかった事でハクアにどれだけ負担をかけたのか。しかしこの一年の修行がなければハクアを守れないのも事実。

 俺は、どうすれば良かったんだ。


「ええい! 過ぎた事はしかたがない、今はさっさと姉様の所にいってこい」

「ああ。どこだろうと会いに行く。どこにいる?」

「戦場。カレツキ平原だ」


 まだ、帝国とあそこで争っているのか。もうやめればいいのに。

 いや、今はさっさとそこに行こう。


「ゴーズすまない。このナワバリは……これからもお前に任せる事になる」

「良いっすよ。彼女さんの所に行くんすよね?」

「ああ」

「今まで兄貴にたくさん助けてもらったっす。だから、これからは自分のために生きてください」

「良い……部下。いや、友を持った」


 剣を握って。俺は駆け出した。

 走る。馬車よりも速く。俺の体からあふれる赤いオーラが力をくれる。


 王都を出て、町を抜け、高原を駆け抜け、森林を駆け抜けると、とある一団を見つけた。


「ありゃあ。……帝国軍か」


 帝国の旗を掲げている事から間違いはない。数は千程度。見るからに士気は高くないが、俺一人ではどうしようもない。

 というのは一年前までの話し。


「ここから先は通さねえ。さっさと帰りな」


 俺は進軍する帝国軍の前に立ちはだかった。最初は笑われた。姫騎士じゃあるまいし何ができるんだと。

 王国の者ならば何をしても良いと矢を向けられた。そしてそれを斬る。


 そうすれば矢は増えていく。すべて斬った。降り注ぐ百の矢をすべて斬り裂けば矢は止まる。次は魔法が降り注いだ。全部斬った。そしたら剣を向けられたが全部斬った。


 斬って斬って斬りまくれば敵は逃げて行った。


「俺は、ハクアの代わりになれる……か」


 これだけ強くなればもうハクアを戦わせる必要もない。ハクアの代わりになれる。

 でも、それだけでは足りないと思ってしまう。

 なにか説得するために材料。それは。


「ハクアに、勝つ」


 ハクアに勝てる強さであると証明できれば代わりになれる。それに俺が勝てばハクアは弱いという印象がついて戦いから外れるかもしれない。


 ……いや、いろいろ理由はあれど、結局一番の理由は過去の誓いだ。姫騎士を絶対に倒す。そう誓った事は今だ忘れていない。

 ハクアを倒す為に鍛錬を続けた。いつのまにかハクアを守る為の鍛錬になったが、最初のキッカケは負けっぱなしを許さないという俺の気持ちだ。


「ふう」


 迷いを消す。今でさえハクアを悲しませているのに、さらに戦うなんてとても悲しませるだろう。だがこれは一種のケジメ。

 もししっかりと説得して戦ってもハクアは手加減するだろう。わざと負けるかもしれない。それではだめだ。本気のハクアに勝ってこそ、ハクアを守る事ができる。そして過去の誓いを果たせる。


 殺気を放出する。迷いをすべて殺気に変えて、俺は平原を翔ける。ハクアと戦い、それが姫騎士にとっての最後の戦いとする――。



 ◇


「姫騎士は俺が殺した。だから、もうハクアはハクアでいていいんだ」

「グレイ……」

「ごめんな。こうでもしないとハクアは本気で戦ってくれないと思ったんだ」

「……怖かった」

「すまん」

「寂しかった」


 泣きそうな顔で言うハクアの頭をそっと撫でる。一年ぶりの感触は心地よくて何度も撫でていたい。


「でも、もう戦わなくて良い。俺はハクアより強くなった」

「うん」

「それに、ハクアはもう少し兵士や騎士に頼っても良いと思うぞ」

「……?」

「全部ハクアが背負い込む必要なんてない。兵士や騎士ってのは国を守るために戦うのが仕事だ。これからはハクアがやっていた仕事を丸投げしても良いんじゃないか?」

「……でも。私がやったら誰も死なない」

「でもそれは俺が悲しむ」


 ハクアが自分を殺して戦い続けるなんて俺は嫌だ。


「もし、このままハクアが一人で戦い続けたらどうなると思う?」

「……分からない」

「ハクアが生きている間は安泰だろう」


 ハクアは強い。今回の勝負だって、ハクアが本気で俺を殺そうとしてきたら勝てなかっただろう。神が、あれは人には勝てない様にできていると言うほどの存在だ。

 でも永遠の命ではない。


「ハクアが死んだあと、残るのは戦争も戦いも知らない兵士と、強敵と戦い続けて練度を高めた敵兵だ」


 どんな危機もハクアがなんとかしてくれるんだ。兵士の仕事なんて治安維持やハクアが動かなくても良い程度のもの。

 対してハクアという強敵と戦い続けた敵はハクアが死ねばその練度を持って王国に攻め入るかもしれない。


 その対策としてはハクアが生きている内に帝国などを滅ぼす事だろうが。ハクアみたいな優しい子がそんな事できるわけがない。


「これからは、国の兵士とかをもっと頼れ。それでも無理な事は俺が何とかする」

「……そっか……グレイ、ありがとう」

「はは。ハクアの事は、これからは俺が守る」

「グレイ……!」


 ハクアは泣いていた。しかしそれに悲しみは感じない。

 俺はそっとハクアの頬を触る。その時俺は何を思ったのだろうか。

 ゆっくりと、ハクアに顔を近づけた。ハクアも何かを求める様な瞳で見てくる。


「ハクア……」

「んっ……」


 いつのまにか俺とハクアはキスをしていた。唇と唇が触れ合うやさしいファーストキス。


「好き、大好き」

「俺もだ」


 もう何も見えなかった。ハクアしか見えなかった。

 俺たちは夢中で何度も何度も口づけを交わす。もうハクアしか愛せなくなった。


「ん……ちょっと。変な体勢」

「……そういえばそうだな」


 一息つくと、今の状況が分かる。俺はハクアを押し倒し、組み敷いている体勢だった。このまま口づけを交わしていたとか、はたからみれば犯罪的だろう。


「すまん」

「気にしてない」


 謝りながら慌ててハクアから退く。笑顔でそう言ったハクアは、いきなり俺に抱き着いてきた。


「ん~。一年ぶりのグレイの匂い」


 俺の胸に顔をうずめたハクアはくんくんと匂いを嗅ぐ様に鼻を鳴らす。そのままふやけた顔になったハクアを、俺は抱き返す。

 一年分を埋める様に強く強く抱きしめる。もう絶対に離したくなかった。


「大好きだ」

「私も……もう逃がさない」

「逃げないよ。もう一人にしないから」


 もう一度口づけを交わした。

 二人だけの空間が形成されそこは誰も壊せなかった。

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